60 幼い熱意
これは……まぁ……なんと……
私は何を言ったらいいのかわからず、小さく呟いた。
「ニコラスもこれくらい分かりやすく言ってくれたら良かったのに……」
「ソフィア」
リアンが咎めるように私の名を呼んだ。
「だって……」
「ソフィア様は僕の理想です! 本当にお美しいです」
「あら、嬉しいわ」
私が思わず微笑むと、チャーリーは頬を上気させ、リアンを向いた。
「ね、リアン兄様! 僕とソフィア様がケッコンしたら嬉しいでしょ?! 僕もソフィア様もリアンが後見人だものね」
「あなた、チャーリー様の後見人なの?」
私が振り向くと、リアンは戸惑うような顔をしていた。
「ええ、……家族以外の後ろ盾が必要な場合はしています。父と兄とで分担しておりまして」
「なるほど、マガレイト公爵家は本当に、かなりの影響がある家なのね。外務大臣がぶつくさ言うわけだわ……」
そして、あまりリアンをよく思わないわけだ。あまりに一つの家が近づきすぎると、偏りが出る可能性がある。シンディがテイラー公爵家に嫁いだのはその背景があるからかも。
考えてみれば、ピアニー家もそうか。それを考えれば、チャーリーが私と結婚できる可能性はほとんどない。私が帰ってくるまでもなく、もしかしたら、潮時だったのかもしれない。私の部屋が使えなくなって、きっとよかったのだ。
「外務大臣? なんですか、それは。大臣の息子に何か」
リアンが言い出した言葉を、遮るように王妃が明るい声を出した。
「まぁ、チャーリー。ソフィア様は強くて賢い方がお好きらしいわよ? 何しろ、ニコラス賢王の恋人だったのですから。家庭教師から逃げているようでは、勉強も剣術も上達しないから、振られてしまうわねぇ」
「なんですって! それは本当なのですか、ソフィア様」
ショックを受けたような顔で、チャーリーは私を見た。どうしていいかわからず、とりあえず王妃に話を合わせた。
「ん? うぅん、そう、ですわ、ね?」
「ニコラス賢王のことはよく知りませんが、ソフィア様が勉強しろとおっしゃるなら、いくらでも勉強いたします! 僕もソフィア様の恋人になりたいですから」
「えぇーっと……」
目をキラキラさせて、チャーリーは私の手をしっかりと握る。
そこへ、王妃の侍女が私のそばにやってきて、こっそりと耳打ちした。
「伝言です。『この子全然勉強しないの。それとなく引き伸ばして、お願いね、ソフィア様。もちろん結婚させやしないから、安心して』とのことです」
「えぇー……」
私は頭を抱えそうになりながら、ちらりとリアンを見た。表情には出ていないが、あまり機嫌はよろしくないのは雰囲気でわかる。
「えぇーっと、そうですね、チャーリー様。それなら、毎日、お勉強してくださいな。この国の歴史や政治など、文化や音楽についても勉強するとよろしいですわ。ニコラス賢王は立派な方でした。その再来と噂される、アンソニー様のお手伝いをするためのお勉強であることを、お忘れなく」
こんなところか。私がにっこりとすると、チャーリーは嬉しそうに飛び上がった。
「はい! 兄様のこともよく勉強したいと思います!」
「それは良い勉強ね。母親である私にも教えていただきたいわ」
「もちろんです!」
王妃に言って、私に向き直ると、チャーリーは私の両手をしっかりと持って、うっとりと私を見上げた。
「あぁ、ソフィア様、笑顔が本当にお可愛らしくて、神々しくて、……大好きです」
「……ありがとう?」
この子といい兄といい従兄といい、熱意の向け具合がおかしい。一目惚れにしろニコラスフリークにしろ初恋の君にしろ、何も、こんなに言い切らなくても。恥ずかしさとかを通り越して、困惑しかない。メアリに似た顔でそんなこと言ってくるなんて、ずるいわ。
すると、リアンがチャーリーの手と私の手を引き離し、無言で私の前に立った。
表情は変わらないけれど、多分、リアンはすごく怒ってる。と言っても、私は特に具合が悪くはなっていないから、私に関しては怒っていないのだろうけど……チャーリーに怒ったところで意味があるとは思えないけど。
リアンが口を開こうとした時、チャーリーの上の姉、シンディが割って入った。
「チャーリー、その辺にしておいて。いきなり女性に言い寄るなんて、はしたないわ。ソフィア様、リアン、ごめんなさいね、弟がうるさくて」
「いいえ、あの……素直でよろしいと思いますわ」
「……そうですね」
抑えた声で言ったリアンを恐る恐る見ると、眉間にシワが寄っている。王子らしからぬ振る舞いだとご立腹だ。チャーリーはそんなリアンを見て、目をパチクリとさせていた。
「どうなさったんです? リアン兄様」
そんなに怒らなくても。どうせチャーリーは大きくなれば、私のことなど忘れるのだから。面倒なことになる前に、リアンを落ち着かせないと。
この場合、どうすれば場が丸くおさまるのかしら……
「リアン……ええと、あの……書庫へ行きましょう」
「え?」
「アンソニー様にお願いしてくださるのでしょ? 私が直接言うよりずっといいって。書庫だけを楽しみにしてきたのですから、早く行きたいのです」
「でも……」
私はリアンに極力近づいて、ごく小さい声で耳打ちをした。
「お願い、リアン。チャーリー様の勘違いにこれ以上付き合えないわ。適当な受け答えも限界です」
リアンはため息をつき、顔を上げた。
「アンソニー殿下! ソフィア様が書庫へ行きたいと仰っております。案内をお願いしたいのですが」
すると、笑いすぎて出た涙を拭きながら、アンソニーが私たちに向かってきた。