47 本当の目的は
ノアは、屋敷の準備が整うと、すぐに家に戻ってきて、静養に入った。私は部屋への見舞いには何度も行き、少しずつだが仲良くなってきていた。
リズに似た私と、デイヴィッドに似たノア。
傷の舐め合いのようで滑稽だが、私たちにとって、充分に慰められる時間だった。
そんな折、イーズデール外務大臣から手紙が来た。
「まぁ」
私の驚きの言葉に、デイジーが首を傾げた。
「どうなさったのですか?」
「見合いよ」
「み・・・見合い?」
バーニー・イーズデールは、自身の長男と見合いをしてくれというのだ。確かに、バーニーは私と接近を試みていた。私とダンスを踊ったし、ありがたくない忠告もしてくれたし、迷惑な提案をされもした。でも、縁続きになりたいと思っている態度ではなかった。ましてや、彼の大事な跡取り息子だ。
これ、お見合いなの? 本当に? ただのいびりじゃない?
何度も何度もその文面を読み、私は考えて、結論を出した。
うん。多分これ、本当は見合いの話じゃないわ。
「ヘンリー、聞きたいことがあるのだけれど」
ヘンリーが顔を上げた。
「なんでございましょう?」
「人を雇うのに、どれくらい時間がかかるの」
「どの程度の人材を何人雇うかで決まりますが」
「用心棒みたいな人と、見た目のちょっと良い人たちと、口が固くて信頼できる人を、求められた人数分だけ・・・十人くらいかしら」
私の言葉に、ヘンリーは少し考え、答えを出した。
「それですと、少し時間がかかります」
「なら、口が固くて信頼できれば、誰でもいいわ」
「それならば、十日もあればあてがなくはないですが」
「ありがとう。そんなに早くはないと思うわ」
私が満足して頷くと、ヘンリーは意を決したように私を見た。
「尋ねてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「これはどういったことでしょうか」
私はにっこりと笑い、手元の手紙をひらひらとなびかせた。
「外務大臣は私と息子さんとの見合いをご所望なの」
ヘンリーは目をパチクリとさせ、息を吐いた。
「ご・・・ご日程は」
「明後日よ」
「お受けなさるおつもりで?」
「ええ、もちろん。これはただの見合いじゃないと思うの。大臣は義理とはいえ、私を自分の娘になんてしたくはないと思うから」
すると、ヘンリーは困ったような顔をした。
「そんなことはないのでは」
「わかるわ。だって、あの方、私のことを政治的道具としか思っていないの。アンソニー殿下あたりと結婚しろと言われたし、私が”ただの貴族の娘”になることは断じて許せないのよ。たとえご自分の息子でも、彼に特筆すべき理由がなければ”ただの貴族の嫁”よ、何にもないわ」
ヘンリーは断固とした口調で私に反論した。
「ですが優秀な方ですよ?」
「でも、それだけよ。私と前世から約束されていたとか、そうね、何か呪われているとか? そういうのがない限り、受けが悪いと思うの。私は、国外の方には、神秘さや奇跡が私の売りのようだから」
「・・・そうでしたか」
「そうなの。彼にとって、私は商品だから、その価値が下がるようなことしないわ。私の価値は神秘性でもあるのだから。というわけでね、多分、仕事の話をしてくると思うわ。夏離宮の話はしたわね」
「はい」
しっかりと頷いたヘンリーに、私も頷いた。
「そこの具体的な運営について、話をされると思うの。だから、こちらはこちらで話をまとめておきましょう。国が主導だけれど、鍵はピアニー家が握る、そうしておきたいわ。あなたに交渉権を渡したいけど、今回でできるかしら? でもそうやって運営が決まれば、あなた達使用人だけでやっていけるでしょう。これから先も」
「はい、ソフィア様」
「だから、目一杯おめかしして、気合い入れて見合いに来たって感じにしないとね! 周囲にアピールだわ!」
私が立ち上がって、ルンルンとステップを踏み始めると、ヘンリーは困ったように眉をひそめた。
「・・・リアン様になんと申し上げればよろしいのでしょう」
「内緒にしておいて。知られたら、正直に見合いと言うしかないけれど」
「ですが、・・・お引止めなさるかもしれませんし・・・」
私は言いかけるヘンリーにストップと手で制し、ゆっくり首を横に振った。
「リアンだって、別に人に会うだけなんだから、そこまで気にしないと思うけど、引き止められたってなんだって行くわよ。だって家の交渉ごとだもの。秘密裏にやらなければならないから、お見合いなんてすっごくいい隠れ蓑よね。よく考えたわ、さすがあの部屋で多くの密談を整えてきただけあるわよね!」
私は嬉々として部屋をくるくると回った。
私がノアの手助けをできる第一歩だ。
「ノアにも知られないでね?」
私が言うと、ヘンリーは恭しく頭を下げた。何を思っているかはわからないけど。