63 王宮茶会
第八章です。
王家が主催するお茶会には、一度だけ出たことがある。
あの時は、友達数人と一緒に、ニコラスに招待してもらったのだった。
季節は五月で、色とりどりの花が咲いていた。美しくて、幻想的だった。机の上の小さな切り花も可愛らしく、感動したものだった。あれこれと感想を言う私に、照れ臭そうに、ニコラスは言ったのだった。
『ソフィア、君は喜んでくれると思ったよ。テーブルの花は君が好きな花にしたんだ……君のために』
私はそこで回想をやめた。
そういえばそんなこと言われてたわ。今思えば好意はバレバレだ。なんで気がつかなかったんだろう。あの時は王宮、キラキラ、高価、美味しい、で終わっていた……貧乏令嬢を許して……
「ソフィア様。どうなさいましたか? 退屈でらっしゃいますか?」
顔を上げると、アンソニーが微笑んでいた。
「いいえ、まさか。楽しんでおりますわ、アンソニー様。わたくし、そんな風に見えまして?」
「ええ、何か物思いにふけっているようでしたから……何か、ニコラス王との思い出など?」
こわ。ニコラスフリークこわ。
アンソニーの目がキラリと光ったが、私は無視をした。
あんな思い出話なんてしたら、何を言われるか、たまったものじゃない。またマタタビ扱いになるかも。もしくは、知っているのかもしれないわ。でもおあいにく様、絶対に言いませんからね。
「なんでもありませんのよ。お招きいただけたことに感激しておりましたの」
「そうでしたか。それはこちらも嬉しい限りです。本日はお越しいただき、ありがとうございます。ああ、ですが、申し訳ありません、影響が大きいので、できれば父との挨拶はご遠慮ください」
「アンソニー様。それはもちろんですわ。心得ております」
私は言いながら頷いた。
今日は王宮でのお茶会だった。ニコラスに呼ばれた時よりも、ずっと洗練されて美しい軽食とお菓子が並ぶ。先日、国王陛下に言われたように、私とノアはこの王宮茶会に呼ばれたのだった。ノアは正式なピアニー家の跡取りとして。私はその補佐として。
呼ばれたのは謁見から思ったより早く、慌ててノアを呼び戻し、衣装を用意し、と準備に奔走していると、あっという間に当日になってしまった。魔法の禁書について調べる時間もなく、何かの嫌がらせかと思ったくらいだ。もちろん、そんなことはなく、ただ、平和的にお茶会は始まった。
そうやって、始まったばかりの頃に紹介され、それで十分なはずだ。
私の言葉に、アンソニーはニヤリと笑った。
「別にしたいわけでもないし?」
「ピアニー家の代表として、ノアが挨拶に行っておりますから、問題ないという意味ですわ」
「これは失礼」
言いながら軽く謝罪のお辞儀をすると、アンソニーは緩やかな笑顔を作った。
「あなたのおかげで、ノアはうまく落ち着けているようですね」
「わたくしの評判ばかりが回っているからでしょう。わたくしは単独で王宮にも呼ばれたし、ノアは当主といえど、狙う意味はないと思われてるんじゃないかしら」
「それは良かった……んですかねぇ」
「少なくとも、ノアのためにはなってるわ。わたくしの使命の一つでしょう、”ノアの幸せを守ること”!」
「見守りではありませんでしたか? ともかく、ご自分の幸せもお守りくださいね、いい加減、人のことばかりでなく」
「わたくしの幸せはここにありますわ」
私がにっこりと微笑むと、アンソニーはふーむ、と小さく唸った。
「なんですの?」
「なんというか……リアンがいなければ、あなたはどこまでも完璧な令嬢なんですねぇ」
私はムッとして頬を膨らませた。
「リアンがいたって、完璧な令嬢のフリくらいはできますわ」
「おや、そうですか?」
アンソニーはクックッと手を口に当て、さもおかしそうに堪え笑いをした。
……しまった。フリなどしておりません、”完璧な令嬢”なんです、……と言ったところで、アンソニーが撤回を許してくれるはずもない。リアンが仕事で手を離せないからといって、お一人で私をからかいにくるなんて、随分と暇なんだわ。
「その笑い方、……いくら殿下とはいえ、失礼だとは思いませんの?」
「ええ、本当に申し訳ありません。ですが、なんと言いますか、あまりに面白くて……あなたは自分がどれだけ注目されているか知ってしますか?」
「注目?」
私は慌てて口元を押さえた。
「あらいやですわ。食べ方のマナーがなってなかったかしら。立食だけど、”伝説の令嬢”だからと思って、そんなにがっついてるつもりは……もちろん、一食抜こうが抜かなかろうが、食費にはあまり影響しないんですもの、無理して食べる必要はないと思って……違うんですの?」
私の言葉に、アンソニーがぽかんとしていた。どうやら違うらしい。
「まさかそうくるとは。そうでしたね、あなたは以前は裕福とは言えなかったそうですから……違いますよ。国王に紹介され、私と対等に話し、美しく、神秘的で、公爵家の後ろ盾のある、ご立派な令嬢だからですよ」
それはご大層な美辞麗句だ。
「まぁ……でも、たくさんの方が紹介されておりましたわ。わたくしよりずっと美しい方も魅力的な方もいらしたけれど」
すると、アンソニーはさわやかに笑った。
「私の婚約者候補なんですよ、みんな」
へー……え?!
「いやだわ。わたくしも?」
「いいえ、あなた以外」
少し私は考え、理解した。花嫁候補じゃない令嬢は私だけということなのだろう。
「だから、わたくしにお声がかかりやすいと?」
「そうとも言えます」
「困りましたわ」
「仮にでもしておこうと思ったんですが、今日は来られなかった弟に反対されましてね」
弟とは……チャーリー王子のことか。あのちょっと偏愛気味の。
「そこは無理にでもしておいてくださってもいいのに」
「でも戦略的には悪くないでしょう?」
頭を抱えかけた私は、そこで顔を上げた。
「それは……仕事のお話で?」
すると、話が早いと言いたげに、アンソニーは軽く頷いた。
「先日、外務大臣と、夏離宮にあなたをお招きする話をしておりましてね。長いこと使っていなかったあの離宮をリフォームして、また過ごしやすくするそうです」
「予算が出るのが早いんですのね」
「知らなかったものですから……あなたが夏離宮に縁があるのを」
「わたくしは縁などなくても良かったんですけど」
ならば、話は通ったのだ。ドウェインはいい仕事をしてくれた。私も具合の悪い中、よく頑張った! あのおかげでリアンの願いのことも分かったし、一石二鳥だと思うことにしよう。
私がホッとしてため息をつくと、アンソニーも同じように息をついた。
「ようやく、ドウェイン殿との見合いの意味がわかりました。リアンはさぞかし気を揉んだことでしょう」
「リアンには言ってないですわよね?」
「ええ、もちろん。言っておりませんよ」
「なら、いいのです」
私が澄まして言うと、アンソニーはまたクスクスと笑った。
「過保護ですね、相変わらず。それにしても、あなたと長く話していると、視線が痛いなぁ」
過保護はリアンで、私じゃないですけどね。