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鏡の中  作者: 霞合 りの
第七章
58/154

58 目覚め

「ソフィア? ソフィア! 起きてください、ソフィア! いったい、いつからいたんですか?!」


目が覚めると、リアンが目の前でパニックを起こしていた。すでに日はのぼり、明るい日差しが差し込んでいた。


「あら。……私ったら、寝てしまったのね」


私が言うと、いつの間にかデイジーの代わりにヴェルヴェーヌが立っており、私の肩にかけていたブランケットを外した。


「ブルータスさんは仮眠なさっております」

「そうなの……」


私が眠い目をこすりながら、こわばった体を伸ばしていると、リアンが今までになく狼狽えていた。


「ソフィア……帰ってくるのは明日……今日になるかと」

「ごめんなさい。ノアを置いてくるのが心配になってしまって、あれこれ注意をしていたら、遅くなってしまったの。まるで母親だと怒られてしまったわ」

「そうでしたか」


言いながら、リアンは顔をほころばせた。


「仲がよろしいようで、よかったです」


「ありがとう。あのね、部屋に入るつもりはなかったのよ。ちょっと顔を見て、部屋に戻ろうと思っていたんだけど……」


諸々、ブルータスの話は端折ることにした。


「……寝てしまって。迷惑だったわね」

「まさか。目が覚めてもあなたがいてくださったから、まだ夢かと思いました。お顔が見られて嬉しいです」

「私の夢を見ていたの?」


私が目を丸くすると、リアンは失言をしたと言いたげに顔を赤らめ、目を泳がせた。


「え? あ、あの……はい、そうです。お恥ずかしながら、お会いできるのが楽しみで……」


子供か。ほらやっぱり、弟みたいでかわいいじゃない。気持ちもわからないでもないわ。いつだって会いたい人に会えるのは胸が弾むものだ。


「でも私、避けてリアンに会わなかったかもしれないわよ? 遅かったのも、リアンに会いたくなかったからかもしれないじゃない?」

「実はそうも思いましたが……目が覚めたら、あなたが僕の手を握って眠ってらっしゃるので……そんなことどうでもよくなりました」


お人好しだ。嘘もつけない。やっぱりリアンには部屋のことは言えないわ。


「怒ってないの?」

「怒る必要がどこにありますか? 僕が反省することはありましたが、あなたに非はありません」


いやいや。ブルータスにすごい非難されましたけど。


私は申し訳なくて頭を下げた。


「リアン。あのね、……私、いろいろ整理できなくて……あなたにあわせる顔がなくて、避けてしまってごめんなさい。ノアが元気になったと思ったら、不安になってしまったの。でも、もう整理はついたから、大丈夫よ。リアンを避けることは決してしないと、誓うわ」


すると、リアンは私の頬に手をかけてスッと上を向かせた。


「顔をあげてください、ソフィア。本当に、大丈夫ですか? その……僕は勝手にあなたをこちらに戻して、申し訳ないと思っているんです。陛下との謁見やお見合いやノアの後継問題など、あなたには負担になることばかりさせてしまって。ですので、お相手をしていただけなくて、最初は落ち込みはしましたが、当然のことだと思いました。本来なら、確かに顔を合わせたくもないでしょう。ですから、あなたが幸せになれるよう、僕ではなく、キースやアンソニーに手伝ってもらおうと……」


ああ、だからか。だからブルータスは私に怒ったんだ。リアンが自分ばかり責めるから。

キースもアンソニーも、私のところにきたのはそのせいか。

私ったら、迷惑ばかりかけて。


リアンの不安な気持ちがわかる。リアンは本当は、キースやアンソニーに今の役割を渡したくはないのだ。でも、私が嫌なら、それをしようと思っている。本当の気持ちは、そんなことしたくない・・・・・・・・・・のに。


それは、私もだ。


「それは勘弁していただきたいわ」

「何をですか」

「キース様もアンソニー様も、リアンの代わりにはなりません。私は、私を戻してくれたのがリアンで良かったと思っているし、リアンの手助けをしたいと思ってるわ。最初に約束したはずよ、私はあなたのそばにいるって。それは、あなたも私のそばにいてくれるということよ」

「ソフィア……」

「頼りにしているわ、私の信頼する後見人様」


私がリアンの腕を軽く叩くと、ホッとしたように、リアンの瞳が揺れた。


「……デボラの様子はどうでしたか……?」


リアンが不意に言った。そわそわとして落ち着きがなく、いつもよりずっと可愛らしい。


ああ、そうか。私はそこで気がついた。私を子供みたいに待っていた理由の一つ。


私は思わず笑顔になった。多分、とっても悪い顔をしている。


「私、リアンが迎えに来てくださるって思ってたのよ」

「え?」

「なのに、キース様が来るなんて、思っておりませんでしたわ」

「あ、いや、それは……申し訳なかったです、ソフィア。ですが、その、デボラの様子は……?」

「どうだったかしら。ご自分で確認なさった方がいいと思うけど?」

「でも僕は、……会いには行けないから」

「どうして?」

「デボラを悲しませてしまう」

「そんなこと……」


するとリアンが私の手をとって、その手をじっと眺めた。


「ソフィアが一緒にいてくださるなら、そのうち……会いにいけるかもしれません」


子供か。って、さっきから何度突っ込んでるんだろ、私。


「子供みたいなことを言って……私が一緒に行けば、デボラに会えるの?」

「キースが……、仲良くしてらしたと言っていたので。あなたが一緒なら、僕のことも怖がらないかもしれない」


それなら報告受けてるんじゃないの。改めて私に聞かなくてもいいじゃない? ……ええ、聞きたいものよね。キースと私は違う立場だもの、視点も違うしね。どれだけデボラが可愛かったかとか、亡くなった兄を好きだったか、今いる兄に会いたがっているかなんて、……教えてあげたところで絶対に信じないだろうな。


「怖がる? デボラが?」

「私はうまく笑顔を作れないんです」


そうなのかしら。……そうだったかしら?


「リアンの笑顔は素敵だと思うけど」

「そんなことを言ってくださるのはあなただけですよ」

「そう?」

「僕は、残念ながら、舞踏会でも愛想笑いの一つも出来ないんです」


言うと、リアンはふわりと笑った。うん、出来てると思うんだけど。


それでも二人にはタイミングというものがあるのだろう。例え愛情があったとしても、会わせたからといってうまく通じ合えるとは限らない。彼らはお互いに臆病になっている部分もある。


「……まぁいいわ。一緒に行きましょう、いける時が来たら」


どのみち、断れるわけがない。


断ったら倒れてしまうし、リアンに余計に心配されるなんて、まっぴらごめんだ。


「ありがとうございます。本当なら、あなたに頼らなくても、会いにいかねばならないのですがね」

「このくらいのこと、なんでもないわ。いくらでも頼って頂戴。失ったものが大きい時、また失いたくないとすれば、臆病になるのはよくわかるもの」

「……ソフィア、……」


リアンが神妙な顔をして私の手を取った。私はリアンの手を握って引っ張ると、立ち上がった。


「その前に、いかなければならないところがあるのはご存知?」

「……あぁ、陛下との謁見でしょうか? その日は私もソフィア様にお伴するため、休みを取っていますが」


私は不思議そうな顔をしたリアンに笑いかけた。


「でも今からじゃないわ。私たちは今から、朝食を食べに行くのよ。何を食べたい? 私はふわふわのスクランブルエッグを食べたいわ」


私が言うと、リアンはクスリと笑い、目を輝かせた。


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