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鏡の中  作者: 霞合 りの
第一章
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8 古い鏡のメッセージ

 私はその後、ブルータスに、彼が知っている家のことを教えてもらった。


マガレイト家のこと、ピアニー家のこと、この時代のこと。


家についてのことは、だいたいがリアンが言っていたことと同じだ。ただ、金持ちとはいえ、伯爵家なのに公爵家と必要以上に仲が良いのはあまり周囲から良くは思われていないらしい。それでも、”伝説の令嬢”の存在があり、王家からも絶大な信頼があり、周囲は何も言えなかったそうだ。


だから、直系がノアだけになってしまった今、周囲の圧力は半端ないもので、その上、どうなるかわからないとあれば、動向は逐一見張られることになっている。”伝説”のおかげで均衡を保たれてるこの状況で、もし、それを重視しない親戚筋が継ぐことがあると、状況としてはよろしくないことになる。それゆえ、遺言では、マガレイト家の子が継ぐように、とルイスが決めていたという。・・・思っていたよりも頭の痛い状況だ。


そりゃ、リアンも呼び戻したくなるよねー・・・


 少し背筋が寒い思いをしたものの、ひとまず、私が知っている朝市などはまだあるらしいし、時代も変わっていろいろな店もある。お菓子屋も進化していることだろう。いろいろな場所に行ってみたいが、当時と今では、きっと立場が違ってしまっている。


裕福な貴族になりお金の心配も将来の心配もなく、余裕のある暮らしができるようになっただろうが、伝説やら嫉妬やらで大変身動きが取りづらそうで、貧乏貴族の方がいろいろ歩けて便利で楽しかったかもしれない、と思った頃に、リアンが姿を見せた。


「遅れてすみません、ソフィア」

「いいえ大丈夫。ブルータスにいろいろ教えていただいてたわ」

「ブルータスに? 何を?」


リアンの目が光り、ブルータスは縮み上がった。さすが王族の系譜、威厳のある風格で視線が怖い。


「え、はい、あの、申し訳ありません。私は・・・」

「ブルータスを怒らないで。私が聞いたのだから。昔は私も街に買い物に行ってたのよ。だから、その話とか。あと、庭が綺麗な話も伺ったわ」

「・・・そうですか」

「は、はい、そうです。リアン坊ちゃん」

「坊ちゃんはよしてくれ」

「申し訳ございません」


恐縮するブルータスに、リアンはふてくされたままだ。


「リアンはなんで不機嫌なの?」


私が問うと、リアンはムッとしたようにつぶやいた。


「随分と、楽しそうに話しておいででしたね」

「そりゃそうよ。鏡の中って、本当に何にもないのよ? ようやく光あるところに出てきたんだもの、何を聞いても楽しくってしょうがないわ」

「私の話も?」


私がニコニコして言うと、リアンは驚いた顔をした。さっきから、どうも自分が興味の対象だとは思ってない節がある。私は呆れて手を腰に当てた。


「当たり前でしょ。むしろ、私が生きていく上で一番大事な情報でもあるし、いくらでも教えていただきたいところね」

「僕と話しても退屈なさらない?」

「しないわよ。してないでしょ、現に。あなたは退屈?」

「いえ、楽しいです。僕は先ほど申し上げた通り、女性は苦手で、・・・舞踏会でもお茶会でも、女性は皆、退屈なさるので」


なんと不憫な。


「・・・坊ちゃんは紳士ですが、口下手ですからね」

「そうなの? そうは思えなかったけど・・・」

「イレギュラーなことばかりで、説明することが多ければ、臆してもいられませんから、・・・それだけですよ」

「ま、そうでしょうね。私、リアンのこと、さっきはいろいろ聞いたけど、人柄的なことは何一つわかってないのだし、これから理解することにするわ」


私が決意を新たに提案すると、リアンは奇妙な顔をした。


「それは・・・どうも・・・」


嬉しいのか? 嬉しくないのか? わからないけれど、否定はされなかったからよしとしよう。リアンを理解することで、この時代のことも理解できるかもしれない。


断片的な家の中の様子だけでは、ファッションや風習が変わったことはわかっても、政治的なことや文化的な流れはイマイチ掴みづらい。後で書庫や図書室で本を読もう。


「それより、私はどうすればいいの? 屋敷に戻っていい?」

「あ、はい。もちろんです。慌てて出たので、屋敷に何かあったらと思って、確認してまいりました。あなたが屋敷に戻って不快な思いをしたら申し訳ないですから」


「するわけないわ。そもそも、私がいた時は半分もない、小さなお屋敷だったのよ」

「へぇー! そうなんですか。もうずっとこのくらい大きいものだと思っておりました」

「違うのよ。デイヴィッドが建て直ししたの。もうね、すんごい小さくて、ボロくって、メイド二人と執事だけ。いたのが奇跡ってくらいに、優秀な執事で安月給なのに頼ってばかりだったわ」


ブルータスの気安い感嘆に、一瞬リアンは眉を吊り上げたが、私がなにも考えずに応えると、すぐに笑顔になった。身分の差を気にしてるのだろうか? 面倒な性格をしている。


「今でも代々、勤めていますよ」

「本当に?! それは嬉しいわぁ」


こともなげに言ったリアンの手を、私は思わず握った。掴んだ、と言った方が正しい。


満面の笑みの私とピシッと固まってしまったリアンを、興味深そうにブルータスは見ていた。ハッと気がつき、リアンは静かに私の手を優しく押し戻した。


「・・・距離の取り方を考えてください」

「ごめん。なんていうか、こう、ニコラスに似ているし、弟みたいな気がしてしまって」

「弟じゃありません」

「わかってます」

「本当ですかね」


トゲのある言い方に、私はすっかりしょげてしまったが、次のリアンの言葉ですぐに元気を取り戻した。


「ノアの言っていた、鏡なんですけど」

「あ! どうだった? 何かわかった? 今遅かったのって、探していたから?」

「そうです」

「なにそれ。私も探したかったのに」

「その流れで鏡に戻られては困りますから。全力で阻止できるように確認してきたんです」


ブルータスがほらね、といったように私を見た。私は肩をすくめた。


「鏡、見つかったの? 私がいた家宝の鏡のことじゃないのよね?」

「そうです。話は長くなりそうですから、屋敷へ行きましょう。ブルータス、お茶道具を持ってきてもらえるかな」

「はい。わかりました」


ブルータスは慣れた動きで、馬車の荷物の山から目的の荷物を取り出した。


御者と言いつつ、こういう場合には、召使い全般のこともできるように訓練されているらしい。従僕のようなことも執事のようなことも、代理でできるのかもしれない。リアンが一人で来る時に、遣わされる程度には。


友好にできてよかったと、私はほっと胸をなでおろした。


・・・・・


「どこの鏡なの?」


屋敷の扉をくぐりながら、私はリアンに尋ねた。


玄関ホールからはブルータスと別行動で、彼は入ってすぐのドローイングルームへ入っていった。


私たちはそれらを通り過ぎ、屋敷の奥の、書斎のさらに奥、小さな目立たない一室へ足を踏み入れた。私はその途端、重厚感のある落ち着いた調度品にハッと目を走らせた。私の知っている調度品、見覚えのある家具の配置、古びた家具。・・・この部屋は、前の小さなボロ屋敷から持ってきたもので整えられている。大事にされれば、百年も経つとアンティークとして不思議と格調が高くなるのは大きな発見だ。


「ここは・・・」

「ええ。デイヴィッド卿が当時、建て直しをした時に特別に作らせた部屋で、・・・家を継ぐ者と、その者が認めた人物しか入ってはいけないことになっています」

「そうなの・・・」

「人々は、高価な調度品で埋め尽くされていると思っているようですが、実際は、思い出の部屋、というところでしょうか」

「そうね」

「ノアの言っていた鏡とは、この部屋にある壁の鏡のことでしょう。弁護士に渡された資料の中に、この部屋の記載がありまして、・・・あなたが使っていた鏡だと」

「ええ、そうね。これは・・・私の鏡だわ」

「とりあえず、僕がわかったのはそれまでで、・・・何かあるのでしょうか」

「わからないけど・・・見てみましょう」


私が使っていた鏡を壁から取り外した。この部屋もきれいに埃が払われているが、この鏡だけつやつやで、特別に手入れされているのがわかる。よく見てみると、封筒のようなものが裏側の右端下に貼り付けてあった。


「何かしら、これ?」

「手紙・・・?」


封筒の中から、大きめの紙片が出てきた。それがデイヴィッドが書いた手紙だった。


鏡から出てきた女性が、十六歳であれ老女であれ、彼女がソフィアと名乗るなら、即刻、大事な家族の一員として招き入れ、彼女の望むように生きさせること。それがこの家を継ぐ条件だ。遺志を継ぐものは、以下にサインをし、彼女を助けるように。それが私の償いであり、この家の繁栄を助けてくれた原動力であるからである。といった内容だった。


「まぁ・・・デイヴィッド」


なんと周到に準備をしてくれていたことか。この情報が代々語り継がれていたため、リアンはすんなりと受け入れたのだ。その前に、私を鏡から取り出したわけだけど。


「用意のいい方だったんですね」


リアンがしきりに感心したように言った。代々、伝説として伝わっているソフィアなど、そもそもが用意の良さのいい例だと気づかない様子だ。デイヴィッドもニコラスも、いい手腕だ。私は笑顔になった。


「それはもちろん。ニコラスとデイヴィッドはね、顔は違うけど性格はよく似てて、・・・本当に可愛かったなぁ」

「弟、・・・ですか」

「ええ、もちろん」

「・・・ニコラス様に惹かれないのだったら、まさしくアンソニーのような、明るいカリスマ性がお好みなのでは?」


私はため息をついた。リアンはあくまで、適齢期に入りかかった見た目の私にこだわりたいらしい。


「何言ってるの。気にしすぎ。確かに私は十六歳の乙女に見えるんでしょうし、ある意味、昨日までそういう日々の中で過ごしてたわよ。明日には結婚を申し込まれるような人間だったんでしょう、年齢的に。でもね、今はそれどころじゃないのよ。もう何十年もずっと、鏡の中にいたのよ? 人間観察しか興味ないの。人が幸せになるのは好きだけど、自分のことは考えてないの。考えなくていいの。戻ってきたからには、生を全うしたいけど、それだけよ。それ以上のことは、望んでいないの」


「結婚はなさらないので?」

「したって意味ないわ。きっと大丈夫なんでしょうけど・・・子供って産めるのかしら?」


急に興味が湧いて首をかしげてみたが、リアンはひどく慌てた顔をした。


「そ、それは僕には」

「デイヴィッド、調べてないのかなぁ。あ、でも老女が出てくると思ってたんだっけ・・・」


私がブツブツと言っていると、リアンはため息をついた。


「僕が悪かったです、ソフィア。もうこの話題はしません。また後々考えましょう」

「そうしてくれると助かるわ。それより、この家を元の活気あふれる家にしなくちゃならないと思うの。ノアが帰ってきたときのために」

「はい、そうですね」


リアンは笑顔で頷いた。



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