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鏡の中  作者: 霞合 りの
第七章
57/154

57 遅い帰宅

ピアニー家の屋敷に戻ったのは、真夜中を過ぎてからで、私はとても疲れていた。


私なりにノアを置いて帰るのが心配で、あれこれ話してグズグズしているうちに、出発が遅くなってしまったからだった。最初は不安そうにしていたノアも、最後には笑いながら送り出してくれた。


だからきっと大丈夫。


目の前で不機嫌をあらわにしている、リアンの従者を除けば。


「……言っておくけど、あなた、使用人なんですからね。自分の主人の友人に対して、それはないんじゃないかしら?」


しかし、ブルータスは冷ややかだった。


「申し上げたはずです。リアン様との約束はお守りください、と」

「約束は守ってるわ」

「どのような約束をなされましたか」

「……リアンのそばにいると」

「していただいたでしょうか?」


ちらりとブルータスが視線を投げた先は、ベッドで眠っているリアンだった。


私は帰宅してすぐ、リアンの部屋に来ていた。ちょっと顔を見るだけだったのに、ブルータスが帰してくれないのだ。もちろんデイジーもいるけれど、普段だったら許されないことだ。でも、私にはそれを咎めることはできなかった。


「しているわよ、物理的じゃなくても、えぇーっと、ほら、心は寄り添ってる感じ?」

「リアン様はその寄り添いを感じておられなかったようですが」


キースが落ち込んで仕事ができないと言っていたほどだ、ブルータスにはかなりの負担だったに違いない。申し訳ないことをした。でも、私だって向き合うには時間がかかったのだ。自由の身になれるとは思っていなかったけれど、ここまで影響があるとは思わないじゃないの。


疲れていて、眠かった。多分、みんな。だからイライラして、冷静な話し合いなんて、できるわけがなかった。


「仕方ないじゃない! 決心がつかなかったんだもの!」


つまり、私はキレた。リアンが起きなかったのが不思議なくらい。それでもブルータスは冷ややかだった。


「何の決心でございますか?」

「リアンの望みを叶えることよ! さすがに覚悟が必要よ、何だって叶えるなんて、無理じゃない」

「……何をなさったというのです?」

「アンソニー様に聞いてくださる?!」


叫んでから、私はいからせていた肩を落とした。


「ううん。デイジーに聞いて。ブルータスには言っておくべきだったわ」


今度はブルータスが困ったように眉をひそめた。そして、すぐにデイジーに顔を向けた。


「デイジーさん、教えてください」

「それでは、明日にでも」


デイジーが帰ろうとすると、ブルータスは驚くべき速さで動き、ドアの前で立ちはだかった。


「今、聞きたいです」


デイジーが狼狽え、私を振り返った。


「でも……私はお嬢様のお支度を」

「こんな夜中に、男の使用人がお嬢様の部屋にいけるはずがありません」


これは何が何でも聞くつもりだな……私は自分が言ってしまったことに後悔したが、どう収拾をつけていいのかわからなかった。私が謝ったところで、ブルータスは引き下がらないだろうし、デイジーも嫌がるだろう。私が命令して今をしのげても、今度は、ブルータスは私を信頼してくれなくなるだろう。


「ですが、ブルータスさん、就寝前のお嬢様一人置いて、出ることなどできません。お片づけも残っています。明日で十分でしょう」

「明日は私も仕事がございます。リアン様は傷心で、あまり寝ておられないものですから、そのお手伝いも必要ですし」

「それなら、お嬢様のお着替えが終わった後で、食堂で」

「この部屋を離れるわけにはまいりません」

「さっきから何よ」


デイジーが足を踏みならして抗議した。リアンが起きてしまわないかと振り返ったけれど、やっぱりまだ、ぐっすりと眠っていた。それを踏まえ、ブルータスがさらに凄みを増してデイジーに言い募った。


「私の義務です。リアン様のダメージがお分かりですか? ご兄弟を失った悲しみを乗り越え、次期当主としての心構えを学び……」

「わかった、わかったわ」


私はようやく間に割って入った。うん。そうしよう。


「私がここにいるわ。二人の話が終わるまで。それでいいでしょう? そのあと、部屋に戻るわ」

「ですが」

「リアンの寝顔でも見ていれば、すぐに終わるでしょう。ね、デイジー、よろしくね。私の主観より、あなたの客観的な説明の方が理解しやすいと思うの」


お願い。私がデイジーに手をあわせると、デイジーは覚悟したように頷いた。


「わかりました。私も侍女として、もしソフィア様がリアン様にないがしろにされたと感じたら、問いただしたいですから。もちろん、それは誤解ですけどね! だから言いましたのに」


言い訳できないわ……


私は二人に会話を任せると、リアンが寝ているベッドに近寄った。今は深く眠っているようで、息が正しい。しかし、側の椅子に座ってぼんやりしていると、リアンが眉をひそめて、呼吸が浅くなった。


リアンの手をそっと握ると、リアンが柔らかく手を握り返す。そして、すぅ、と寝息が静かになった。


あら……リアンは良い夢を見られるかしら。


ホッとすると、なんだか眠くなってきた。


とても……眠いわ……


鏡にはなんと言われるかしら? これもリアンの望みというかしら?


それならそれで、どんと来いというものだ。私はリアン望みを叶えるべく戻ってきたのだから。


離れればリアンに会えないのは寂しかったし、リアンを大切に思う二人の友人からせっつかれれば、逃げ続けるわけにも行かなかった。


私はリアンを信頼してる。リアンはきっと私に無理なことは望まないはずだ。たとえ、聖女だと思われようと、命を救えとか傷を癒せとか言うわけじゃないんだもの。



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