53 願いについての考察
「……というか、そもそも、ソフィア様といつも一緒にいたいとあいつが思っているということについては、なんとも思わないのですか」
アンソニーが首を傾げたので、私も負けじと首を傾げた。
「もちろん、私はリアンのそばにいると期待されて呼び戻されたんだから、一緒にいたいと思うのは当たり前だと思いますわ。どうして?」
リアンがそこまで私に執着する理由はわかってる。私が、彼の兄と、その婚約者である幼馴染、その両親である叔父夫婦、そしてその妹と、全ての代わりだからだ。でもそれをアンソニーに言ったら、それは重すぎる解釈だと怒られるだろうか。
でも本当にそう感じるのだ。
リアンの視線、話す声、それを向けられるたび、私はきっと、彼の一番楽しかった時の記憶のようなものなのだと、その思い出を塗り替える役目なのだと、そう思わずにはいられない。
「……いいえ、なんでもありません」
何か言いたそうな顔でアンソニーは口をつぐみ、ウンウンと頷きながら、腕を組んだ。
「リアンの願い事ですか。それなら……幾つか思い浮かびます。私にはわかりそうな気がしますけどね」
「そうなんですか?! アンソニー様が羨ましいですわ、リアンのことがよくわかって。私には全然わかりません」
「知りたいですか?」
アンソニーは言うと、少し目を上げ、私を見た。目の光が鋭く私を刺した。怖い、と直感的に感じ、私はたじろいだ。考えてみれば将来を嘱望された王太子、それくらいの威圧は当たり前だ。普段があまりにも気さくだから、うっかり忘れてしまう。そういえば、私に挨拶しに来た時も、王族の威厳に溢れていた。
う、思い出したくない。国王陛下との謁見がそのうちあるだなんて。
「それは、……もちろん。リアンの本当の願い事を叶えてあげれば、私はリアンに逆らえるんですから」
「逆らうことに積極的ですね」
「だって、リアンって命を狙われたりもするのでしょう? それなのに、リアンの希望通りに動いていたら、私はこのままではリアンを守ることなんてできないんですもの」
私が言うと、アンソニーはきょとんとした顔をした。
「守る、ですか」
「ええ。私がここに戻ってきた使命の一つだと思っておりますから」
「えーっと、他には? ソフィア様の使命とは?」
「リアンのそばにいること、ノアの回復の助けと、幸せを見守ることと、彼が当主になった時の磐石な体制を整えること。……あぁ、もちろん、リアンの幸せを見守れたらいいと思いますわ」
「リアンの幸せですか」
「ええ。リアンが私をいらなくなって、ここから出て行けというまでは」
微笑んだ私に、アンソニーはぎょっとして慌てて両手をバタバタと振った。
「何をおっしゃるんですか。えぇっと、リアンがそんな……いえ、その前に、あなたはノアの親族なんですよ。後見人であろうとも、ノアの意思なしにそんなことはなりません。ノアは判断のつかない子供ではないですから」
「ノア自身のことはあまり関係ありませんわ。つまり、私はリアンが私に望むことに逆らえないわけですから、本心からいらないと言われれば、姿を消すのみです」
「そうは言っても……、リアンがソフィアを不要に思うことはないと思いますが」
「でもリアンが結婚したりすれば、私はびっくりするほど邪魔でしょうし、邪魔するつもりもありませんし」
「ソフィア様……あなたは……リアンの願いを叶えるためにいるんじゃないですか?」
アンソニーがじっと私を見る。ええ、ええ分かっておりますとも。自信をなくしてることくらい、あなたにはお見通しなんでしょうとも。
「……私にできるんでしょうか。リアンの願い事なんて、叶えられないんじゃないでしょうか」
私が自信なさげに言うと、アンソニーは元気づけるように優しい笑顔になった。
「もちろん、叶えられますよ。あなたも、リアンの幸せを望んでいるのでしょう? リアンだっていつもあなたのことを考えている。あなたが行動すれば、必ずリアンに届きますよ」
む……これをほだされるというのだろうか……そんなにいい笑顔で、優しく励ますなんてずるいでしょう。うっかりホッとして安心してしまいそうになるじゃない。まるで根拠なんてないのに。
「それで……心当たりは教えていただけるんですか?」
私が訝しく思いながら言うと、アンソニーは少し考え、意地悪く笑った。なにを言われるのかと身構えた時、アンソニーはいともあっさりと口に出した。
「幾つかありますが……一つは妹のデボラ嬢のことでしょう」
「妹さん? 今、療養してるって……」
「はい。リアンは自分がアーロン殿もエリザベス嬢も、デボラ嬢から奪ってしまったと思っているものですから。おそらく、彼女が彼らの死を乗り越え、笑顔で暮らせるようになること……だと思います」
なるほど。ありそう。私は頷いて、身を乗り出した。
「彼女の状態はどうなの?」
「私の一番下の妹が、時折手紙を出し合っているのですが、元気にはしているようです。デボラ嬢はまだ幼いですからね、今回の出来事を理解して落ち着くまでに時間がかかっているのでしょう。でも、若いですから。そのうち、前を向いていけるようになるでしょう」
「それ、私ができることってあります?」
「ありますよ、もちろん」
「何を……?」
「リアンが、仕事にかまけたりあなたを過保護にお守りすることが、妹と向き合うことから逃げているわけではない、と判断できますか?」
「それは……! 私がこのままリアンと会わなければ、妹さんと向き合えるということかしら?」
考えながら言う私に、アンソニーは肩をすくめた。
「方法はお任せしますが……あいつはあなたが思う以上に、欲が深いんですよ。権力は欲しがらなくても、手に入れたいものはたくさんあるんです。デボラ嬢の幸せは、幾つかの候補だと言いました。別の心当たりもお話ししましょうか?」
「……やめておきますわ。妹さんのことは、アンソニー様が一番可能性がありそうだと思ったことなのでしょう?」
「うーん、……そうですね」
「それなら、少しは頑張ってみるわ……簡単なことしかできないけど」
私が決意を込めて言うと、アンソニーはにっこりと微笑んだ。
「それまでは、庭の散歩でも買い物でも食事でも、いくらでも付き合ってあげてください。私もサポートいたします。もし、リアンにいらないと言われたら、王宮の方で雇ってあげましょう。私が保証しますよ」
なんですって。私はアンソニーの言葉尻に食いついて、前のめりにテーブルに手をついた。
「それは……心強いですわ! もともと仕事はしたかったんです。それなら、リアンの願い事に付き合えそうな気がしてきました」
「なら、そうしてあげてください。リアンは本当に、いいやつなんですから」
「知ってます。リズたちの話をするとき、一番最初に謝ってくれたんですよ。リアンのせいじゃないのに、私を気遣って。優しい子だと思います」
「わかってくれているなら、安心です」
そう言って、ホッとしたように微笑んだアンソニーに向けて、私は慌てて人差し指を唇の前に立てた。
「それでも、リアンには、この話は内緒にしてくださいませね」
「どうしてですか?」
「いらぬ罪悪感で悩むかもしれないし、さらに希望を隠すかもしれないし、……もしかしたら、本当の望みがわかっても、私を都合よく連れ回すために、言ってくれないかもしれないですから」
アンソニーは首を傾げた。
「それはそれで、構わないんじゃないんですか?」
「困りますわ。私、早く王宮で働きたいです」
「残念ですね。リアンの望みが叶っても、リアンが嫌がったら、それはなしですよ」
「まぁ。どうしてですの?」
「私だって、リアンとは友人でいたいですからね。リアンは自分から望みを言いたがらないから、……そんな友人なら、誰だって、些細な願いでも叶えてあげたいものなんですよ」
アンソニーはそう言うと、笑いながら席を立った。
それを言うなら、私だって。リアンとは友人でいたい。
でも、今はまだ、リアンにとって、私はリアンの友人ではなく、ただ庇護下にいる令嬢だと思う。遠い昔からきた、ただのお人形だ。
そんな私に、リアンの望みを叶えることなんてできるのかしら。
……リアンの幸せだった日々を塗り替えることなど、できるのかしら。