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鏡の中  作者: 霞合 りの
第六章
54/154

54 ノアの療養

 正直に白状すると、私は鏡に言われたことを、まだ受け入れられていなかった……のだと思う。なぜなら、アンソニーと話して、それなりに前向きにはなったものの、リアンからは相変わらず、のらくらと逃げ回っていたからだ。


情けないことに、リアンに会うのを最低限に抑えたのは、とにかく会わなければリアンの日々の些細な願いに従うことがない、という、完全に消極的な一時しのぎだ。


もちろん、大義名分としては、アンソニーに言われた”心当たり”、デボラとリアンの関係修復というものがある。そのために、安易だけれど、私という逃げ道を作らなければいいのでは、と。今の所、それ以外に、私は束の間の解決策を思いつかない。


結果、私は屋敷に居場所がなくなってしまった。


デイジー以下、使用人達がみんなリアンの味方をするのだから、肩身がせまい。


住んでいるとはいえ、リアンの家ではないのに。


酷いったらないわ。私だって悩んでいるのに、みんな私の悩みなんて、深刻に捉えてくれていない気がする。


リアンを前にすると、何でも願い事を聞いてあげたくなってしまうのは、果たして本当に鏡のせいなのか。やっぱり純粋な感謝の気持ちでいいんじゃないのか。それとも、ドキドキして見とれてしまうことに関係があるのかも知れない。


私は憤慨していた。


デイジーとヘンリーなんて、理由を知っているはずなのに、何で逃げ回るのを許してくれないのかしら。私にだって心の準備が必要なことくらいわかってくれてもいいでしょうに。何を要求されても笑顔で承諾するという準備が。たとえ使いっ走りにされても、使用人にされても、嫁に出されても、文句は言えないことはわかってる。


……言わないけど。言うつもりもないけど!


 だから、逃げるようにノアの療養についてきたのは、現実逃避だけれど、決してそれだけじゃない。ちゃんと大義名分がある。


だって今、私たちは、リアンの妹、デボラが暮らす屋敷に滞在しに来ているのだから。


☆ ☆ ☆


「アンソニー様が? デボラ嬢の幸せだと? 僕は……違うと思うけどなぁ……」


ノアが半ば呆れ、半ば不思議そうに、言った。


私のリアンへの態度を尋ねられ、鏡のことから洗いざらい、ノアに話しきったところだった。それがここへ来ると決めた時の、ノアからの条件だったからだ。ノアは、次期当主として、鏡についてはそれなりに話はされてきたようで、驚くほどすんなりと話を飲み込み、理解は早かった。


 ここへ来たのは、公爵たちの提案だ。ノアの状態も落ち着いてきたため、少し違う環境で療養しようと選んでくれたのだった。誰かが住んでいる環境がいいのと、後見人の管理する家であるということ、そしてデボラの精神状態も落ち着いてきたことが理由だ。私はアンソニーの話を思い出し、ついてくることにしたのだった。


……とはいえ、療養それは表向きの理由で、ノアの身の安全を守るのが主な目的なようだ。


私は復活し、生き残りはノアだけ。ノアがいなくなれば甘い汁を吸える、と考える人たちはやはりいるようで、意外と気が休まらない……らしい。デイジーが少しぼやいていただけの話だから、実はもっといろいろあって、もしかしたら、私が寝込んでいる間にも、潜入者などがいたかもしれない。私は自分のことで精一杯で、何も知らなかった。一体何をしに帰ってきたのだと情けなくなる。


でも、今は自分の不甲斐なさに落ち込んでいる場合じゃないわ。


とにかく、ノアが自分の身を守れるようになるまでは、私たちが守ってあげないと。


 順調に回復してきたノアは、まだ杖が必要だけれど、短い時間なら立って歩けるようになってきた。すごい速さだ。鏡の威力もあるだろうが、本人の回復への意欲が高いからだろうと私は思っている。現に、ノアは活き活きとして、楽しそうにしている。不幸なことなどなかったかのように、笑顔が優しい。


そろそろ、本格的に従者が必要ね。どんな子がいいのかしら……


「違うって?」

「アンソニー様は幾つかのうちの一つだと言ったのでしょう? 僕も思い当たるけど、僕は違うと思うだけ」

「それは……ううん、今は聞かないわ。混乱しそう。違っていたら教えてもらうことにするわ」


私がため息をつくと、ノアは今度はにっこりと微笑んだ。


「ソフィアはリズ姉様とはずいぶん違うんですね。顔はよく似てるのに」

「どのあたりが?」

「リズは気の強い人でしたが、そういった人の機微には敏感でしたよ」


私はムッとして頬を膨らませた。ノアはまだ若いのに、かわいい笑顔で意外と容赦なく言う。


「これまで機微に時間をかける余裕がなかったのよ」

「これからってことですか? 何年かかるんですか? リアンのことは理解できるようになりますか?」

「容赦ないわねぇ、ノアは…… リアンのことは理解したいですとも、たとえ一生かかっても、願いを叶えるつもりよ。だってこの世に戻してくれたんだもの」


逃げ回っているのに? と言わないだけ、ノアは分別があった……んだろうな。でも顔には出てる。きっと私の気持ちを汲んでいるんだろう。私は今、ようやく、帰ったらリアンに謝って避けるのをやめようとは思っていたのだから。


「それだけですか?」

「それだけって?」

「感謝だけですか?」

「それだけじゃないわ。もちろん、いいお友達になりたいと思ってるわ」

「友達……」


ノアはため息をついた。


「別にリアンはそのためにあなたを戻したわけではないと思うのですが」

「不安で寂しいからでしょ、わかってるわ。それで、初恋の人に会えたらなんて、そんな願いを鏡にしてしまったのよね。死んだ人を生き返らせることはできないけど、私なら戻すことができたんだもの。ノアのために」


私が言うと、ノアは困ったように眥を下げた。


「僕のためだけではないということは、ご存知のはずですよ」

「そうね。リアンがニコラスのファンで、よく資料を読み込んでくれてて助かったわ」

「リアンは、リアン自身のために……」

「はいはい、その話は聞き飽きました。でもニコラスフリークだから、こんな時に私を思い出したのは事実なんだし、そこは感謝してもいいと思うの」

「僕が思うに逆ではないかと」

「何が? ま、いいわ。ノアは元気にここにいるんだし、当主として立派に独り立ちするまでは、ちゃんと見守るわよ! 私のくだらない悩みに付き合ってくれてありがとう。ちょっと楽になったわ」


私は座ったまま伸びをし、ノアに笑いかけた。すると、ノアは照れ臭そうに笑った。


「でも僕は嬉しいんですよ、ソフィア。こうして一緒に僕についてきてくれて、相談もしてくれるんですから。目が覚めてからあなたに会えるまで、僕はこんなこと、もうできないと思っていましたからね」


……可愛いわ。


やっぱり、部屋のことは私が処理してよかった。まだまだ、彼には早いことだわ。


私は笑い返すと、安堵のため息をついた。




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