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鏡の中  作者: 霞合 りの
第四章
38/154

38 無事の帰宅

屋敷に戻ると、眠い目をこすってデイジーが私を迎えた。


「お疲れ様でございます」

「まぁ、デイジー。起きていたの」


私があくびをしながら言うと、デイジーは微笑みながら、私が手にしていた扇子や手袋を受け取った。


「当然でございますわ。ソフィア様の晴れ舞台ですもの。お疲れになっているかと思いまして。ヴェルヴェーヌには無理やり寝てもらいましたが、起きていたがったのですよ」

「ありがたいことだわ、本当に。実は疲れすぎて、着替えるのが億劫なの。手伝っていただける?」

「もちろんでございます」


言いながら、デイジーは手早くソフィアのドレスに手をかける。考えてみれば着せ付けたのはデイジーなのだから、脱がすのもデイジーが早い。


「どうでしたか。ダンスは楽しんでこられましたか?」

「もちろん。バッチリよ。楽しかったわ、食事も美味しかったし」

「それでは、何回か踊られたのですね」

「ええ、そうね・・・リアンと・・・ああ、アンソニー殿下とも踊ったし、キース様って知ってる? その方とも踊ったわ」

「まぁ、キース様。存じておりますわ」


「みなさん、お上手だったけど・・・一番驚いたのはリアンよ。すごく踊りやすくて、びっくりしてしまったわ。一番最初だったから、みんなこんなものかと思ったけど、そうじゃないの。だからね、何回か踊ってもらっちゃった。まるで口直しみたいに。変でしょう?」


私が言うと、デイジーはクックッと嬉しそうに笑った。


「それはようございましたわ。リアン様もお喜びでしょう」


その様子を見ながら、私はデイジーに話したいことを思いだした。


「ねぇ、デイジー。私ね、顔を見ると思い出すみたい」

「何をでしょう?」

「鏡の中で、見た人のこと。リアンもそうだったの。初めはわからなくて、でも話しているうちに思い出して。あなたもそうよ。どちらかというと、直接会わないと、鏡の中から見たとしても、思い出せないんだと思うわ」

「まぁ。そうなんですか」


デイジーは興味深そうに私を見た。


「それで・・・確認なんだけど・・・キース様は、私の部屋をよく使っておられたわよね? 私の部屋で情事を重ねてたはず。若い未亡人とかばかりだったけど、割と頻繁だったから・・・すぐに思い出したの。性癖まで言い当てられそうな気がするけど、それはやめておくわ」


私が肩をすくめると、デイジーは残念そうな顔で目を閉じた。


「・・・あぁ、キース様はおモテになられますから・・・よく使って、・・・あー、部屋のことは忘れてくださいませ・・・」

「デイジーが気にすることじゃないわよ。忘れたくても、思い出しちゃうんだもの、仕方ないわ。この分だと、会う人会う人、あ、私の部屋の人って思ったりしそうで、社交を制限したくなってくるわね」

「やめてくださいませ、本当に。そのお顔でそんなすれっからしのようなことをおっしゃって」


デイジーは困ったように言いながら、私にネグリジェを着せてくれた。ようやくこのデイジーの手助けに慣れてきた私は、軽く笑った。


「そこは大目に見て。でも誰にも言ってないわよ、本当よ。あと、リアンには絶対に内緒よ。私が聖女だと思ってるくらいだから、なーんにも知らないと思ってるはずだもの。卒倒しちゃう」


私が言うと、デイジーは不思議そうな顔をした。


「聖女だなんて、思っておられないと思いますけれど」

「そう?」

「そうですわ。リアン様はソフィア様のことをそれは大切に思っておりますもの。身近な守るべき対象として。決して、神聖化してなどおりません」


「うーん、守る、と思っているのはそのようだけど・・・過保護な気がするのよね。ま、仕方ないのかな。今日は特に、政治的にも意味のあるお披露目だったものね。私への申し込みも後見人としてほぼほぼ断ってくれてたし、ありがたかったわ」

「それは・・・大変でしたでしょうね、リアン様も。会場でもソフィア様は輝くばかりにお綺麗でしたでしょうから」


「そこまで張り切る令嬢がいない舞踏会に、張り切って着飾って出かければ、そうなるでしょ。綺麗にしていかないとインパクトがないって言ったのはリアンだもの。それくらいは想定内なんじゃなくて? これでもかってくらい目一杯身綺麗にして、みんなにノアがいなくても大丈夫って印象付けなきゃならなかったもの。財力あります、継続力あります、アピール」


「それはそうですけど、また別の話かと」

「違うの?」


私は首を傾げたが、デイジーは笑った。


「そういうソフィア様だから、心配なのですわ。誰かに騙されないかと、わたくしだって心配ですもの」

「誰かって?」

「ちょっと素敵な殿方に口説かれたら、とか」


私の目はおそらく、小さな点になってしまっていただろう。私は手を挙げ、デイジーの先の言葉を止めた。


「待って待って。だから私、百年以上も鏡の中なわけなのよ。言葉は聞こえてなくても、鏡の向こうで口説き口説かれの様子はいくらでも見てるのよ。だから、私を騙そうとしてるかどうかくらい、わかるわ・・・というか、あまり舞い上がれないの。正直言うとね。あまりそういうの、興味ないみたい」


今度は、デイジーが目を丸くした。


「そのお顔で?」

「それは仕方ないでしょう。私だってこの顔で生まれたかったわけじゃないし・・・それもこれも、ノアが元気に回復してくれれば、気にしなくていいことなんだろうけどね」

「そうでしょうか?」

「そうよ。それで、このピアニーの莫大な財産を手に入れたいと思う人は消える。ノアが継ぐわけだから」


「そうしたら、本当にソフィア様に惹かれている人しか残りませんわよ」

「それならそれで結構。その時が来たら、リアンが選んでくれるでしょう」

「・・・リアン様は選べるのでしょうか?」


心配そうなデイジーに、私は肩を竦めた。


「できなくても問題はないわ。私だって、結婚したいわけではないし・・・この家が好きだもの。なのに、まだまだ満喫しきれていないもの」

「ソフィア様ったら」


クスリと笑うデイジーの声を聞きながら、私は”家宝の鏡”を眺めた。自分の姿ではなく、その向こうの、深淵を覗き込むように。




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