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鏡の中  作者: 霞合 りの
第九章
74/154

74 張り込み

そしてそれは、翌週のことだった。


私たちは簡単に、その現場を押さえることに成功した。


「いいだろ、僕のかわいい小鳥さん」


私の知らない男性の声が響いた。続いて、柔らかな女性の声。


「いやだわ、お話ししたいって聞いただけだもの」

「でも二人だけだよ。大丈夫」

「どなたかが来たら……」

「この部屋は誰も来ないって。知ってて、僕についてきたんだろう?」


甘やかな言葉が囁かれ合い、クスクスと忍び笑いが聞こえる。断っている女性だって、断るのもどこまで本気なんだか。きっと口説かれるのを楽しんでるだけ。


「……どうすんの、ソフィア様。いつ出てくの」


耳元でキースがつぶやいた。


あまりにも小さな声で、まるで吐息のようにかすれている。嫌そうに眉をひそめているのは、向こうで睦言を言い合っている男が、キースのライバルだからだ。ただし、ライバルと言っても、明確に何かを競っているわけではない。ただそりが合わないというか、とにかく、似た気質なのに、互いに癪にさわる相手なのだ。


なぜ知っているかといえば、以前、二人がこの部屋で女性を巡って喧嘩をしたことがあるからだが、それはさておき、女性の方は、人妻だ。それを言うなら、男性だって、婚約者がいたはずだ。


「俺は人妻には手を出したことはないぞ」

「どうでもいいです」


私は言うと、考えた。


「無断よ?」


呟く声に苛立ちが募り、キースが青い顔でびくりと身を震わせた。


「……ええ、はい、そうですね」

「同じお茶会で、二週にわたって、無断で使うの? 今、誰も管理してないじゃない。だからご自由にって思ってるのかもしれないけど、ここは乱行パーティーの会場じゃないわ。それに、次の日は誰も使わなかった。それに、同じ人じゃない!」

「なんでわかります?」

「香水の香りが同じよ。女性は違うみたいだけど、男性が同じ人ね。オリジナルの香水だと思うわ。今更気づくなんて、私ったらどうかしてる」

「どうもしてません。普通なら、そんなこと気付きませんよ」

「わかる? つまり、同じ人が味をしめて使ってるってことよ? しかも相手をとっかえひっかえしてね。バカにしてるわ」

「あー……そうですねぇ……」


キースは頭を抱えた。


「もう、出て行った方がよくない?」

「ダメよ。絶対に、金輪際、内緒の情事なんかしたくならないように、ぎっちり締め上げてやる。考えてみれば、私の部屋を私が使っていることくらい、もう使えないことくらい、わかって当然でしょ?! そんなこともわからない男に、秘密を楽しむ器なんてあるもんですか。何としても……恥をかかせてやる」

「やめましょうよ。今出て行けば、使わないでね、で終わりますって……あー、さっきって感じですかね、今はちょっとなんというか」


抱き合う男女を前に、どうということもできないかもしれない。私は思案してキースに顔を向けた。


「本格的に始まってからのほうがいいかしら?」

「なんで?」

「言い逃れができないでしょう?」

「え、う、でも……待つの?」

「それしかないでしょう。私はなんとも思いませんけど……興奮してしまうタイプ?」

「無理」


異様な何かを見るような目で、キースは私を見ると、頭を振った。


「こんなの聞いてないよ。助けてリアン」

「リアンに言わない約束よ」

「言わないよ、言えないよ、こんなの! 君が自室の情事を出歯亀してるなんてさ!」

「誰のせいだと思うの? 私だってしたくてしてるわけじゃないわ!」


私は肩をすくめた。


「それにね、鏡の中は、それなりに時間がありましたの。今、庭にいる方がどれだけ使ってきたか、ご存知?」


私が真面目に言うと、キースは小さく頭をかきむしった。


「だから! なんで! 冷静なの!」


あくまで小さな声で叫べるなんて、さすが、百戦錬磨の手練れだ。


「猫と一緒よ。でも、相手が相手なんだから、キース様、あなたが出て行った方がいいかもしれないわ」

「い」


いやだ、とキースが言いかけた時、部屋のドアが開いた。


「ソフィア、居ますか!」


リアンが血相を変えて入ってきた。ギョッとして立ち止まるリアンと、まさにこれからといった二人が、見合った。リアンの後ろから、デイジーとヴェルヴェーヌが追いかけてくる。


「リアン、様、ここへは、来ない、ようにと」


息も絶え絶えにいうデイジーだったが、リアンはそちらに気を払う様子はない。それはそうだ。いないはずのカップルがあられもない姿でここにいるのだから。


「……ジョルジョ殿? と、ソフィア?」


リアンの声が震えた。キースが小さく舌打ちした。なるほど、リアンからは女性の顔は見えないのだろう。


「……し、知らずに、すまなかった……ジョルジョ殿、僕は」

「いや。いい」


ジョルジョが小さく答えた。興奮が一気に冷めたばかりか、人妻を相手にしていたなんて知られたら、どちらも破滅だ。なんとかしなければ。まだソフィアと勘違いされたなら未婚女性だもの、大丈夫。そう踏んだのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。


と思い、私が立ち上がろうとした時だった。


「無様だな、ジョルジョ」


キースが立ち上がった。え、打ち合わせになかったじゃないの。いやだって言ったばかりなのに。私も立ち上がろうとすると、キースは全力で私の頭を押しとどめた。


「何を言う、キース」

「リアン、本当にソフィア様なのか、確かめたほうがいい」


その言葉に、リアンが恐る恐る足を踏み出す。今度はジョルジョが舌打ちをする番だった。キースはたっぷりと余裕を持って、ジョルジョに視線を向けた。


「愛しいお相手に、ソフィア様の振りをさせるなんて、無粋じゃないか? それとも、この部屋がソフィア様の部屋だから、ソフィア様だと相手を思いたくてこの部屋にしたとか?」


キースが嘲るように言った言葉が終わらないうちに、華麗な平手打ちがジョルジョの頬を打った。




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