40 響く声
「え?」
「・・・ソフィア様・・・」
デイジーが私の腕をそっとつかんだ。
「き、聞こえましたか、今の・・・それとも、聞こえているのは、私だけ・・・ですか?」
私は驚いてデイジーに頷いた。この声は彼女にも聞こえているのだ。
「一体、誰の声なんです・・・?」
思った通り、人の声ではないようだ。デイジーの腕から震えが伝わってくる。怯えている。
デイジーが私を頼るなんて不思議。
つい先日までこの世ならぬものだった私と、何が違うのだろう?
「私にも聞こえてるわ。でも・・・どこから?」
私とデイジーは部屋を見回した。
もちろん誰もいないし、どこの窓もドアも開いていない。二人きりだ。・・・鏡以外は。
「鏡なの?」
恐る恐る、私は尋ね返した。すると、鏡が緩く輝いた。
”『ノアが元気になって、ノアを含む一族が末代までお気楽に幸せに楽しく暮らせる』、それが望みか”
声は先ほどと同じボリュームだった。私は再びデイジーと顔を見合わせ、頷き合った。これは鏡の声だ。
「何でも叶えてくれるの?」
私は慌てて鏡に向かって声をかけた。
というか、何これ。これがリアンが言っていた出来事なの? リアンは鏡と話をしたの?
ああ、聞いておけばよかった。今までなんで疑問に思わなかったのだろう。どうやって私を戻したのか、具体的に鏡をどう使ったのか、興味がなかったわけではないのに。
”死者を生き返らせることはできぬ。だが死に至る前に回復させることはできる”
「ノアを元気にすることができるのね?」
”誰に口を聞いている?”
尊大な口調だが、相手は異国からやってきた呪いの鏡だ。逆らったら何をされるかわからない気がして、私は口調を緩めた。
「私が入っていた鏡よ・・・そうね、私の時を止めて別空間に閉じ込めておくことができたんだもの、できるに決まってるわね」
私は息をついた。まさか鏡がまだ仕事をするなんて思わないじゃないの。
「それなら、お願い。えーっと、そうしたら、・・・この家の使用人も、関わる人も、・・・私も? 幸せになれるといいけど」
”幸せとは何だ”
「え」
そんな哲学的なこと聞いちゃう?
「わ、わからないわよ・・・本人が幸せだなと思えればいいんじゃないのかしら。・・・でもね、第一、私の望みなんだから、しのごの言わずに叶えてよ。結構一緒にいたんだし、ほら、何らかの情とかないの?」
”ない”
「嘘でしょ」
”ただ、魔力は得た。お前を愛する者たちが我を守ってくれたからだ”
「なるほど! それそれ!」
”何だ”
「愛に溢れたお金に困らない生活よ! ノアはそうなってほしい、ぜひ」
”ノアがお前を愛するとは限らないが?”
「それはまたの話よ。好きになってくれれば嬉しいけど、ま、おじいちゃんより古い人だし、私。わからないわよね」
”なるほど、心得た。お前は新しく呪われた”
「え? のろ?」
呪われた?
私の頭から血の気が引いた。
それじゃ、リアンも? 私を連れ戻す代わりに、呪われているの? 鏡に?
そんなこと、リアンは一言も言わなかった。それどころか、私がいてくれて嬉しいとばかり言っていた。
どれほどの決意で私を呼び戻したのか。それとも、知らなかったのか。呪われることなど厭わないほどに? それとも、呪われていることなど忘れるくらいに?
私で良かったの? 私は・・・リアンに何ができるの?
「待って!」
”もう呪いはかかった。ノアは助かる”
「ええっと、それはありがとう。でも、それじゃなくて、・・・リアンのことよ。リアンは呪われたの? 私のせい?」
”我に願う者は皆、呪われる”
「リアンは知っていたの、自分が呪われることを」
”我が知らぬことは答えられぬ。ただ、それでも願う者はいた”
鏡が嘘をつかないことを私は知っていた。ずっと鏡にいたのだから、直感的にわかることはあり、それを考えると、私はまだつながっているのだろう。
この鏡はどのくらいの時間、こうしてきたのだろう。それでも私が鏡に閉じ込められて百年は、ここにあったのだから、誰も使えなかったはずだ。でもその前にはずっと、こうして何人も何回も、願いを叶え、呪いをかけていたのだろう。
「リアンは何の呪い? あ、そうだ、私、私は?」
返事はなかった。
ただ鈍く光る鏡の輝きが衰えて、部屋に静寂と元の明るさが戻っただけ。
私はもう一度、デイジーと顔を見合わせた。
第四章、終了です。
第五章では、ノアの回復や鏡の呪いなどの話です。
投稿まで少し時間がかかりそうですが、お付き合いくださると嬉しいです。