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鏡の中  作者: 霞合 りの
第一章
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6 あなたのことを教えて

ちょっと長め

 病院へ向かう間は気ばかり急いていて、ろくに会話がなくても気にならなかったが、デイヴィッドに似たノアに会えたことで現実なんだと肝が据わると、時間が随分と長く感じた。


 こうなったら、洗いざらい、できるだけ、気になることを聞いてみよう。私はリアンに向き直った。


「あなたのことを聞いてもいいかしら?」

「僕の?」


リアンは不思議そうに首を傾げた。自分に興味を持つなんて考えていないような顔だ。


いやいやいや、興味ありますよ、断然ありますよ、だって私を鏡の中から救出してくれた人だ。命の恩人みたいなものだ。誰よりも興味がありますよ。


「だってリアン、私、あの家に遊びに来ていたということ以外、あなたのことを全く知らないのよ。せっかく助けてくれた方なのに、何も知らないままなんてひどい恩返しよ」

「でも、・・・あなたがここに存在してくれるだけで、恩返しになっているというか、なんというか、それ以上の出来事というか、僕が逆に恩返ししたいというか、・・・」


当惑気味にぼそぼそと喋るリアンは、なんだか頭を撫でてあげたくなるくらい可愛く思えたが、きっと彼はそれを望んではいないだろう。私は我慢して、ほとんど聞いていなかったリアンの愚痴めいた言い訳を遮った。


「ええっとね、私が想像したことを言ってみるわ。・・・まぁ、ニコラスと似ているから、王家の血は入っているようだけど、位を継ぐほどでもないってニュアンスのことを言っていたわね。でも、ああして王太子殿下と近しいんだから、職業的な地位もかなり高いんでしょう。友人で部下、と言ってたし・・・あなたは誰?」


私がいたずらっぽく微笑むと、リアンは目を瞬き、なんだかほっとしたように笑顔になった。私が何を聞くと思ったのだろう。そっちのほうが気になる。


「僕は・・・そうですね。紹介が遅れました。最初にしておかなければなりませんでしたね。名はリアン・フルート・ド=マガレイトと申します。公爵家の次男です」


それはかなり位が上だ。驚きが顔に出ないように気をつけて、私は淡々と頷いた。だってほら、リアンは私がそういうものだと思っているみたいだから。


「なるほど、公爵様なのね」

「はい。曽祖父が王の弟だったと聞いています」

「そうなの。アンソニー様とは近しい親族?」

「おそらく、又従兄弟、となりますね。でも、周りに近い年の者がおらず、私たちが小さい頃からアンソニーと親しくするように言われました」


ふむふむ。私は何度か頷いた。


どちらかというとアーロンの方が親しくするように仕向けられたはずだが、先ほどの会話からすると、リアンの方が気が合っていたようなニュアンスが垣間見えた。もしかすると、アンソニーはアーロンよりリアンが残ってくれてほっとしたかもしれない。そんなこと、思ってはいけないけれど。


「アンソニー様は、王太子なのよね?」

「はい、そうです。現国王のご嫡男になります」

「ふーん。他にご兄弟は?」

「姉君が二人と、弟君が一人、妹君が一人です。姉君二人はすでに嫁いでおりまして、妹君は婚約中です」

「ご本人と弟御はまだなのね」


「そうですね。将来は王妃になられる方なので慎重にお選びになっているし、・・・チャーリーは、あぁ、アンソニーの弟ですが、まだ十五歳なので、探しもしておりません」

「そうなの。チャーリー様とも仲がいいの?」

「えー、・・・どうなんでしょう。わかりません。僕を兄と慕ってはくれますが」

「アンソニー様とも、義務にしては、仲が良さそうだけれど」

「仲はいいですね。私は特に、学校で成績も近かったので。おかげで配属も考慮されました」


そういうことか。ますますアンソニーは不幸中の幸いと思ってる説。気安く話せる相手は優秀さや人柄だけではなく、結局のところ、相性だ。将来王となる自分に、より気の合う側近がいることはきっとありがたいことだろう。


「そうなのねぇ。歳の近い近親者同士、仲良くするのはわかるけれど・・・マガレイト家にしてみたら、王家は付き合う意味はあるけど、ウチはないんじゃない? どこがどうして、うちと親しくしてるの? うちは伯爵家だし、どうして公爵様とそんなに親しくしてるのかわからないわ」


リアンは少し驚いたように姿勢を正した。


「鏡から見ていたのではなかったのですか?」

「声は聞こえないから。仲良くなった経緯なんてわからないわ」

リアンは私の質問に考え込んだが、首を横に振った。


「別に、何もないと思いますよ。取引をしていたことはあったそうですが・・・つまり、ウマがあった、ということなんでしょう」

「それだけ?」

「始まりは、ニコラス様とデイヴィッド様ですからね。縁を切るのは難しいでしょう」

「うーん・・・アンソニー様も遊びに来るほど?」


「伯爵といえど、他に追随を許さないほどの大金持ちですよ。それに加えて、ニコラス様と縁があったという古い家柄で、うちの一族含め王族とも何人か婚姻をしている間柄ですから、自然なことでしょう」

「つまり、うちは、身分はそんなに高いわけではないけれど、それなりに影響力があるってこと?」

「そうですね」

「目障りに思う人もいたかしら」

「他家では、いるかもしれませんね。公爵家や侯爵家でも、ピアニー家ほどにお金も王からの知名度も高くない家柄はたくさんありますから」


自分の時代には、貧乏な伯爵で、領地を治めてトントンの収支でやりくりしていて、王族なんて雲の上の存在だった。それがどうしてこんなことに、・・・と思ったが、考えてみれば自分のせいだ。お忍びで市井に学びに来ていたニコラスのことを何とも思わず、身分がわかってからもむしろ対等であろうとした。世間知らずの私は、王宮ならまだしも、ニコラスがなぜ身分を隠してまで学びに来たのかを考えれば、当然のことだと思っていた。それが、どうしたことかニコラスに私への思慕を募らせ、誰かを嫉妬で狂わせ、私は鏡に吸い込まれ、そのことで、ニコラスとデイヴィッドは仲良くなり、デイヴィッドは執念の商才を発揮して財産を揺るぎないものにした。つまり私のせいだ。


「・・・面倒な時代に出てきちゃったわね」


私がそれだけ言うと、リアンは声に力を込めて拳を握った。


「だからこそですっ」


自分で収拾つけろってことなのかしら。


というか、鏡は何考えてるんだろ。私を出せって、本当に言われたのかしら? リアンはやっぱりがっかりしたんじゃないかしら。


私が出てくることだけが目的とは思えないし、私という存在で、リアンの目的の何かが達成できると考えるのが妥当だ。とすれば、おそらく、ピアニー家断絶の恐れと混乱を回避するというミッションを達成することになるのだろう。・・・どうやって? そんなこと、できそうにないけど。私は軽く頭を抱えた。


「私、物事を収めることなんてできないわよ?」

「できますよ。あなたがいるだけで、話は変わりますから」

「どういうこと?」

「いいですか。あなたが本物のソフィアだということは内密にするにしても、これだけリズに顔が似ていれば、血縁があると納得されると考えられます。そうすれば、ノアがいてもいなくても、この家は守られますからね。次の当主がどうとか財産はどうとか、そういう話がなくなります」


リアンが朗らかに言った。


「リアン、あなたが継ぐのではなくて?」

「それは最終手段です。確かに、爵位を継ぐ話はありますけど・・・でも、兄もなくなり、男子一人になってしまったのに、僕が家を離れて低い爵位になることには、親もあまりいい顔はしませんでしたしね」

「どちらも継げばいいんじゃないの」


同じ家が爵位をいくつ持とうが、何も問題はないはず。だけれど、問題は財産の大きさにあるらしい。


「どうでしょうね。僕一人が両方はあまり現実的ではないかもしれません。財産が多いですから。管理しきれえず、結局は手放すことになるかもしれません。その時に爵位だけしか残らなかった、ということもありえます。僕は思い出のある家も、一家のことも忘れたくはありませんから、そのまま残せるようにしておきたいのですよ。だから、・・・例えば、妹がいますから、ウチが管理することを考えれば、ウチに縁のある者を継がせて妹を、と考えることもできますが・・・財産諸々を考えると、莫大な財産があるこの家を継がせるのは、酷な気がします」


リアンの事情もわかった気がした。それだけ多くのものを手にすると、やっかみも増え、攻撃もされるだろう。リアンの家は地位も財産も揺るぎない公爵家で、それだけでもきっと軋轢はあるだろうし、ピアニー家も嫉妬されるような成功を収めている。いくら遺言で指定されようと、それらを両方手に入れるのは最後の手段としたいのは、リアンが穏便派だからなのだろう。人柄は全く知らないけど、きっとアンソニーなら両方欲しいと言いそう。


「わかったわ。あなたが、うちとは一番近しいの?」

「そうですね。家宝の鏡のことも理解して、慣習を守れるという意味なら。ルイスおじどのが、何かあったらうちに、と考えていたことでもありますが、僕とアーロンはそうやって育てられました」


家宝の鏡は私がいた鏡のことだ。家の中だけではなく、リアンたちにも伝えていたとなると、とても親しい以上の間柄だ。リアンが勝手に蔵書を調べたわけではないと知って、少しほっとした。


「家宝の鏡・・・詳しく知っている、もしくは知ろうと思えば知ることができる人は、どれだけいるの?」

「ああ。そういった書類は、弁護士が持っていました。あと、ピアニー家の当主と親しい間柄であれば、決定を託されたり相談されたり、ということはあるようです。現在は、・・・マガレイトの当主、僕の父親でしょうか。母も親しかったので、話は聞いているかもしれません」


それはただ単に気が合ったという以上に信頼されている気がする。


「それなら、私のことも知っている?」


私が不安になって聞くと、リアンは微笑んだ。


「”鏡の中のソフィア”のことなら、知っていますよ。ノアだって僕だって、アーロンだってリズだって。アンソニーだって、・・・僕の学友だって知っています」

「そんなに?」

「有名なんです、あなたの伝説は。何しろ、デイヴィッド様が一代で莫大な財産を築き、それが全て亡き姉のためだと豪語していたのですから。ですから、その伝説の元となった鏡の話は、知っている人は多いです。僕たちは、その少しばかり詳しい話を知っているだけです」


やってくれたな。


愛おしくも面倒な弟に、私は頭を抱えそうになったが、かろうじて抑え、肩をすくめた。


「ま、関係ないわ、今となっては。今は、私はどうにかしてノアを助けてピアニー家を持続させることと、あとは、自分が寿命を全うすること、それが大事よね」

「そう・・・ですね」


リアンが考え深げに顎に手を当てる。


「私のことは、どう説明するの? 御者の方だって、混乱してると思うわ」

「ああ、そうですね。両親には説明しなければなりません。他には・・・」

「あなたの大事な友人には、話しておいてね。嘘をつきたくなかったり、つくのが面倒になりそうな相手よ。あなたの嘘をフォローしてくれそうな人は特に」

「ですが」

「そうね、信じてくれそうな人。どっちにしろ、そんなに多くはないでしょ」


リアンは肩をすくめた。


「そうですけど。うちの使用人は鏡の部屋のこと含め、全て知っていますし、口は堅いですから、両親がいいといえば、伝えることになるでしょう。その他の人には、・・・僕の友人ですか」

「そう。特にアンソニー様は必ずよ」

「それはどうしてですか?」

「一番偉い人だから。ノアのことも気に入ってくれてるみたいだし、何らかの助けをしてもらえそうな人に、嘘をつくのはいけないわ。あなたがちゃんと伝えてね」


私が力説すると、リアンは頷いた。


「なるほど。確かにそうですね」

「それ以外の人は、私の正体はすぐには知られない方がいいかもしれないわね。私だって何が何やらわからないし、何かの影響があるかもしれないし、祭り上げられるのなんてごめんだし。となると、私の紹介は、やっぱり、血のつながりの近い、縁のある人、ってとこかしらねぇ。他の親戚はいないの? 仲がいいわけではない、とおっしゃってたような気がするけど」


「そうですね。実のところ、ルイス様のことを妬んでる親族は多いと思います。家宝の鏡のことをバカにしてる方も。でも、家宝の鏡の威力を知らないですからね、彼らは。何かにつけて楽をしようとする。そもそも、商才があまりないんです」


淡々と、でもきっぱりと言い切ったリアンが小気味好く、私は少し笑ってしまった。優しいだけではないんだ。安心した。


「デイヴィッドも、ある意味、あの鏡を見つけてくるなんて、商才があったのね」


私の軽口に、リアンも少しだけ笑った。


「・・・僕にとってはありがたいことですが」

「そう? 私、うまくやっていけるかしら」

「僕が必要として呼び戻したのですから、僕がどうにかしましょう。マガレイト家の名誉にかけて。あなたに取り入ろうとする人は増えるかもしれませんが、それは僕が阻止します」

「頼もしいわね」


私は堅い言葉を少し残念に思いながら笑った。心配していたのは、そもそもリアンと仲良くできるかどうかだけれど、リアンにとってそれはどうでもいいことらしい。私は彼にとって守る対象で、友達ではないのだ。


「でも気負いすぎよ。最初さえどうにかなれば、私、自分で何とかするわ。使用人になってもいいんだし。・・・伝説の女だけど」

「やめてください」

「でもね、私、働きたいのよ。小さいことをコツコツやり遂げて、自由に毎日をささやかに生きていきたいの」

「僕だって同じですよ」


不機嫌に、リアンがそう言った。



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