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鏡の中  作者: 霞合 りの
第五章
43/154

43 リアンの帰宅

その夜、私が部屋でくつろいでいると、リアンが私の部屋に顔を出した。


「ただいま戻りました」

「まぁ。お帰りなさい、リアン。何かあったの?」


私が慌ててリアンに駆け寄ると、リアンは眩しそうに目を細めた。


「何もありませんよ」


言われて思い出した。そういえば、リアンは帰ってくると、私が起きている時は、私の部屋を必ず訪ねようとする。


私は自分が慌てたことに腹が立って、ムッとしてリアンに抗議した。


「それなら、いちいち顔を出さなくていいのに。玄関から部屋へ行くのに、ここは遠回りでしょう」

「ソフィアはお迎えに来て下さらないから、こちらから足を運ぶしかないのですよ」

「私のせい?」


私が驚いて言うと、リアンは明るく笑った。


「ええ。僕が帰ってきたらあなたにすぐにお会いしたいのは、お分かりでしょう?」

「まぁ。そうなの?」

「知らなかったんですか?」


からかうような口調に私は呆れたが、知るわけないわ、と言うのはやめておいた。倍くらい文句を言われそうだ。


「なんだか嬉しそうね」

「はい。あなたがここにいてくださって良かったです」


リアンのホッとした表情にチクリと胸が痛くなった。


これは罪悪感なのかしら、それとも心配なだけなのかしら。


リアンの心の傷を増やしてはいけないとは思うけれど、リアンが私にとらわれてしまうのは良くないことだ。私は普通の存在じゃないし、もしかしたら明日には消えてしまうかもしれない。そう思うと、リアンがこうして私を確認しに来るのは当たり前にも見えたが、毎日不安に感じられるのは嬉しいことではなかった。


私は暗くなる考えを頭から追いはらい、笑顔を作った。


「それは光栄だわ。でも私、てっきりノアが元気で喜んでるのかと・・・どうだった? 笑顔は見られた?」

「ええ。もちろんです。意識もはっきりしていましたよ。鏡が願いを叶えたのなら、心配はいらないでしょう」

「そう・・・良かった」


私は深く息をつくと、胸をなでおろした。


そして、リアンに会ってすぐ、ノアについて尋ねなかったのは、怖かったからだと気付いた。


信じていないわけではないけれど、実感ができていない。昨晩の鏡との会話のように。


私がリアンをちらりと見ると、リアンは優しく微笑んだ。何もかもお見通しといった表情に、私は少し気恥ずかしくなった。


「・・・リアンがなかなか教えて下さらないから、心配してしまったじゃない。リアンの意地悪」


私は拗ねて言ったけれど、リアンは何も返事をせず、ただぼんやりと私を見つめた。


「リアン?」


返事がないので、思わずデイジーに振り返ったが、デイジーは首を横に振った。なるほど。よくわからないけど、このまま話を続けるしかない。


「リアン、ノアの話をもっと聞かせていただけるかしら。デイジー、お茶を用意してくれる?」

「はい、ただいま」


その時、ヘンリーが入ってきた。お茶のセットを持って。


「僭越ながらお茶をご用意いたしました。リアン様、いらないお荷物がございましたら、お部屋にお持ちいたします」

「あぁ、・・・手袋をお願いしようかな・・・」


リアンがぼんやりと言いながら、手袋をヘンリーに手渡した。恭しくヘンリーは手袋を受け取ると、すぐに出て行った。


心ここに在らずな様子に、リアンをよく見ると、今度は、彼の目は私のテーブルの上の手紙に移っていた。


しまったわ。テーブルに仕舞うの忘れてた。


「・・・これは・・・なんですか?」


案の定、興味を示したリアンが手紙をじっと見ながら私に尋ねてきた。私はできるだけ何気なく見えるように心がけ、返事をした。


「あぁ。陛下からの手紙よ」

「陛下から? なんと?」

「王宮に来いって」


少しだけ息を呑み、リアンは私を見た。


「行かれるんですか」

「そりゃ、行くわよ。まぁ、本当はきっと、すぐに行かなくてはならなかったんだもの、無理に連れて行かれないだけ良かったわ」


私が肩をすくめると、リアンは複雑そうに顔を歪めた。


「アンソニー殿下ともお会いになるんですよね・・・」

「え? そうねぇ、案内していただかないとね」

「どこにです?」


首を傾げたリアンに、私はそれとなくソファに向かいながら説明した。リアンもつられるようについてきて、淹れたてのお茶が待つテーブルへついた。


「書庫よ。寄って行っていいって言ってくださったし。私、自分の資料を読みたいの」


提案してきたからには、絶対にアンソニーに案内してもらう。


「資料ですか」

「裁判の時の原本とか、見てみたいから。リアンも来てくれるわよね?」


すると、ティーカップに手を伸ばしていたリアンは、思いもよらなかったように、目をパチクリとさせた。


「僕もですか」

「もちろん。あなたは私の後見人だもの。・・・それとも、私の付き添いなんて嫌かしら? 考えてみれば職場だし、もし仕事を休んでもらっても、休まらないかもしれないわ」

「僕は大丈夫ですよ。国王陛下は僕が一緒でもいいと?」

「わからないわ。でも私がリアンと行くと言えば、それでいいんじゃないかしら。得体の知れない人ならともかく、リアンなのだし」


すると、なにも言わずにリアンは紅茶を飲み干した。


「・・・陛下が何をお考えなのか、僕にはわかりませんので」

「あら。アンソニー様とは、仲の良い従兄弟なのでしょう?」


言葉を濁したリアンに、私は手元のマドレーヌを突き出した。リアンは困惑しながら、マドレーヌを手に取り、私をちらちらと見ながら食べ始めた。


「まぁ、そうですが・・・陛下のことはよく知りません」

「だったら余計にいいことなのかもしれないわよ? あなたの伯父上様のことを知る機会ができるんですもの」


リアンは困った顔をしたけれど、嫌そうではなかった。


「・・・僕が行く前提ですか」

「ダメかしら・・・さすがに味方がいないのはちょっと」

「味方、ですか」

「そうよ。リアンは私の唯一の味方。・・・デイジーとヘンリーを除いて」

「なるほど。アンソニー殿下は違うのですか?」


リアンに言われ、私は改めて考えてみた。


私のことを尊重して動いてくれるかどうか。

私に関することで、秘密裏に何事も進めないかどうか。

良いことでも悪いことでも、私を助けてくれるかどうか。


リアンはきっと、してくれる。私もリアンにはするだろう。


それらがすべて、味方であることにつながるわけではないし、秘密にすることも大事な時があるけれど・・・


私がアンソニーを助けることや味方になることはあっても、アンソニーが私の味方になるとは思えない。


私は肩をすくめた。


「どちらかというと、共謀はできても、味方にはなれなさそうだと思うわ」


少なくとも、協力は出来るはず。外務大臣の話が通れば。


夏離宮の話が正式な話になれば、王族にとっては、表立ってはある意味、突然の提案になるわけで、その口裏合わせを国王としなければならないわけだ。その上でアンソニーに話をする必要があればするけれど、でも、それは利害関係の一致であり、その上での信頼だ。


私の言葉に、リアンは不思議そうに首を傾げた。




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