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鏡の中  作者: 霞合 りの
第九章
76/154

76 面倒ごとは嫌いです

「あら、違いまして?」


私がすっとぼけて言うと、キースは唸るように言った。


「悪趣味すぎる」

「これまで好きでもないのに見させられてきた気持ち、わかります? 時間の感覚なんてないんですからね、鏡の中では」

「あなたが性癖を超越して、何とも思わない高みまで到達したのはわかりました。機会がありましたらゆっくり聞かせていただきますよ。そうじゃなくて、見せしめは必要ないだろうっていうことですよ」


私がムッとして手を腰に当てて胸を張った。


「見せしめじゃありませんわ。ただ、不愉快な人間は、二度とこの目に触れられぬように、どこかへ行ってしまえばいいのにと思っただけです」

「やりすぎです」

「そうでもしないと、リアンに申し訳が立ちませんもの」

「リアンに?」

「最初にこの家に置いていただく許可を下さったのも、リアンですしね。リアンがいなくては、私はここにいませんから。この部屋だって、私がいなければ、今までと同じように、情事の部屋とされていたでしょうし。みんなのお楽しみを奪ってしまったんじゃないかしら?」

「ソフィア!」


リアンが叫ぶと、勢いよく私に歩いてきて、私の腕を痛いほどつかんだ。


「何を言うんです」

「本当のことよ」

「僕なんて……あなたがいなければ、何も始まらないのに」

「でも私、リアンがいなければ、ここにこうしていないわよ?」


それもそうだとキースが頷いた。デイジーもため息をついて同意している。


「リアンが私を望まない状態の方が、好ましかったのでしょうね」

「それでも。たぶんきっと、僕はあなたを望んでいました」

「そう?」

「ええ。遅かれ早かれ。きっと」


それなら、もっと早くしてくれれば……私は言いそうになって口をつぐんだ。それは言ってはいけないことだ。ノアに会えただけでも、私の人生は良いものなのだ。だからと言って、誤解されたくはない。自分の部屋が情事に使われたからといって、私もそういうのが好きだと思われては困る。


「ちなみに、私は婚前交渉なんてまっぴらごめんよ! リアンも気をつけてね? 相手によってはひどいことになるわよ。ちゃんと結婚してからがいいと思うわ」

「ぼ……僕がっ……そっ……」


キースがため息をついた。今日でもう何回ため息ついているのかしら。


「ソフィア様さぁ、結婚を申し込むにはそれだけじゃないと思うけど?」

「お気遣いありがとうキース様。でも、私は心配ないわ。肩書き以外に、私自身を望むなんて悪趣味な人、それこそ、ニコラスくらいでしょ」

「それじゃ、僕はニコラス様の生まれ変わりとでも言うんですか」


憮然としたリアンに、私はにっこりと笑顔を向けた。


「やだわ、リアン。生まれ変わりなんて信じるの?」

「信じてません!」

「なら、それはありえないじゃない」


私が呆れて言うと、キースは頭をかいた。


「……俺はソフィア様がどうしてそこをスルーできるのか、さっぱりわからねぇな」

「何か言った? キース様」

「いいえ、何も。それより、どうするんですか? ジョルジョたち」

「そうね……」


私は少し考え、ジョルジョに笑顔を向けた。ジョルジョはホッとした顔をしたが、リアンとキースはゾッとした顔をしている。変ね。随分と印象が違うみたいじゃない?


「ジョルジョ様、わたくし、お紅茶が好きですのよ。先日、王宮茶会で王妃様のお紅茶をいただきましたの。ジョルジョ様のご生家は、その王妃様や王女様のお好みの紅茶を、オリジナルブレンドでお納めしておられる、本当に信用のある素晴らしい家だと聞いておりますわ。それなのに、跡取り息子が、情報の一つも扱いきれないで、こんなことでは……どんな陰謀に巻き込まれるか、わかったものではありませんわ」


だんだんと、ジョルジョの顔色が悪くなっているのが見て取れた。リアンはハラハラしたように私を見ていたが、キースは気の毒そうにジョルジョを見ている。


確かに、キースのように火遊びはする人にとってはとがめ立てしたいものでもないだろう。気持ちはわかる。私だって他人のことなんだし、とやかく言いたくはない。例えば、キースが未亡人と何をしようと、私は気にしない。でも、私を巻き込むなら別だ。


私は、あえて長々とため息をついた。


「わたくし、本当に失望いたしました。王妃様にご進言して、ジョルジョ様のご生家を御用達から外していただくしかありませんわねぇ」


ヒィ、とジョルジョが座り込み、頭を下げて床にこすりつけた。


「そ、それだけは! それだけはやめてください! 私のことは私のこと、父や家には関係がありません……!」

「まぁ、ご立派ですこと。……でもねぇ、口だけは達者でもねぇ……」

「ソフィア様! 何卒!」


震えながら頭を下げるジョルジョに、私は困ったように視線を投げた。ジョルジョは必死で頭を下げ、気づくと泣き出していた。


「あら。まさか泣いているの?」

「い、いえ! ですが、自分が不甲斐なく……」

「それなら、自分の身の程をわきまえることね。あなたごときが、わたくしを差し置いて、社交界でうまくやれるなんて思わないことよ。本当に、興を削ぐ方ねぇ」


私は、今度はうんざりしたようにため息をついた。


「いいわ、あなたなんて、罰を与えるほどできた人間ではありませんもの。私の部屋を使わないように、みんなに伝えてくださるのなら、今回はお咎めなしにいたしますわ」

「嘘でしょう?」


リアンが言ったが、私は無視した。実際、それが目的で、罰を与えたいなんて思っていないんだから。王妃のことは、ただの脅しだ。これ以上、あれこれ進言とかしたくない。


「ただし、慎重に行動して、甘い言葉に簡単に乗ったり、下調べもなしに楽に流れないことですよ。私は忠告しましたからね。あぁ、それで、リリー様」


私が、魅力のかけらもなくなったジョルジョからリリーに目を移すと、リリーはびくりと泣きそうな目になった。私は安心させるように笑顔を作った。


「リリー様、初めてのご結婚でお相手は十以上も年上で、不安でらしたのはわかりますわ。でも旦那様は素敵な方ですわよ。ジョルジョ様のような不実な方ではありませんから、大事になさいませ。今後はこういうことのないように。わたくしは誰にも言いませんし、キースもリアンも、秘密は守ってくれます。秘密を守り、友人となる証に、あなたに勿忘草わすれなぐさのハンカチを贈りましょう。あなたを噂からお守りし、大切な友人として扱うことを保証いたしますわ」


すると、リリーが感激で口を押さえた。


「まぁ……! なんてお優しいのでしょう……!」


勿忘草は、親しい間柄で友情を示すメッセージとして、よく使われるモチーフで、特に、令嬢の間では、その愛らしい青い花がとても好まれている。私も好きだけど、こんな風に使うのは初めてだ。以前は、メアリと贈りあったくらいかな……


正直言うと、リリー本人も脅してみようかと思っていた。でも、同じように脅すには気がひけるくらい世間知らずのようだし、怖がらせるのは逆効果に思えた。ジョルジョを咎めない以上、彼女も咎められない。


ジョルジョは自分で処理する力はありそうだが、リリーはなさそうだから……生家の方に連絡して、調整できるようにした方がいいだろう。彼女は夫に告白する前に、親に言うだろうから。


彼女の嫁いだ家は、結構な権力も財力もあって、スキャンダルも揉め事も起こしてもらうのはごめんだ。もちろん、ジョルジョの家とも、うちとも。


ジョルジョは押さえつけ、リリーには恩を売っておけばなんとなかるだろう。私は面倒ごとは嫌いです。ええ、本当ですよ?


私はふと思いついてリリーに顔を向けた。


「ところで、リリー様。ジョルジョ様がこの部屋を使うのが、今回の茶会が初めてとお思い? ジョルジョ様は何度もなさっておいでよ、相手の方もねぇ、未婚の方から妙齢の方まで、幅広くてよ。あと変態ぷ」

「はい、そこまで」


キースがリアンの耳を塞ぎ、デイジーが慌てて私の口を押さえた。


「リリー奥様、どうぞ、このことは御内密に。あなたが言わなければ、私どもも、他言いたしません」


混乱を極めたデイジーが懇願するように言い、キースがそれに頷いて続けた。


「どうか。あなた様の幸せを壊したいわけではありませんから」

「……よろしいのですか。こんな、……こんなことをしておいて。わたくし、のぼせ上がっていたとはいえ、……お恥ずかしいわ」


リリーは俯いた。そこで私はさらに言うことにした。だってジョルジョがあまりにも見境がなくて、私はずっと怒っていたのだ。


「リリー様、リリー様はお若くて世間知らずでいらっしゃるのに、ジョルジョ様は百戦錬磨の手練れですもの、のぼせあがるのも当然、そうやって騙す方が問題なのです。未然に防げてようございましたわ。でも今日のジョルジョ様はベッドをお使いにならなそうでしたし、多少は遠慮」


もが、と私の口は無残にも塞がれた。






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