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鏡の中  作者: 霞合 りの
第九章
79/154

79 秘密は時を刻み

「……秘密ねぇ」


私はぼんやりとつぶやいた。


「私のことは、百年もずっと語り継がれて、伝記も伝説もおとぎ話もあるというのに、すべてのことが暴露されたわけじゃないのよね。不思議」


すると、デイジーは当然のように頷いた。


「そういうものですわ」

「そうよね……」


でも、本当に不思議だ。


どこかで誰かが暴露本を出しても良かっただろうに、それを誰もしなかったのだから。私を知っていた執事だって使用人だって、友人だっていた。私が”伝説の令嬢”らしくないこと、つまり、ニコラスが思っていた私とは違っていたことを知っていたはずだ。


デイヴィッドがニコラスの思い込みに引きずられたのは、罪悪感の面からも仕方ない気がするけれど、他の人はどうだったろう? 面倒だから言わなかっただけ? ニコラスに口止めされていた? かわいそうだから言わなかった? 


笑いながら受け止めてたのかもしれないわ。ユーモアとして。まさか百年も、本当の伝説になるなんて、思わなかったんじゃないかしら。


「きっと、あなたも言わないわね」

「何をでしょう?」

「今ここで、私が消えてしまって、ソフィアはどこだと言われたら、きっとあなたも、完璧で完全な淑女の、伝説の令嬢を語りだすんじゃないかって話」


私の言葉に、デイジーはクスリと笑い、困ったように息をついた。


「とんでもないことをおっしゃいますわね。もう私たちピアニー家は、ソフィア様なしでは立ち行かなくなっております。そんなこと、冗談でもおっしゃらないでくださいませ」

「でも……私がリアンの願いを叶えないとならないことは秘密。その理由も秘密。あなたは誰にも言わないわね。それを達成する前に、私が死んでしまっても」

「ソフィア様」


「疲れちゃったわ。私の部屋が、情事の密会に使われていたことは……リアンにバレてしまったけれど、他はバレてないでしょう。夏離宮のことだって、いつかは分かるはずよ。そのために、見合いが増えたことも。申し込んできた人たち、ほとんどが採用試験だと思ってたのよ、それで自慢できるんですって。なんなのあれは?」

「でも、みなさん、お会いできて本当に嬉しそうでしたわ。お帰りの際も、ソフィア様とまたお会いできないかと熱心に目を輝かせておられて」

「そんなの、聞いたことないわ」

「お伝えしたことがありませんもの。ソフィア様はお断りになられるんですから」

「向こうだってそのつもりはないじゃないの」


私はため息をついた。


「……いつまでリアンに秘密にしなきゃならないのかしら」


愚痴ることもできないわ。リアンに愚痴れたら、きっともっと楽なのに。……ううん、ダメよ、甘えちゃダメ。


「私はリアンを信頼しているけど、秘密にしてるって、それって矛盾してない?」


デイジーの手紙をめくる手が止まった。


「そうでもありませんわ。信頼して、大切に思っているからこそ、言えないこともたくさんあるでしょう。逆に、王太子殿下もキース様も、ソフィア様が信頼しているとはあまり思えませんけれど、秘密にしていることはありませんでしょう?」

「あぁ……でも、リアンのためになら、二人は信用できるわ。だから全てを話してるのよ。リアンが困ることになるから」

「ソフィア様のためには?」


私はペンをくるりと回しながら、微かに笑った。


「誰も信用してないの、私」

「まぁ」

「もちろん、ピアニー家のためのことなら、あなたたち使用人を全面的に信頼してるわ。夏離宮のことだって、ノアのことだって、託してきた方々、みんな信頼してる。でも私個人のことに関しては、実際のところ、助けてもらえるとは思っていないの」

「ソフィア様、どうしてそんなこと」


デイジーは目を丸くして続けた。


「いくらだってお手伝いいたしますわ」

「でもね、考えても見て。私が国の象徴になるのが嫌だと言って、聖女扱いされるのが嫌だと言って、国から逃げたいと言ったら、助けてくれる? 私が過去の因縁で、その一族を滅ぼしたいと言ったからって、手伝ってくれる? 私が魔女だって濡れ衣を着せられて火あぶりになりそうになった時、私を逃してくれる? 私はそんなこと頼みたくない。頼まれても断ってほしい。だって私は過去の人で、今のあなたたちを犠牲にしたくないからよ」


「そのようなことがあるはずがありませんわ!」

「未来のことはわからないのよ、デイジー。私、鏡に吸い込まれるなんて知らなかったし、そこから出てきて普通に生きられるなんて、全く予想できなかったわ。そうでしょう」


戸惑うデイジーに、私は肩をすくめた。


「こうして私の身の回りのことをしてくれるのはとても助かるけれど、……いつかは一人で生きていかないとならないのだし、そもそも、私がこのまま成長するかわからないもの」

「まさか……」

「まだ若いから表に出てないけど、長い年月をかければ、わからないでしょう。魔力があるから、年もとらないかもしれないわ。これぞまさに、妖精みたいな生き方ね。デボラに言ったみたいに。それより、鏡のことをもっと知ることができれば、何かわかりそうな気もするけどね……」


そこまで言って、私はハッとして立ち上がった。


「そうだわ、そうよ……やっぱり、鏡をどうにかしなきゃ。王宮の書庫でね、鏡についての本を見つけたの。あの本、うちにもあるんじゃないか確認したいんだったわ。それにね、もっと詳しい本もあるんじゃないかと思ってるの」


すると、デイジーは手元の紙に例文を写し終え、その紙を私に向けて差し出しながら言った。


「お探しになりますか?」

「ええ。案内してくれる?」

「もちろんでございますとも」


言うデイジーの笑顔は、こうも言っていた。


『手紙の返事を早く書き写してください。例文はピックアップしましたからすぐできますよね?』


「よかったわ」


二重の意味で。


私はすぐに書き写しに取り掛かった。国家の安泰のためとはいえ、私には荷が重いというのに。


「お探しになるのは、リアン様のために、一緒に時を刻むために、ですよね?」

「何の話?」


デイジーの言葉に私が首をかしげると、デイジーははぁ、とため息をつき、私の手紙の誤字を指摘したのだった。




第九章、終了です。

第十章は、主に呪いの鏡の、魔法的な話が進む予定です。


よろしかったら、ブクマや評価など、入れてくださると嬉しいです。


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