80 ピアニー家の書庫
ため息のように独り言が出た。
「さて……」
ピアニー家の書庫で、私は途方に暮れていた。
……無造作に置かれた本が多すぎる。
ノアの回復祝いのお茶会が無事に終了して数日後、私はデイジーに書庫を案内してもらった。
主に蔵書の置かれている部屋は三つ、図書室、書庫、重要書類の書庫だ。書斎にも本は置いてあるが、主に仕事用だ。家人が集めた本を置いてあるわけではないので、おそらく違う。
誰もが好きなように本を手にとっていい図書室、丁寧に扱う本や収集目的の本が置いてある、心得た人が入れる書庫、そして、当主と認められた人しか入れない重要書類の書庫。
当然ながら、私が注目したのは、重要書類の書庫だった。そして今日、改めてやってきたのだった。
ここへは、使用人は入れず、掃除も家人がいる時だけとなっているらしい。と言っても、最近入った人は少なく、歴代当主とその妻、そして許可された興味のある者、つまり、リアンのような人だ。つまり、現在、ほとんど手入れもされておらず、埃がたまるばかりになっている。ところどころ埃が払われているのは、リアンやルイスが通った跡なのだろう。
私は途方に暮れながら、うろうろと歩き回った。
「”領地関係の帳簿”……”ピアニー家 家系図”……”魔法の様々な形”……”魔法をかける”……”魔法にかかるということ”……”騎士のための魔法学”、これは翻訳ね」
大半は、かつての手紙のやり取りや、日記、帳簿、家の歴史、そういった、かなりプライベートでデリケートな書類や本で、確かに、興味本位で入られると困る資料ばかりだ。
しかし、それ以上に、多くの特定分野の本があった。魔法に関する本だ。
デイヴィッドは、正気に戻った後、魔法についての文献を片っ端から手に入れていたようだった。その中でも、呪いについて、そして術具としての鏡について、それらの本があちらこちらに山積みになっている。
「……”魔法の”……何かしら。埃で題名が読めないわ」
私はため息をついた。
これを全部確認するつもり、ソフィア? 無理じゃない?
私は自分に問いただし、しばし考えた。
でも誰かに手伝ってもらうわけにはいかない。ノアにもリアンにも、他の誰にも。
私がここにいて喜んでくれている彼らに、もしかしたらショックな出来事があるかもしれないから。
しかし、頼れるデイジーたち使用人は、この部屋に入ることは出来ない決まりだ。私の権限で入れてもいいと思うけど、今は無理したくない。誰かに、ここに何かがあると思われてはいけないのだ。特に王族関係者なんかには。
この部屋には貴重な資料が所狭しと置かれている。おそらく、デイヴィッドはニコラスの目さえ盗んで、この部屋に本を集めたのだろう。そして、鏡の呪いの『かけ方』を把握した。
では、『解き方』は?
デイヴィッドは知らなかったと思っていい。知っていたら、リアンが使っていたはずだ。リアンがしたのは、自分に呪いもかかる『かけ方』だ。
ニコラスも同じように鏡の呪いを解きたかったはずだ。私を鏡から出すために。だから、魔法の研究をしたのだろうし、熱心だったんだろう。だから例えば、ニコラスが王宮に置いておけない本をこの家に置くとか、そういうことならわかる。別にわかりたくないけど。
それなのに、どうして? なんで一緒に見なかったんだろう?
その答えは、割と早く見つかった。
デイヴィッドのメモ書きだ。
それは窓際の床に置かれた本から、はみ出ていたメモ書きだった。そのあたりには、メモ書きが挟まれた本が積み重なっていた。
「あら?」
私はそれを見て、デイヴィッドの癖を思い出した。デイヴィッドは、床に座って、陽の光で、ゆっくり読みながら、メモ書きを挟んで本を読むのだ。
その一角は、まさしく、デイヴィッドが座り込んだ跡がまだ残っているように、小さな空間と、その脇に本があった。もうずっとこのまま、動かしていないように。
きっと、誰も知らなかったのだ。当時の当主だけが知っている、この部屋の意味と安らぎ。
座る時、背中に当たるその後ろの木の板が、わずかに外れた。私がその中に手を入れると、何か四角いものに当たった。取り出してみると、果たして、それは本だった。
また新しい禁書だ。本当に、これだけの量、どうやって手に入れたんだろう。
私はうんざりしながら本を開いた。そして、そのメモ用紙に気がついた。
『鏡とつながること 衰弱 ーー死?
姉は繋がってる可能性 戻しても無理?
鏡を作る時、人が犠牲になる。
鏡には人が宿っている? 本当に?
姉もその中に? 一部になったとしたら?』
「鏡に……人が宿る?」
私は鏡の中にいて、長いこといたけれど、誰にも出会ったことはない。
でも、私がいた暗闇は、鏡には”誰か”を入れておける容量がちゃんとあるということを示している。
もしかしたら、私より以前に、誰かがいたのかも。
むしろ、ずっといたのではないかしら。出会ったことはなくても、あの中に。
考えてみれば、あの黒い空間が突然できるわけがない。あの”呪いの鏡”は、作る時に、とんでもない空間魔法を使って、別空間を無理やり作り出したのかも。
だから、私をその空間に閉じ込めることができた。
……でも待って、膨大な魔力があれば、あの時、彼女の”願い”を聞いて作ることはできる。
なんでも叶えられる魔法の鏡、呪いの鏡。
もしかして作る時に魔力のある人を閉じ込めて、その生命力を魔力として使っているのかしら。私のように成長しないように閉じ込められるなら、その人は永遠に生命力を維持できる。でも、それは自分の魔力の働きだ。
そんなことが可能なの?
魔力のある人を入れておく空間を作るのが術師の仕事だったの?
そして私は一度、鏡の中に入った。今、鏡の呪いを叶える立場にいる。
ということは……私、術具の一部になってしまったのかしら?
でも、デイヴィッドの考えが合っている保証はない。この考えは全て間違いかもしれない。それでも、彼が考えたってことは、どこかにヒントがあったのだろう。
私はここにある本を読んで、それを見つけないとならないわけだ。
私は積み上げられた本を眺め、目を瞑り、願った。
……全部読み尽くす前に、ヒントが見つかりますように。