56 キースの伝言
デボラと仲良くなって一週間、驚いたことにキースが顔を出した。
「ソフィア様、……なにしてるんですか」
リビングのソファで本を読んでいた私は、ちらりと目を上げてキースを認めると、肩をすくめた。
「なにって……、療養ですわ。キース様は何しに?」
私が本を閉じながら言うと、キースは向かいのソファに座った。
「お迎えに上がったといえば、一緒に帰っていただけますか?」
「なんで? ノアはようやくデボラと二人で遊べるようになってきたところだし、私ももう少し仲良くなりたいし、私は、ノアが回復するまで、ノアのそばにいて、元気になれるように手伝うことを約束しているのだけれど」
なんだかアンソニーと話した時のことを思い出して、少し嫌な気分になった。
「それは知っておりますよ」
言いながらキースは、何気ない様子で私に視線を投げた。
「リアンが死ぬほど落ち込んでまして、仕事にならないんですが」
なるほど。率直に痛いところを突いてくるなんて、アンソニーよりも手強い。
本当に、嫌になってしまう。
説明もしないで離れた私を、怒るでもなく恨むでもなく、ただ悲しむなんて、リアンらしい。こういう時は、鏡から戻してきた自分への説明義務があると、私に口を割らせれば良かったのに。まぁ、リアンに話すわけではないけど。
「キース様もリアンと同じ仕事を?」
「そうですね。ま、似たような仕事です。側近ではありませんが、王宮勤めですよ」
「まぁ……生意気ですわねぇ……」
「ひどい」
私の言葉にキースは笑った。
「俺の話はもういいでしょう……リアンのことを構っていただけないと。見合い以降、こちらに来るまでだって、リアンとほとんど話さないままでしたよね? リアンのことがお嫌いになりましたか?」
揃いも揃って同じようなことを。だから、嫌いになるわけがないでしょ? それ、知ってて言ってるでしょ?
「そんなことあるわけないじゃないですか。大好きよ?」
私だって、本当は、リアンとろくに話さないままここに来るつもりなんてなかった。ここへ来てからも手紙を書くこともないなんて思わなかったし、話題に出るだけで罪悪感を感じたかった訳でもなかった。本当に、不可抗力なのだ。
でも、ノアのためにもデボラのためにも、自分のためにも、私はここに来て良かったと思ってるのも本当だ。だから、リアンにだって悪いことじゃないはず。リアンの望みがかなうかもしれないし、何しろ、私はリアンにちゃんと謝ろうと素直に思えたんだもの。
そう、謝って、前と同じように接しよう。些細な願い事だって叶えよう。これだけ話してないとなると、さすがに、ちょっと物足りなくなってきていたし、私にとって、やっぱりリアンは特別なのだ。
「それならどうして……”大好き”?」
「それがどうしたのです?」
キースは口をぽかんと開けたが、頭を振った。
「それも、弟みたいで可愛いから、とかおっしゃるんでしょう?」
「え、ダメなの? なんで? 最高に幸せじゃない?」
「姉みたいに好きだと言われたら嬉しいんですか?」
「それはもちろん嬉しいわ、当たり前よ! ノアに姉のようなものだと言われた時も感激だったし、ニコラスには姉上って間違って呼ばれたことだってあったのよ」
まぁ、そのあと、姉などと思ったことはないと言われて悲しかったけれど、まさか私を好きだなんて思わないじゃない。もちろん、今度こそ間違えてないはず。
すると、キースは呆れ気味に言った。
「まったく、あなたの弟は何人いるんですか」
「デイヴィッドにニコラスにノアにリアンね。不敬にならないのなら、アンソニー様を入れてもいいわよ」
「それなら、ついでに俺も入れておいてください」
指折り数える私に、キースはため息をつき、ソファの背もたれに背を預けた。
「弟って……十歳も歳が違うんですがね……」
「それを言うなら私、百ほど年上なんだけど」
「あぁ、そうでしたね。そういうことにしておきましょう」
キースは頭を振って肩を落とした。
「リアンはこっちに来られないんですから、戻ってやってくださいよ」
「こられない? 仕事はそんなにお忙しいの?」
「いいえ。ただ、デボラを刺激したくないから会わないほうがいいと言って……まぁ、あまり臆病になるなとも言っているんですけど」
キースの言葉を聞きながら、私はデボラの悲しそうな横顔を思い出した。
気にしないで、たった一言、声をかけるだけでいいのに。それがデボラの、そしてリアンの望みの成就の、第一歩になるかもしれないのに。
「そんなこと、誰が決めたんですか」
「なにを」
「デボラに会わないほうがいいなんて、誰が決めたんですか。公爵様ですか? 国王陛下ですか? あなたですか?」
「……そりゃ、誰も決めてはいませんけど、……わかってるでしょうに」
「私にわかると思います? わかりませんよ。実際、なにを考えているのかなんて、わかりません。何しろ、鈍感すぎて鏡に放り込まれた女ですよ? 百年やそこら、鏡の中にいたからって、わかるものでもありませんわ」
「無茶を言わないでくださいよ。リアンだって辛いんですから」
私が遠くで遊ぶデボラとノアに目を向けると、自然とキースの視線も向いた。
「でも、もう……大丈夫なんじゃないかしら? ノアとも楽しく遊んでいるし、私も結構仲良くなったわ。私なんて、リズに似てるのに、もう違和感なく遊んでくれるわよ」
「そうですね……俺も驚きましたよ。デボラは思ったよりも元気ですね。あなたに会えたことも、きっと良かったのでしょう。リアンはいいことをしました」
ノアにとっても。二人はいい同志になるだろう。リアンもその仲間に入れてあげて欲しい。
「どっちにしろ、キース様が迎えに来ても来なくても、私は、もう帰らないとならないんですけれどね」
「そうなのですか?」
「ええ。謁見がありますの」
「王宮にいらっしゃるんですか」
それで思い出した。キースは王宮勤めだ。アンソニーのこともよく知っているだろう。
「そうですわ。興味がおありなら、私がリアンを避けてる理由を、アンソニー様に聞いてください」
「聞いていいのですか? というか、アンソニー様は知って……」
「リアンのフォローを期待してますの」
私がにっこりと微笑むと、キースは言葉に詰まった顔をした。間違ってないはず。だってサポートするって言ってくれたし。
「……それ、俺もですね?」
「期待してます」
私が微笑むと、キースは引きつりながら、望むところだといいたげに口角を上げた。
「善処いたします」
第六章はここまでです。
今気がついたんですが、ソフィアとリアンが会話してる場面が全然なかったです。
七章では家に戻りますので、リアンも出てきて、ソフィアとも話します。