69 信奉者
あー、ますますリアンに知られたくないけど、アンソニーが関わる以上は知ることになるんだろう。いつになるかしら? どうか穏便に……
「……そうですか……?」
「リアン様はわたくしを……妹、ええと、娘のように思っているので、見合い話をわたくしまで通してくださることはほとんどありませんの。ですから、リアン様があなたとお見合いをするのを許してくれたということは、あなたが認められていて、きっと親しくしたいと思っておられるからだと思いますわ」
「リアン殿が……? でも私は足元にも及びませんよ?」
もしそう思っているのなら、それを打破すべしだわ。むしろ、そっちのほうが回りくどくなく地位を築けるんじゃないかしら?
「いいえ、きっとそうよ。話しかけるといいと思いますわ。リアン様が見合いを通してくれただけでも、名誉に思ってはいただけませんか?」
「それでは……お断りなさるのですね……」
「ええ、その……わたくしではお力になれないと思いますの」
「そうでしょうか……私はそれだけじゃないと申したはずです。あなたを……以前、舞踏会で見た時から、なんて美しいご令嬢だと思いました。ずっと、お会いしたいと思っていたんですよ。何しろ、長い間ずっと、鏡の中で強い精神を保てたお方だ。あなたがそばにいてくれれば或いは……成し遂げられることもあるのではないかと……」
至極残念そうな顔で俯くと、リドリーは紅茶を飲み干した。
そういう人生も興味がなくはない。アーチボルト家は別に陰謀で落とされたわけでもないし、成り上りにはならないから、インパクトは弱いけど、王宮内で復権していく夫を支える良き妻として、奮闘するのも面白いだろう。
ただし、私が子供を産めるかどうかもわからないし、第一、あの外務大臣が大反対するんじゃないかと思う。夏離宮の件では一蓮托生だし、アンソニーもすでに話に入っているし、リアンもこのお見合いは乗り気ではなかったようだし、何より、私の神秘的な存在感がまだまだ必要なのであれば、そういった割と普通な結婚は、阻まれる気がしてならない。
「わたくし、強いこころだなんて、初めて言われました。そう言っていただけるなんて嬉しいですわ。リドリー様のこのような視点は、きっとリアン様やアンソニー殿下に新しい発見を伝えることができるのではないでしょうか。その力が、リドリー様にはあります。わたくしなどいなくても、きっと成し遂げられますわ」
私の言葉に、リドリーは顔を上げると、嬉しそうに目を細め、頬を上気させた。
「そうですね。私は地位や名誉で距離を縮めることしか考えておりませんでしたが、……それだけではありませんでした。個人で知ることができれば、そういったものも明確になり、不安に思わずに済む……懸念も妄想もなくなり、もっと風通しが良くなるでしょう」
「ええ、そうなりますわ。きっと」
私が同意を込めて強く頷いて立ち上がると、リドリーも嬉しそうに立ち上がった。リドリーの従者がどこからともなくやってきて、リドリーにステッキを手渡した。家紋の入ったお飾り用のステッキだが、護身用でもあるのだろう。私も欲しい。
「ソフィア様、今日はありがとうございました」
「いいえ、リドリー様。こちらこそ、リアン様の貴重なお話を聞けて嬉しかったですわ。いつも家でしかお会いしませんから、外でどのように思われているのか、気になっておりましたの」
「それは良かったです。リアン殿は背中で語る方ですから! あまりお話をなされないのでしょう」
わぁ、ポジティブ。
「あの、それで……夏離宮のことにわたくしが関わっていることを、今はまだ、リアン様には伝えないでくださいますか? リアン様はわたくしが政治に関わるようなことを……して欲しいとは思っていないので……」
全ての引き継ぎが終わる頃には、リアンに知られたって、私は何もしていないと言い張れるはず。ドウェインがそうしてくれるはずだから。それまでは。
私がしどろもどろに言うと、リドリーはきょとんとした後、柔らかく微笑んだ。
「そうですか。わかりました、私からお話しすることはありません……もともと望みはなかったわけですね」
……? どういう意味?
私が思わず首を傾げると、リドリーはいかにもおかしそうに笑った。
「リアン殿の話をなさる時、ソフィア様は、とてもお可愛らしいんですよ。きっと特別な方なんですね。ご自分ではお気づきになりませんでしたか?」
言いながら、私の手の甲に優しく口付けた。
みんな手軽に忠誠を誓うのは、私が”伝説の令嬢”で、神聖なる女性だからか。荷が重いのは、私の認識が間違っているのかしら。意外とリアンの認識の方が間違っているのかもしれない。いつだって正しいとは限らないものね。
「またお会いしましょう、ソフィア様」
頬が熱いのは、みんなが手軽に忠誠を誓いすぎるからよ。リドリーに何か言われたからじゃない。決して。
「ええ、またどこかで」
私が言うと、リドリーは嫌がらせのように、私の頬にも軽くキスをした。