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鏡の中  作者: 霞合 りの
第五章
45/154

45 キースの訪問

 初めて会話らしい会話をし、お互いに涙を見せ合ったノアのお見舞いのあと、私はしばらく落ち着かない日々を過ごした。鏡から出てきて初めてリアンに会った時より、心構えがあったはずなのに、すっかり興奮してしまっていた。


身内に会えたこと、それがデイヴィッドに似ていたことが大きいだろう。それ以上に、私の存在を認めてくれたことが大きかったかもしれない。なんだかんだ、自分と血の繋がった子孫に、しかも当主に認めてもらえるのはありがたいことだ。


 それでも、何日か経って、ようやく落ち着いてきた日の、午後だった。


物音がしてドローイングルームを覗くと、舞踏会で見た顔があった。もとい、かつての私の部屋で。


「キース様?」


驚いて声を上げると、キースが優しい笑顔を私に向けた。


「あぁ、お会いできて嬉しいです、ソフィア様。リアンはおりますか?」

「ええ、あー、えーっと、わかりません」


私は答えながら、そのままドローイングルームに足を踏み入れると、キースの元へ近づいた。相変わらずモテそうな笑顔だ。


「そうなのですか? ・・・今日は休みだと聞いたんですが」

「あ、でも、ブルータスがおりますわ。先ほど庭でお手伝いをしておりました。ですからきっと、リアンはどこかにいるのではないかしら・・・部屋で書類仕事をしているのかも」

「書類整理ですか。・・・うーん・・・集中してるリアンって怖いんだよな・・・しばらくかかりますかね」


ぶつぶつと呟くキースに、私は返事を返した。


「それはわかりかねますわ。そもそも、部屋にいらっしゃるかどうかもわかりませんし・・・何しているのか、あまり興味ありませんのよ」


私が言うと、キースは目を丸くした。


「リアンに興味がないと?」

「あら、いいえ。違うわ。リアンの仕事に興味がありませんの」


王太子の側近なんて、考えるだけでうんざりしそう。


「同じことでは?」

「いいえ、違いますわ。王宮のことなんて考えたくないだけです。でも、リアンには興味があります。例えば、今日は何を食べたいのかとか、どんな服を着ているのかとか」


私がきっぱり言うと、キースはくすくすと笑った。


「そういうことですか。それなら、その方がリアンは嬉しいでしょう」

「そうでしょうか? あまり気にしないような気がしますわ」


私がそばにいるなら、何していても構わない、そんなようなことを言ってたような気がするし。


「まさか。あなたがリアンをどう思っているか、リアンはいつも気にしていると思いますが」

「私? 大切な恩人以上に、どう思えばいいというのかしら?」


言葉に詰まったキースをさておき、私は肩をすくめて窓に向かった。窓辺に立って庭に眼を向けると、リアンの姿が見えた。


「あら。リアンだわ」

「どこですか」


キースが窓辺に近寄り私の背後に立ちった。


「ほら、あそこに」

「・・・? どこですか?」


言いながらキースはかがんで私の肩の横に顔を下ろし、視線を合わせた。しばらく私の指先を見ながら視線を彷徨わせた後、合点したように頷いた。


「ああ、本当だ。よくわかりましたね。庭師の服を着ているのに」

「どんな服でもリアンはリアンでしょう・・・」


リアンがこちらを振り向いたのがわかった。私を認めたリアンが、笑顔で手を振ってきた。私も振り返したところで、リアンが急に怪訝そうな表情になったのがわかった。そして、みるみるうちに顔が曇る。


「おーい、リアン・・・あれ? どうしたんだ?」


キースが首を傾げ、私に向いた。


「リアンはどうかしたんですか? すごく不機嫌ですが」

「そうですか? 急に変な顔になったなぁとは思いましたけど・・・?」


私も首を傾げた時、キースがパッと身を引いた。


「俺か」

「え?」

「うっかりしてた。ソフィア様は存在感が希薄すぎて、どうにもそれらしく扱えねぇや・・・女性、女性らしく。気をつけないと・・・リアンに消される」

「何の話?」


キースのつぶやきは、私には半分も聞こえなかった。でもとりあえず、人間らしく扱われてないことはわかった。


「私だって、一応人間ですけどね」

「わかってますって。でもほら、”伝説の令嬢”ですし? 百年前から同じお姿ですし? お美しいですし? 俺にとってはほら、なんと言いますか、妖精みたいな?」

「妖精って・・・」


私は呆れて肩を落とした。


「あ、いえ、・・・申し訳ありません、決して悪くは言ってないはずですけど」

「悪く言われたと思ったわけではありませんわ。何しろ、伝説ですからね。リアンからは聖女みたいに扱われてるし、なんかもう、どうでもいいかなって」


「聖女、ですか」

「ええ。他になんと言えばいいかしら。救世主? 私はリアンの孤独を慰めるためと、ピアニー家を救うために戻されたのだもの。リアンにとっては、そのくらいの意味があるんだと思っておりますわ」


ものすごく肩の荷が重いけど。それはやはり、甘んじて受けなければならないだろう。


キースが困ったように眉をひそめた。


「・・・それだけでしょうかね」

「それ以外に何があるの?」


私がリアンに視線を戻すと、リアンは依然、呆然としたようにこちらを見ていた。


「どうしたのかしら」


私が手を大きく上げて振ると、曖昧に笑って視線を土に向けた。庭師が顔を上げ、リアンに何か言っている。リアンも不思議なことをするものだ。庭仕事なんて。


私が思わずふふふと笑うと、キースは驚いたようにリアンを見た。


「何かありました?」

「リアンはかわいいなぁって思って」

「かわいい」

「私ね、リアンが小さい頃から見ていましたのよ、鏡の中から。アーロンにくっついて回って、おしゃまなリズにたしなめられて、いつの間にか大きくなって」


しみじみ言いながら、私はふと考え込んだ。


「そういえば、一時期、鏡を覗き込んでは何か言ってたわね・・・」


キースが私を見ながら、小さく息をついた。


「”ソフィア”、そう言っていたんだと思います」


私が顔を上げると、キースは続けた。


「リアンはあなたを探していたんです。あなたは鏡の中にいると、そういう話でしたから」

「・・・キース様も知ってらしたの?」

「知ってましたよ。だからあなたが現れた時、執念だなと思いました」


私は驚いて目を瞬かせた。


「それなら、・・・どうしてもっと早く、戻してくれなかったのかしら」

「あなたが老女で出てくる可能性もあったからですね。責任持てませんし」

「だったら、今だって同じでは?」


私が首をかしげると、キースは優しく笑った。


「でも、リアンの状況が違います。あなたがいるのなら、どんな形でも会いたくなったんでしょう。それだけ、あいつの孤独は深かったんです」


本当に? 私でいいのかしら?


「・・・私は、リアンの孤独を埋められているとお思いで?」

「ええ、もちろんですとも。だから、本人が一番後悔してるんではないでしょうか。もっと早くにあなたに出会いたかったと」

「早くって?」

「だって、あなたとは十歳ほど歳が違いますよ」

「問題がありますか?」


私の言葉に、キースは考えを逡巡させ、腕を組んで唸った。


「・・・ありませんね、うん、特には」


「私はありがたいと思っていますわ。おかげで、私の保護者になってもらえるんですもの。状況も理解してもらえるし、話し合いもしてもらえます。部屋も戻せてもらえたし、デイジーもつけてもらえたし、・・・考えてみれば、随分と恵まれております」

「それは、まぁ、リアンですから。あなたのことを一番に考えてくれるでしょう」

「ニコラスの名前も使いようですわね」


まぁ、ニコラスのことがなければ、私は鏡の中になど入らなかったのだけど。


「それは関係ないんじゃないですかね。ソフィア様はソフィア様です。あなただから、リアンは大切にしたいんですよ」


キースが真剣に私に向いた。


「そ・・・」


それは私が重要人物だからよ、と言いかけた時、頭がフラフラとした。


「どうしましたか」

「ちょっと・・・考えすぎたみたいですわ。部屋に戻ろうかしら・・・」

「ヒェ、大丈夫ですか?」

「ええ、・・・大丈夫」

「お部屋に行かれるのでしたら、お支えしましょう」

「・・・ありがとうございます」


なんだか前もこんなことがあったなと気がついた。


アンソニーとリアンと話している時。


あれは、私が、リアンが私の保護者だと話していた時だった。リアンは辛そうな顔をして、それで、・・・ああ、あんな顔をしていた。


キースに手を引かれて窓辺を離れる時、ちらりと見たリアンの顔は、その時と同じだったような気がした。


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