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鏡の中  作者: 霞合 りの
第八章
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64 花嫁候補、ではない

 そこで私は初めて、女性たちがジロジロと不躾な視線を投げてくるのに気づいた。何で気がつかなかったのかといえば、想定できる視線じゃなかったからだろう。まるで憧れに満ちた視線と賞賛の眼差し……その中に好奇心に満ちた、面白がる視線もあったけれど。


「こういう場合、嫉妬の視線じゃありませんの?」


私が首を傾げると、アンソニーは肩をすくめた。


「普通はね。でもあなたはドウェイン殿と見合いをしたし、家の都合上、私はあなたを娶るわけにもいきませんので。つまり、私たちはとってもクリーンということです」

「後見人の公爵家のお話ね。そこを乗り越えて愛を育むとか?」

「私がすると思います?」


少し考えた。でも考えなくてもわかる。


「しませんわね。チャーリー様だって、ピアニー家と婚姻関係を結べそうにありませんもの。特に、アンソニー様はリアンをとても大事にしておりますでしょう? わたくしと結婚などしたら、マガレイト家とは距離を置かねばなりませんものね。それは精神衛生上も戦略上も、よろしくないのでは?」

「よくおわかりで。リアンは私の従兄弟で、私の名を呼び捨てしてくれる数少ない友人です。替えの効く花嫁候補より、得難い友人との距離を採るのは道理でしょう。それに、誰より仕事ができますから」


替えの効く、ねぇ……


私はカチンときて言い返した。


「わたくし本人は替えが効きませんわよ」

「だからこそですよ。私は妻とは平和的に暮らしたいのです。策略の根を張るような妻はちょっとなぁ」


なんのためだと思ってるのよ……そっちがその気なら、と、私はじっとりとアンソニーを睨むように見た。


「まぁ酷い。わたくしだってしたくてしているわけではありません。ただ”わたくしは唯一である”と言っただけです。それは皆さんそうですわ。替えが効くなど、いくら王太子であるアンソニー様でも思わないことです。愛する女性に替えが効く妻になってくれとプロポーズするおつもりですか?」


アンソニーはハッとした顔をして、すぐに頭を下げた。


「……そうでした。肝に銘じます」


ええ、ぜひに、ぜひとも。誰が将来国母になるのが確実に決まっている王太子妃に、ただ適性があるからというだけで選ばれたりしたいっていうのよ。それ以上にメリットが必要でしょう。お金とか地位とか名誉とか、それ以上に、奉仕欲とか。愛とか。個人的には後半の項目に満足したい女性を娶って欲しい。


「構いませんわ。アンソニー様にはお幸せに過ごしていただきたいと思っておりますけれど、それは殿下の自由ですものね。とにかく、夏離宮に関しては、まだリアンに知られては困るんです。アンソニー様がしっかりして下さらなくては」

「そういえば、キースと話しましたよ。彼にもお願いしたそうですね」

「あぁ、そうでした。お伝えしていなくて……申し訳ありませんわ」

「いえいえ、いいのですよ。私たちはあなたのしもべです。どうぞお使いください」


そう言うと、アンソニーは使用人のようにしっかりとお辞儀をした。私は叫びそうになるのをこらえて慌ててアンソニーの頭を上げさせた。


「……やめてください、聞いてる人が本気にしたら、どうするのです?」

「あはは。これを本気に取るなんて、おりませんよ。ですが、そうですね……我が弟なら、本気でいいそうですねぇ」

「やめてください」


私が本気で怒ると、アンソニーはお腹を抱えて笑った。


「あはは。あぁ、面白い。花嫁選びのお茶会でこんなに楽しかったのは久しぶりです」


言われて、なんとなく察した。私と話しているのも、ただ逃げているだけなのね。


「無理はなさらないでくださいね……」

「ええ、ありがとうございます。……リアンがあなたを呼び戻してくれて、一番嬉しいのは私かもしれないな」

「どうしてですか? もしかして、」


聞きながら、私はふと思いついた。王宮の書庫で、守られたあの本たち。思い出しながら、言葉を続けた。


「……呪いの鏡のことを知ることができたから、ですか?」


すると、アンソニーは驚いたように目を見張った。


「いいえ。ただ純粋に、何かを望むということは尊いことだと思っただけです」


アンソニーは言った後、ふと何かに思いついたように視線を動かすと、私に視線を向けた。


「ちょうどいいので、お話ししておきます。……リアンのことですが」

「はい?」

「リアンを甘く見ないほうがいいですよ」


なんとなくギクリとして、私はアンソニーを見返した。可愛い弟とか思ってちゃダメってこと?


「どういう意味か聞いてもよろしいでしょうか?」

「ご自分がリアンの望むように行動しなければならない、とおっしゃっておりましたが」

「ええ」

「これまでリアンがあなたの行動に素直に反応していたのは、プライベートだからです。でも、リアンはああいう男ですから、公務になれば、いくらでも自分を無にできますよ」

「無……?」

「ええ、喜ぶことも、嫌がることも、放棄する心理状態になれる、という意味です」

「まぁ」

「そんな人間はごく稀です。訓練しても、なかなかできるものではありません。だから私の右腕として、とても助かっているのですが」

「はぁ」

「ですから、リアンの気持ちが全てあなたにわかるなどと、うぬぼれないように、という忠告です」


アンソニーが反応を待つように、私をじっと見た。


どう捉えたらいいの? 私が恐縮すると思ってる? 憤怒すると? 恐れおののくと? 羞恥で泣き出すと? ……それとも私を案じて? リアンを案じて? なんだか腹立つ。


「そんなことは思っておりませんわ。第一、リアンと面と向かっていなければ、私に影響がないことはわかっています。リアンが普段どう思おうと、私の前で見せなければ、私にはわかるはずもありません」

「それならいいのですが……」

「ですが、アンソニー様のご忠告、しかと受け止めました。リアンが私を政治利用しても、不本意かもしれない、ということもわかりましたわ。ご忠告ありがとうございます」


私は丁寧にお辞儀をし、アンソニーを見返した。


「”伝説の令嬢”という立場を使われたいとは、今でも思っておりません。ですが、私がどう思おうと、肩書きは変わりませんし、思った以上に影響はありそうですから。仕方ないのかもしれないと思っておりますわ」


私は笑顔で言い切った。だが、アンソニーは戸惑ったように肩をすくめた。


「そういった意味ではないのですが……まぁ、そう言っていただけて嬉しいですよ、ソフィア様。ですが、お約束します。リアンがそのようなことを強要されることがないよう、私がちゃんと監視いたします」

「それは……ありがとうございます?」

「礼には及びません。リアンがソフィア様のお世話に満足することが大事なんですよ」


そして、アンソニーはにっこりと、優しい笑顔を私に向けた。


「それでは、失礼いたします。これ以上あなたを独占していたら、今度こそ本当に、怒られてしまいますので」

「まぁ。それは……わたくしの言うことですわ」

「気をつけてくださいね。すぐに声がかかりますよ。ものの五分もしないうちに」

「ご冗談を」

「それでは」


言いながら去っていくアンソニーを、私はぽかんと見守った。


アンソニーはさすが王太子、口が上手い上に煙に巻くのが得意だ。と思った時だった。


「ソフィア様?」


嘘でしょ? 本当に声をかけられたの? そんなはずないわ。


振り向いて、私はがっかりした。少しは知っている人かと思ったが、全く知らなかったからだ。


きっと、私の部屋を使ったことはない。多分、若いから。




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