41 朗報
サブタイトルを入れるようにしてみました。
ノアが目を開けたという話は、翌朝、私の元に届いた。
それを聞いた時、私はその事実より、本当に鏡の呪いがあったのだと驚き、一緒にいたデイジーと顔を見合わせた。もちろん自分は鏡の呪いがあった証拠だけれど、実感はなかったのだ。
「驚かないのですね」
リアンが逆に驚いたが、すぐに頷いた。
「そうか、そうですね。昨日の舞踏会でさぞお疲れなのでしょう。もう一度言ったほうがいいでしょうか、ノアが目を覚まし、なおかつ、快方に向かっているそうなんですよ! 本当に、驚くばかりのことです」
興奮気味に言ったリアンは、彼を凝視している私にふと頬を赤らめ、空咳をした。
「あ、あの・・・そうでした。ソフィアは慣れているのでしょうね・・・」
傍のデイジーに小突かれ、私は慌てて首を横に振った。
「え? いいえ、慣れてないわ。驚いているのよ、驚いてるの。ただ、その、・・・驚きすぎてしまって・・・」
少し、背筋が冷たくなった気がした。
本当に鏡が私の願いを叶えた。
わかっていたけれど、すぐには信じられなかった。私と初めて会った時のリアンの気持ちがよくわかった。何度も確認するように疑うように質問してきたのは、そう、やはり、すぐには信じられなかったからだ。
でも、これが鏡の結果だとすれば、ノアは絶対に回復し、必ず幸せになって、将来的にも安泰な人生を送れることになる。
「ソフィア様・・・」
小さくデイジーが私に耳打ちした。同じことを思ったのだろう。私も同意を込めて頷いた。
「え・・・と・・・、そのようね、そうなの。鏡が・・・呪いなのかしら?」
「呪いでノア様が回復なさるんですか? 呪いというのは、悪いことなのでは?」
「・・・そうねぇ・・・」
でもあの時、鏡は言ったのだ。『お前は新しく呪われた』と。
「あら」
「どうしました?」
「呪われたのは私だったんだわ」
私が思わず大きな声を出すと、リアンはぽかんと口を開けた。
「何を言うんです?」
私はリアンの言葉を無視し、デイジーと会話を続けた。
「デイジー、覚えていて? あの時、鏡は言ったじゃない、『お前は新しく呪われた』って。そして『”我に願う者は皆呪われる”』って。呪いの内容は教えてくれなかったけど・・・呪われるのは願いを言った方よ。つまりね、私が鏡に閉じ込められた時、私は呪われてなかった。司書さんの願いを叶えただけ。そして、あの鏡を使って私を鏡に閉じ込めた彼女が呪われたんだわ」
「あの時とは、どの時ですか?」
リアンが再度、口を挟んだ。私はようやく、リアンに向いた。
「私が鏡にお願いを伝えた時よ」
「鏡に・・・願いを?」
リアンの口調が急に鋭くなった。
しまった、これはまずいわ。
私は思いつくまま、物を言う癖をやめなければと思いながら、リアンに頷いた。
「ええ。・・・その、ノアが元気になるといいなって」
「願いのかけ方を知っていたんですか?」
「ううん。知らなかったの。でも、なぜか鏡が話し出して、叶えてくれるって。だから、叶えてもらったのよ」
「ノアの回復を?」
「そうなの。でも本当に回復するなんて思わなかった。私、いい仕事したと思わない? 呪いってなんだか知っている?」
私が目を輝かせてリアンを見ると、リアンは一瞬、頬を緩ませ、ハッとしたようにまた空咳をした。
「呪いは・・・”因果応報”です」
私は首を傾げた。
「”因果応報”?」
「叶えた願いと同様なことが本人に起こる、というような意味だそうです」
「つまり、良いことを願うと、良いことが起こるってこと?」
「おそらく」
「なるほど」
随分と不思議な呪いだ。そんなリスクを負ってまで、願い事を叶えたいものだろうか?
「ですから、ノアが回復するように願ったのなら、・・・ソフィアにもきっと良いことが起こるのでしょう」
「それなら、リアンにも起こるのね」
「僕ですか?」
「ええ、そうよ。私が元気でいるようにと願ってくれたでしょう? この世界で、また元気に生きられるようにと。その願いは、呪いが効くのなら、リアン、あなたへの願いにもなるのよ」
「あぁ、・・・そうでしたか。そうですね・・・」
リアンは思い至らなかったように、ぽかんと私を見た。
ああ、そうか。
私は合点がいった。
おそらく、鏡に願う時、自分に何が起こるかなど、考えたりはしないのだろう。だからきっと、因果応報だと知っても、それでも悪い願い事をしてきたのだろう。鏡は言っていたのだから。
「それにね、ノアには周りの人も幸せになれるようにって、お願いしたの。だとしたら、リアンも幸せになるはずだわ。そうでしょ?」
「なんだか不思議ですね。僕が呪われて、あなたが呪われて、僕はその願いの恩恵に与れるってことですか」
小馬鹿にしたようなリアンの言い方は気に入らないが、実際そうなのだから仕方がない。
ともかくも、私はノアに幸せを願っている。ノアと共に生きる全ての人が、幸せになれるようにと。だから、リアンももっと幸せになれるはず。鏡の呪いが効くのなら。
リアンがそれ以外に、私に何を願ったのかわからないけれど。私がこれだけ願えたんだもの、リアンだって結構願えたんじゃないかしら。考えても、リアンが私の不幸を願うとも思えなかった。
「何を言っているの。もっともっとリアンには幸せになってもらわないと・・・」
私が言うと、リアンは肩を竦めた。
「不幸なことはありましたが、今現在、これ以上はないくらいに幸せです。これ以上、僕にとって幸せなことが起こるとは思えませんね。ここでこの話は終わりにしましょう。今からノアの見舞いに行って参ります。ソフィアはこちらでお待ちください」
リアンに言われ、私は頷いた。
行きたい気持ちもあるけれど、私以上に、ノアは現状を把握するのが大変だろう。
強く生きてもらえるといいのだけど・・・ええ、そうよ、ノアは大丈夫。私が願ったのだから。
「ええ。ノアが会えるようになったら、会いに行くわ。無理なら、一生会えなくたって構わないくらいよ」
「それは言い過ぎです。きっと、落ち着いたら、ノアも会いたがると思いますよ。あなたになら・・・誰だって。特に、ノアにとっては、唯一の直系ですからね」
「・・・先祖だけどね?」
私が言うと、リアンはかすかに笑い、部屋を出て行った。
1話からの話にも、サブタイトルを追加する予定です。