48 見合い当日
だから、ヘンリー達は黙っていてくれたはずだ。二日後だったし、隠し通せると思っていた。
はずなのだけれど。
見合い当日までバレなかったのに、なぜかその朝、リアンが蒼白で私の部屋にやってきた。
「ソフィア!」
リアンが勢いよく私の元へかけてきたのを見て、私は今日のお見合いが流れるかもしれないと覚悟した。でもそうなってしまったら、どうやって相談すればいいのだろう。お互いに、お互いを呼びつけるわけにいかない立場だ。話が滞れば、外務大臣の仕事も遅れ、外交が遅れ、結果、あまり良くない結果になるかもしれない。
そもそもなんでバーニーが直接交渉をしに来たのかという話だが、それはきっと、私自身だけが窓口なのだと、みんなが思い込んでいるからだと思う。帰ってきた”伝説の令嬢”でなければ、交渉はできないと。そんなこと誰が言ったって話だけど、いかにもありそうな話だ。私だって当事者じゃなければそう思っていただろうし。
あぁ、気が重い。
でも私は、努めて冷静に、なんでもないような顔でリアンを見た。
「何?」
「ドレスが・・・」
「ええそうなの。どう?」
「・・・とても清楚で・・・よくお似合いです」
リアンは一瞬うっとりとした顔をしたが、ハッとして表情を引き締めた。残念、リアンのうっとり顔はたまらなくかわいらしいのに。
「見合いの話が来たと聞いたのですが」
「ええ」
「イーズデール外務大臣から、直接・・・」
「そうね」
「・・・本日、見合いのご予定と聞いております」
「その予定よ」
私が頷くと、リアンはショックで一瞬、言葉を詰まらせた。
「そんな大切なこと、私を通さず、どうして・・・」
「申し訳なかったわ、あなたが知っていると思っていたの」
ごめんなさい、嘘だけど。デイジーが素知らぬ顔で話を聞いている。
「なぜ・・・あなたに関しては、全て私を通してもらい、その上で返事をすると言っていたのに・・・私が受け取りもしないと思われていたのでしょうか?」
こんなにリアンが怒るのなら、やめておけばよかった。笑ってからかわれるくらいだと思ったのに。でも、申し訳ないけど、こればっかりは言うわけにはいかない。
「そんなことないと思うわ。お忘れになっただけよ。今度から、あなたを通してもらうように、もっと周知しておかなくちゃならないわね」
私が励ますように微笑むと、リアンは不安そうな顔をした。あら。励まされない? 変な顔だったかしら?
「ですが、そのせいで、嫌な思いをしておりませんか?」
「いいえ。なぜ? していないわ」
「僕が過保護なのは知っています。でも、僕は、お相手が・・・あなたに不愉快な思いをさせないかと、心配なんです」
「まぁ、大丈夫よ、リアン。何しろ私、鏡の中にいたんだもの。あの中に比べれば、ね?」
おっと、これ以上は言わないでおこう。
私は口をつぐんで曖昧に微笑んだ。
本当に。
『不愉快な思いなんて、鏡の中で散々したわ。修羅場をたくさん見てきたし、いろいろな愛の形があるものよ。おかげで、愛の言葉を囁かれようと侮蔑の言葉を吐き捨てられようと、それ自体になんの意味もない気がしているわ』
こんな風に言えていれば、楽な気もするけれど、リアンに家のことを知られる可能性は避けたいもの、無理だわ。
と、リアンはあからさまに不愉快そうな顔になった。
「・・・反対です」
「でも、リアン、もう返事をしてしまったし、ただ会うだけよ。それなりのつながりがあったほうがいいと思ってるの。お義理でも大事なことだわ」
「ですが、・・・」
「リアン、気にしないでいいのよ」
言いながら、私は頭痛に眉をひそめ、胃が重くなってくるのを感じた。
まただ。
また気分が悪くなってきた。
「リアン、この話はまたにしましょう。私、具合が悪くって」
「えっ・・・それは一大事です。ほら、きっとお見合いなんて受けるから」
「違うわよ・・・」
張り切りすぎた。
私はため息をついた。
たとえ気分が悪くても、いかなければならない。
会って、バーニーの息子と話す内容を、周囲に気取られないのは、その場しかないのだし、顔色が悪くて不機嫌で笑顔の一つもなくても、なんの影響もないような顔合わせなのだから。
・・・・・
バーニーの息子はドウェイン・イーズデールと言って、可もなく不可もなく、普通の人柄に見えた。強いて言えば、穏やかで隙がなく、隠し事が得意そうな雰囲気は持っていたけれど、初対面でそんなことが分かるはずもない。
ヴェルヴェーヌが太鼓判を押したドレスを着て、私が颯爽と姿を表すと、彼は目を丸くし、そして顔を赤らめた。清楚に見えて見合いにはちょうど良いと、ヴェルヴェーヌが厳選したドレスだ。リアンだって清楚だと評価した折り紙付きだ。
ちなみに、ヴェルヴェーヌは本当の見合いではないことを知っているけれど、敵を欺くにはまず味方からだと、気合の入らない服はダメですと念押しされた。
私はといえば、具合が悪く、正直、立っているのもやっとだ。体に鉛が乗っているかのように重い。家のため、家のためと考えた挙句、ことを急ぎすぎているのかもしれない。気をつけなければ。
「夏離宮の運営のことですけれど」
私が言うと、彼は目をパチクリとさせ、ホッと息をついた。
「良かったです」
「何がですか」
「本当にお見合いをさせられるのかと、驚いたものですから」
ドウェインの言葉に、私は思わず笑ってしまった。本気で彼が驚いたのがわかったからだ。つまり、彼は元から私がお見合いのつもりで受けていないことを理解しているのだ。何も匂わせた返事をしていないのに。
「何を仰ってるの? そのつもりで来ないと、何を言われるかわかりませんわ」
私が澄まして言うと、彼は頬をほころばせた。
「とてもお美しいので、思わずプロポーズしそうになりました」
「あら。あなたのお父様に怒られてしまうのではなくて?」
まぁ。冗談も言うのね。私が笑うと、ドウェインは静かに頷いた。
「そうですね。私どもの考えでは、大臣という影の要職には、妻にネームバリューがあるのはいただけません。私は父の後を継ぎたいと思っているので、あなたのような方とは結婚できないでしょう。・・・残念ですが」
「それはようございましたわ。私のような人間は、とても勝手でつまらない人間ですのよ。それなのに名前だけは有名ですからね。きっと足手まといになるでしょう。仕事仲間の方がずっと楽しいと思いますわ」
私が言うと、彼は目をキラキラとさせた。
「ええ、そうですね。そう思います」
そうして、話は本題に入った。
私が睨んだ通り、バーニー・イーズデール外務大臣は、迅速な人の手配を望んでいた。ドウェインは有能らしく、私の要望とバーニーの要望をまとめてくれた。
つまり、私はピアニー家の影響力をなくさないままに家から離れて管理したい、バーニーは私の名前だけ借りて国の利益のために便宜を図りたい。どちらも納得するには、ピアニー家からの使用人を使うこと、それは幹部であること。だがルールや規範は外務省で管理すること。そのようなことがまとめられ、非常に有意義に話はすんだ。
「・・・ノアは何もやらなくてもいいように、できるかしら?」
「どうでしょうか。・・・ただ、国の仕事に協力していると伝えれば、うまく隠せると思います」
「そうね・・・それくらいなら、大丈夫ね。ねぇ、情事にも使う予定はあるのかしら?」
私が言うと、ドウェインは一瞬言葉を濁した。
「えーっと・・・それは・・・どうでしょう、私にはわかりかねますが・・・」
「使うとしても裏口ね。そちら側の管理は今まで通り、使用人内でやってもらえばいいわね」
「はぁ・・・」
「噂では知っていたでしょう? 密会も使われていたでしょうけど、つまり、私の部屋はそういうことにも使われていたこと」
「知ってはいましたが・・・あなたから直接言われてしまうと・・・どうも・・・」
「デイジーにも言われたわ。私のような顔でそんなこと言うなって」
「こちら側の勝手だとわかっておりますよ。でもあなたのような方には、やはり純粋なままでいて欲しいと思ってしまうんです」
やれやれ。
「みんな・・・勝手よね・・・」
私も含め。
何しろ私なんて、リアンが嫌がることはしないと決めていたのに、してしまうんだから。