72 一日目の終わり
短めです。
大盛況にお茶会が終わった初日、また明日、とお別れして部屋に戻れば、違和感があった。
……どうにも部屋が使われている。乱れたベッドシーツを見ると、侍女のデイジーが困った顔をした。
「……まぁ、どうにも、……」
私が肩をすくめると、デイジーが憤った。
「……ひどいことです! 全てお取替えいたします!」
「ありがとう。至急お願いね。今まで見てきたから意外性はないとはいえ、……」
それはそれでどうなんだ、と突っ込みたそうなデイジーの顔を見ても、私は肩を竦めた。なんとも思わないから大丈夫。なぜって、仕方ないのだ。想定してないわけではなかった。誰かが張り付いていたわけでもないし。
この部屋はこれまで、情事に使われてきたのだから。客室は誰か来そうだし、ばれたときに困るけど、この部屋なら、ばれても平気、そう思われていた節はある。
それはおそらく当たっていて、誰も咎める者はいなかった。私以外は。
「私は許可しておりませんわ、ソフィア様。使用する権利についても、周知いたしました! それが、こんな……」
「大丈夫よ、わかってるわ。理解している人なら、私に直接交渉してくるはずでしょう? これは節度も弁えもない人の仕業よ。情勢にも立場にも理解なく、甘えてるような人。でもきっと、それがおし通せるくらいには立場のある人なのでしょう。……困ったわね」
「……どうなさいますか?」
「そうねぇ……この部屋は私が使っているって、大々的に知れたら万事解決ってとこだけれど……言って聞かせるものでもないし、私がずっと部屋にいるわけにもいかないし、どうにも……」
「リアン様にお聞きになればよろしいのでは?」
「無理よ、無理無理。あの人、私のことニコラスの聖女と思ってるんだから。そもそもこの部屋がこんなことに使われてたなんて知ったら、卒倒するに違いないわ」
「ですが」
「ノアにはまだ早いし、かといって、アンソニー様に言ったら大ごとになるし、そうしたいわけじゃないし……」
私が考えている間、デイジーは時間を無駄にはしなかった。急いで人を呼びに行き、不思議そうな顔のヴェルヴェーヌと、事情を理解してるメイドたちを連れてくると、ベッドのカバーからシーツから、デイジーは全て取り替えた。
私はそれを見ながら、どうしたものかと思案したが、結局、その日が終わるまで、何も思い浮かばなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
助けは思わぬところにやってきた。
翌日のお茶会は、よく晴れた日だった。昨日のお茶会自体は上々の評判だったし、今日は、ヴェルヴェーヌにそれとなく部屋にいてもらっている。もし人が来たら、入っていった人数と人物を記録してもらうことにした。デイジーは管理対応していないのだから、きっと勝手にやってきているに違いない。だいたい、誰かと遭遇したらどうするつもりなのだ。
庭園で挨拶をしていると、見知った顔がやってきた。
「やぁ、ソフィア様。本日はお招きありがとうございます」
「キース様……」
私は目の前の、リアンの友人を認め、はたと手を打ち、デイジーに目配せした。いい人がいたじゃない。
「ご機嫌麗しゅう、キース様。あなたがいらしたわね、リアンの友達で女性にもてて取っ替え引っ替えの伊達男を気取った色ボケ……じゃなかった色男様が」
「お、お、お嬢様、心の声がだだ漏れですよ」
デイジーに耳打ちされ、私は慌てて口をつぐんだが、キースはため息をついただけだった。
「俺、ソフィア様の中でどんな人なわけ?」
急に言葉が砕けた。私はとうとう、彼の中で敬うに値しなくなった。
「素敵な殿方だと存じておりますわ。リアンの大事な友人ですわね。お付き合いしてる女性はどうなっておりまして?」
「うーん、今はいませんけど」
私の取り繕った言葉に、キースはまんざらでもない顔で答えた。おそらく、私がそういう男を探してる女性から頼まれたのか、と思ってるのだろう。違うけど。友達いないし。私は笑顔を貼り付けて返事を返した。
「だからソワソワしてらっしゃらないのね。とはいえ、あの部屋はもう使えませんけど。それくらいは知ってますわよね。だってわたくしの部屋ですもの」
キースの顔から一気に余裕そうな顔が消えた。
「何のことですか?」
「わたくしの部屋ですわ。どこにあるか、知ってらっしゃるでしょう? 以前、誰も教えていないのに、わたくしの部屋へ間違いなくたどり着いたキース様?」
嫌ですわ、と続ければ、顔色が小気味いいくらいに青くなる。
「……も、もうしてませんよ?」
「わかっておりますわ。ただちょっと、お話をお伺いしたくて」
「俺に用があるってことですか?」
「端的に言えば、そうなるのかしら」
私が微笑むと、キースは無言で私の顔色を伺った。
キースは人気者で、私は主催者の令嬢だ。この先を話すなら、人払いのできる場所へ行かないと、人が集まってしまうだろう。これ以上、ここで話をするわけにはいかない。
「場所を変えませんこと?」
私が言うと、キースは嫌そうに微笑んだ。なんとも、器用なことだ。