55 初めての出会い
デボラに会えたのは、屋敷へ滞在して二日目のことだった。
「わたくし、デボラともうしますの。おねえさまは、……リズに似た、……妖精さん?」
第一印象は、一生懸命で可愛らしい小さな女の子だった。貴族の令嬢らしい言葉遣いを覚え始めたばかり、といった印象で、その一生懸命さが微笑ましい。十歳という年齢には遅いくらいかもしれないが、態度はすでに一流で、どこへ出してもおかしくない。
茶色い髪、長い睫毛。そして、キラキラした好奇心いっぱいの目が、幼いながらも整った顔立ちを引き立てていた。
「あなたが……」
私はこの子を知っている。
数回、もっと幼い彼女を抱きかかえて、アーロンが鏡の前で指差してくれた。
『この中に妖精がいるんだよ』
真正面で話をしていると、何を言っているか、時々わかることがある。読唇術まではいかないけれど、知っている言葉を話していれば、なんとなく理解できた。
私のことを覚えていてくれたのね。
私はそれだけで嬉しかった。きっと肖像画と合わせて語ってくれた、他愛のない兄のおとぎ話を。
私はしゃがんでデボラに視線を合わせると、にっこりと微笑んだ。
「私はソフィアよ。あなたの言うように、妖精なの。でも、それは内緒ね。なんでかっていうと、人間になりにきたからよ」
「ソフィアはにんげんになりたいの?」
「そうなの。もう、妖精ではなくなりたいの」
デボラは首を傾げた。
「……わたくしにはわからないわ。ようせいのほうが、楽しそうな気がするわ。でも、きょうりょく、する」
「ありがとう」
私は微笑んだ。
デボラの言葉遣いが少し幼いのは、療養していたからだろう。社交界に出ればすぐに相応のレベルで話せるだろうし、それ以上にできる可能性もある。私のことなんてきっとすぐに追い抜くだろう。もしかしたら、鏡のこともばれて、リアンの呪いのこともばれて、果ては私の鏡の呪いのことまでわかってしまうかもしれない。
そうなったら、もうその時はデボラに任せてしまおう……ダメダメ、そんなこと。私が自分で解決しなきゃ。
「やくそく」
デボラは言うと、私の手をそっとつかんで小指を探した。私もそれに気がつき、小指を出すと、デボラの小指と絡めた。
「うん、約束ね」
私の言葉に、デボラはぱぁっと表情を明るくした。
「やくそくするの、久しぶりなの。兄様とはたくさんしたけど、いなくなってしまったし、……兄様とはしたことない」
おそらく最初の『兄様』はアーロンで、次の『兄様』はリアンだろう。リアンはどこまでいっても遠慮がちなようだ。三人で『約束』すれば良かったのに。いくらでも。
「そっか。約束好きなの?」
「うん、好き」
「そしたら、私とたくさんしようか。ノアもきっと、してくれるよ」
「そうなの?」
デボラがノアに視線を向けた。椅子に座ったままのノアが、にこりと頷く。しかし、デボラの表情は暗かった。
「どうしたの?」
「兄様は……やくそくしたのに、帰ってこなかったから……でも……また兄様とやくそくしたい」
「ノアにお兄さんになってもらう?」
「ううん。デボラ……わたくしには兄様がいるもの。兄様と同じくらい大好きな兄様が……」
私はノアと顔を見合わせた。リアンの話とずいぶん違うんだけど?
「わたくしね、大事な人がたくさんいなくなっちゃったの。すごく辛かったの……でも、泣いててもダメだって、わかったから……」
「まぁ」
「あんまりお話ししたことなかったけど、兄様のこと、好きだって思い出したの。兄様も兄様のこと大好きだったもの」
名前つけて、と言いたかったけれど、それも難しい。つまりデボラは悲しみに暮れてここにいる間に、リアンのことを好きだと思い出し、アーロンもリアンが大好きだったなと思い出したわけだ。
なるほどなるほど。
「でも、わたくしが兄様と仲良くなったら、兄様を忘れてしまう? そんなこと、絶対嫌なの。とっても怖い……そんなわたくしのこと、きっと、兄様も嫌いになっちゃう……」
リアンと仲良くなったらアーロンのことを忘れそうで怖い、そんなデボラをリアンは嫌いになる、とデボラは言いたいらしい。
「そっか。でも、本当にそうかな? 椅子に座って、お菓子を食べながら、ノアとも一緒に考えてみようか」
「いいの?」
「もちろん! いくらでも付き合うよ。私たちノアのお休みをしに来たんだけど、でも、デボラにも会いに来たんだから」
怖がらずに、素直に好きと言っていいのに。でもきっと、拒否されるのが怖いんだわ。失うのも。
でも大丈夫。リアンもデボラのことが大好きなんだから。
私とノアは、それを伝えればいいだけ。
これはもしかしたら、すごく簡単に、解放されちゃうかもしれないわ。
まぁ、アンソニーの予想が当たっていればの話だけれど。
デボラ初登場。
もう少し会話したかったんだけど、うまくまとめられなかった……