75 かわいい小鳥さんの修羅場
「私を騙したのね!」
騙したもなにも、人を欺いているのはあなた方でしょうが。と言いかけて、ソフィアはまたキースに頭を押さえられてるままなのを思い出した。ものすごい力で立ち上がれない。
「そうじゃない! そうじゃないよ、リリー。僕はずっと君に焦がれて」
「そんなわけないわ! ソフィア様の方が素敵だもの! ソフィア様が手に入らないから、私って……、そうに違いないわ!」
勝手に話を進めないでほしい。私が睨むと、キースはもう少し待て、という表情をした。
「ジョルジョ、俺は残念だよ。先日から何度か、この部屋に来ていたんじゃないのかい? ソフィア様が怖がっていてね。護衛を買って出たところだったんだよ」
「なぜキースがそれを知っている? 僕が知らない?」
リアンが絶望的な表情でキースを見る。それすら素知らぬ顔で、キースは肩をすくめた。
「家の者のいたずらだったらリアンが気にするから、と、悩んでいたんだよ。ソフィア様は殊の外、リアンを大切に思っているから、甘えてはいけないと思ってるんだってさ」
それはそうだけど、と私は思った。随分と婉曲な表現だ。まぁでも、確かに、ちょっと面倒だと思ってるだなんて、言えるわけがない。
「そんなこと……ないのに、」
「だろうよ、だろうけどさ」
キースがため息をつく。
「それで、ノックもしないで部屋に入ってくるなんて、どうしたっていうんだ。リアンらしくもない」
「え? ああ、ソフィアの姿が見えなくて……デイジーもヴェルヴェーヌも一緒ではないというから、心配になって」
二人の目が泳いでいる。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
二人はもちろん、知っていたのだ。本当は三人で組むつもりで、二人は仕事があるから交代でこちらに来ることになっていたけれど、配置ミスで先にジョルジョとリリーがやってきてしまい、誰も入ってこられなくなってしまっただけだ。
「ひどい過保護ですね、リアン様」
ジョルジョが落ち着き払った態度で肩をすくめた。リリーのことは無視だ。そりゃ、保身の方が大切だろう。つまみ食いしたかっただけなんだから。
「ソフィア嬢だって、これじゃ、恋愛なんてできないでしょう。かわいそうだ」
何それ、ふざけてるわ。
「……だいたいあなた、婚約者がいるじゃないの」
私が唸るようにつぶやくと、その声は、床を這って部屋の隅々まで響いたらしい。キースが私のことを本気で睨む。私は逆にキースを睨んで、その足に蹴りを入れると、痛みで押さえつけの緩んだキースの手を振り払って、颯爽と立ち上がった。
「幸せそうにしてたあの子がかわいそうですわ。リリー様のことだって、憧れてたとか言いながら、今は全然大切にしてないじゃないですか。先週だって違う方と落ち合ってらっしゃったわね。そんな扱いを受けるなら、恋愛なんてしたいと思いませんことよ。第一、わたくしはねぇ、リアンが認めた相手じゃなければ、結婚なんてしませんのよ! 過保護上等、それはあなたが気にすることではありません!」
私はさらに地の底から出るような低い声でジョルジョを睥睨した。
「それにここはわたくしの部屋よ。あなたが勝手に使っていい部屋じゃないのは、わかっていたはずですが?」
部屋の中が凍りついた。キースが頭を抱えている。
「ソフィア……!」
一拍置いてリアンが驚いたように声を上げる。続いて、ジョルジョが我に返ったように叫んだ。
「ソ、ソフィア嬢……! なんで隠れてなど」
「キース様が隠れてろとおっしゃったからですわ」
「……怪しいな、キース。そこで何を」
キースはため息をついた。だから言っただろう、といったような一瞥を私にくべて。
「言っただろう。俺は護衛を頼まれたんだ。お前がソフィア様に危害を加えないようにな」
「そんなこと、するわけ」
「ジョルジョ殿、あなたの言葉には信憑性がありません。勝手に人の部屋に……親しくもない相手の部屋で逢いびきなど」
ジョルジョの言葉にリアンが噛み付くように言うと、ジョルジョは慌てて否定した。
「だが、この部屋はずっとこうして使われていたのだから、お茶会があれば使っていいと思うのは当たり前でしょう!」
「ジョルジョ、でも管理はされてただろう? お茶会が再開したからって、また使っていいとは限らない。そのつもりで契約してたんじゃないか。それに部屋の主は戻ってきたんだぞ」
「でも、……何も言われなかった……」
「嘘をつけ。俺には情報は回ってきたぞ。お前、誰かに権利を使わせてもらってただけで、契約なんてしてなかったんだろう?」
「う……」
二人の会話に、リアンが呆然としている。私も唖然とした。契約だったのね、この部屋使うの……規定には、かなりの条件があるんだろう。だから漏れなかったんだ。さすが。
苦し紛れなのか、ジョルジョは突然、私を指差した。
「だ、第一、いつまで隠れているおつもりだったんですか! そんなところで、何を考えて」
「あら。私は二人がどこまでいったら姿を表していいのか考えていただけよ」
また一つ、空気が冷たくなった。
「……”どこまで”?」
「あら嫌ですわ、お盛んなジョルジョ様のことですから、意味がわかるんだと思ったのですが、……そうではないのですねぇ。猫の交尾って見たことあります?」
ジョルジョは息を飲んだ。
「猫、の?」
「ええ、ジョルジョ様は人間ですから、多少はお時間がかかりますわね。それで、待とうかどうしようか、少し考えましたわ。でもそこまでタイミングを計るのは無粋かしら、なんて思っておりましてね」
私が笑顔で言うと、リリーは真っ青な顔で腰を抜かした。そして気持ち悪そうに喉を押さえた。慌ててヴェルヴェーヌがリリーを助けに行く。
「そしてですね、私の生活する部屋で他人がそんな破廉恥な真似をするなんて、言語道断ですから、その姿のまま、窓から投げ飛ばしてしまおうかしらって思っていましたの。その前にリアンが来てくださって、良かったわね?」
私の言葉に呆然と立っているジョルジョを見ながら、キースがまた頭を抱えた。
「そうじゃないだろ……」