50 案の定
寝込んでいた。
もうこれで五度目だ。いい加減、自分でもうんざりするし、デイジーも呆れているのがわかる。
「何かお食事でもいたしますか?」
デイジーが何度目かに私の顔を覗き込み、にこりと笑った。私はようやく声を出した。
「……そうね」
私はデイジーの心配そうな瞳に慰められながら、再び目を閉じた。それでもデイジーは優しい。嬉しい。
そして、ぼんやりと思い起こした。ここ数日のことを。
具合が悪いまま、お見合いに行って帰ってきた私は、結局、その晩は、寝込んでしまった。
そして十数日が経った今日には、だいたい諦めを感じてきた。帰ってきてからわかった信じがたい事実を、私は今でも納得できない。でも、せざるをえないと、嫌々ながら理解するようになった。
鏡が言っていたことを箇条書きでまとめてみよう。
一、事もあろうに、私は鏡と話せる。
二、こうして鏡から出てきても、鏡と魔力が繋がっている。
三、私は鏡を体現しており、”願った者”の願いを叶える存在になってしまった。
四、些細な願いや望みも叶えないと具合が悪くなり、寝込むこともある。
五、一番の望みを叶えないと、一生続きかねない。
六、”願った者”とはリアンである。
それも全て、私が長いこと鏡の中にいて、みんなが大事にしていてくれたから。
以上。
嬉しいやら悲しいやらで、感情の整理はつかないが、それより困ったのが、リアンの願い事がわからないことだ。
私が彼の前に姿をあらわすことだけじゃなかった。
そして、私が幸せになることでもなく、楽しく生きることでもない。
リアンのメイドになることでも、親代わりになることでも、独り立ちすることでもない。
一体なんだろう?
私には本心は教えてくれないかもしれない。
でも、私は鏡。
リアンの気持ちをそのまま反映し、リアンに返さないと、”鏡”としての機能を果たせず、故障、つまり具合が悪くなる。
だから、リアンに逆らえない。
『願いが叶うまで、彼の望みには逆らうのは大変な魔力と体力の消費を伴うだろう』
鏡の言葉を思い出しては反芻する。
「どういうことよ……」
つぶやきながら、私は鏡との話の続きを思い出していた。
☆ ☆ ☆
鏡は言った。
『本心を探るのは難しいことだ。隠す場合もあれば、自分でわかっていない場合もある。願いを叶えるものは、それを引き出してやらねばならない』
「そんな高度なことを」
『できないならば、一生、願いを聞き通すまでだ』
「それは……嫌だというか……困ります。困るったら困る。私はリアンを助けたいもの。何かあった時に、リアンを守れなかったら……」
『どういう意味だ』
「リアンが私に逃げろと言ったら、本心なら、私は逆らえないということでしょう? でも私は、逆らいたいの。リアンを助けたいの!」
例えば命を狙われたり。泥棒に襲われたり。火事の被害にあったりした時に。私はきっと、リアンを助けられるはずなのだ。この”鏡”の力がなければ。
『知らぬ。決まりは決まりだ』
「ひどいわ。リアンに恩返しを……したいのに……」
私は猛然と抗議をしたかったが、その前に、疲れと頭痛に負けて、気絶するように眠り込んだのだった。
翌日、リアンが青い顔で私の顔を覗き込んでいたのも、悪いなとは思ったけれど、リアンの”お願い”を断ってみた。
「お昼をご一緒しませんか」
たったそれだけの言葉を、断るのがこんなにしんどいなんて思わなかった。医者の見立てでは、食事もとれて、私は元気だった。リアンもそれを知っていて、実際、一緒に食べたかったのだと思う。きっと見合いの話も聞きたかっただろう。
それでも私は、具合が悪いからと断った。……そしてさらに具合が悪くなった。
これはきっと、リアンが必要以上に元気のない私を心配していて、元気な私の姿を見たいだけ。そう思うことにして、私は庭に出られるようになるまで回復すると、今度は次のリアンの誘いを断ってみた。
「気分転換に、僕と庭を散歩しませんか」
一人で考え事をしたいと思っていたのも事実だけれど、リアンとの散歩くらい、わけはなかった。今までなら。でも、やっぱり鏡のことを一人で考えたいと自分を納得させ、木漏れ日を窓から眺めていたいの、と断った。……頭痛が起きて、少し寝込んだ。
そんなことを繰り返した。
今まで、何も考えずに了解していたけれど、それは私の意志だけではなく、本能的に私が感知している、私の呪いにもあるのだと思うと、すごく複雑だった。かといって、リアン本人に向かって、本当の望みは何? などと、聞けるはずもなかった。
もちろん、具合が悪くなるのはリアンには内緒だ。私はさらに考えた。断る内容によって、もしくはリアンの希望度によって、症状の重さが変わってくるのではないだろうか。それとも、私もしてみたいと思うのに断るからいけないの?
私にとって、嫌なことを頼まれるわけでもない。本当に、些細なことだらけ。こんな状態で、リアンの願いに関するヒントが出てくるとは限らないけど、やってみて損はないはず。
でもその後、惨敗だった。断っては倒れ、結局、リアンに見つかってしまった。実際はブルータスにわかってしまったのだけれど、それまで気づかれなかったのは、私が倒れるのはリアンと別れてからだったからだ。多分、今日倒れたのも、リアンにわかってしまうだろう。
結局、リアンの願いはわからないけれど、ブルータスは優秀な従者だということは改めてよくわかった。嫌になってくる。
ただ、少しだけいいことは、ノアを理由にすると少し軽くなるということだ。でもノアの話し相手になるのは当たり前のことだし、私の今の生活の、自由時間のほとんどを占めている。リアンの誘いを断るために使うのには気がひけるし、あまり意味をなさないし、具合が悪いままノアに会わないとならなくなるので、総じていいものではなかった。
リアンは私に何を叶えて欲しいと思っているんだろう?
ああ、知りたい。
でも絶対に教えてくれない気がする。だって時々秘密主義なんだもの。
久しぶりですが、よろしくお願いいたします。