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鏡の中  作者: 霞合 りの
第四章
37/154

37 密談と交渉と提案と

「わたくしには、なんのことだかさっぱり・・・」


私が視線を伏せると、バーニーはその手に力を込めた。


「このまま、リアン様の庇護下に収まるおつもりですか。王妃の座にも所望された方が、片田舎の貴族で終わると? あなたなら、今の王政にお言葉を添えることだってできます。より良い国家に、あなたが進めることだって可能なんですよ」

「わたくしがそれを望んでいると?」


私が驚いて目を見開くと、バーニーは首を傾げた。


「違うのですか?」


そして、戸惑う私を優しくリードし、耳打ちをした。


「だとしたら、なぜ復活を?」


泣き叫ばずに堪えた私を、誰か褒めて欲しい。声が震えないように気をつけながら、私はバーニーをまっすぐ見据えた。


「・・・わたくしが望んだから、こちらに戻ることができたというのですか?」

「機が熟したという意味です。そうでございましょう?」


私は首を横に振った。


そんなことは知らない。なんの機だというのだろう? 


私は何も望んでいない。望まずに戻ってきた。だから何も望まない。ただ穏やかに暮らしていきたいだけだ。ただ、私を生かしてくれていたピアニー家に恩返しをしたいだけだ。もちろん、リアンにも。


「そういう話は、リアン様へお伝えください。わたくしは、戻してくださったリアン様のご意思に従います」


私が言うと、バーニーは唇を軽く噛んだ。


「リアン殿は真っ直ぐすぎる。良い方ですが、政治の深部の操作には向きません。むしろ、そうでなくては困る。真っ当な方がアンソニー殿下を守る必要がありますから。ですが、私はそうではありません。そして、あなたも。ですよね?」


「何が・・・でしょうか?」

「あの屋敷が使えず、私たちはやきもきしておりました。ですが、あなたが出てきたということは、安心して良いのですよね? 私たちは、外交を再開できると。そして、あの部屋を管理する、正しい方が現れたのだと」


曲が終わった。


私たちは少し息を弾ませ、探るようにお互いを見つめあった。


先に、バーニーが視線を逸らした。そしてバーニーはすぐに私の手を取り、心配そうな表情をしているリアンの元へ向かった。次の曲が始まったが、幸か不幸か、リアンまではとても遠い。


「イーズデール様。残念ですが、わたくしにはなんの力も権限もありませんわ」


歩きながら、私は静かに口を開いた。


「ご冗談を」

「本当ですの。だってピアニー家であることと、鏡から出てきたこと以外に、特筆すべきことなんて、わたくしには何もないんですもの」

「・・・鏡から出てこられたことが奇跡なのです、ソフィア様。ご自分でも、その奇跡を目の前にして、この国のさらなる繁栄を祈ろうとは思わないのですか」

「ただの呪いよ。奇跡などではありませんわ」

「でも、他国には奇跡に見える。あなたが王家に入ること、それこそがこの国の形として正しいのではありませんか。百年経って、その愛が示されるのです。他国もそれを望むでしょう」


目をキラキラとさせ、バーニーは言った。


「わたくしがそのような大役を? 無理ですわ」


バカバカしい。そんなロマンチックなこと、周辺諸国が望むとは思えない。そもそも、私とニコラスはそのような仲ではなかったのだから。


私を質問攻めにして、最終的に私を怒らせたあの質問集は、ニコラスが作ったもの。おそらく、このささやかな国家機密は、周辺の国には、多少なりとも伝わっていると考えられる。きっと他国の代表となるような人物たちは知っているはず。


私は結局、呪いの鏡によって、呪いの鏡から出てきた。けれど、それまでは、どこの鏡から出てくるのかは、誰にもわからなかったのだ。別の国の知らない令嬢の鏡からかもしれない。そう思えば、要人たちには知識だけは伝えているような気もする。


バーニーが知らないのは、その方がトクだからだ。王家にとっては。


あぁ、ますます国王には会いたくなくなってきた。


私は微笑んだ。


「わたくし、ノア様が社交界にお出になるまで、補佐をする目的で参りましたのよ。補佐というのは、家の権利の継続や、収支の確認、事業の維持であり、それ以上でもそれ以下でもありません。そして、わたくしは、わたくしの部屋を今後誰かに使わせるつもりはありません」


グ、とバーニーが喉を詰まらせた。


「・・・しかし!」


これまでの習慣を変えるのはとても大変だ。なくなってしまったのなら仕方がないが、まだあるのならば使いたい。慣習を続けたい。そう思うのは当たり前だ。何しろ、ルイスもアーロンもいないのだから。だが、彼は外務大臣だ。自分でどうにかして欲しい。


「あの部屋はわたくしにとっても大切な部屋です。それでこの国が潰れるというのなら、潰れればよろしいのよ。たかが伯爵家の部屋を使えないくらいで、外交ができないだなんて、随分とご自分の手腕に自信がありませんのね」

「ソフィア様」


私は首を振り、バーニーの訴えたい言葉を退けた。・・・それでも、私にはきっと、責任があるだろう。彼らはもちろん、当主が指示していたと考えている。デイヴィッドが考えたと思ったくらいに、きっと、昔からあると思っているのだろう。ただの王女の思いつきから始まった遊びだったのに。


「わたくしでしたら、別の部屋をご提案いたしますわ。例えば、・・・夏の離宮ですわね。ニコラス賢王が若い頃、一度だけ、その令嬢を連れて行った離宮がございますの。知っておりまして?」

「いいえ」

「センプランの夏離宮ですわ。学生時代の良い思い出を作ろうと、彼が友人たちをお呼びになったのです」

「・・・センプランの・・・夏離宮・・・」


私が一度だけ行ったことがある王族の離宮だ。こぢんまりとしているが避暑にふさわしく、心地よいひとときが味わえる美しい離宮だった。今はもう使われていないという現状は、ド=マガレイト家の図書館で得た知識だ。


「本当ですか」

「ええ。そちらでよろしければ、ピアニー家から手伝いを手配致しましょう」


私が頷くと、バーニーはホッとしたように息をついた。私の提案は受け入れられたようだ。デイジーと話し合った甲斐があった。候補から一つ選ぶように言われていたのだ。こんなに早く提供することになるとは思わなくて、つい口から出た名前だけれど、それで良かったようだ。


私は続けた。


「これで許していただけますか。わたくしの伝説をこれまでと同じく、使用なさるのは問題ありません。でも、わたくし自身を使えるとは、お思いにならないでください。わたくしは王族のものではなく、政治に口出す存在ではありません。ただの、十六歳の乙女ですよ」


私がいたずらっぽくウィンクすると、バーニーは目を瞬かせ、クスリと笑った。彼らしい笑顔が少しだけ見えた。


「それでも、登場お願いすることがあると思いますよ。ソフィア様。その時は、きっと、お願いいたします」

「お約束は出来ません」

「それでも、ソフィア様には、考え直していただくことになるでしょう」


私は首を横に振った。リアンのそばにいると約束した以上、それができない可能性のある用件は飲むことはできない。


「それはリアン様にお伝えくださいませ。わたくしはリアン様に助けていただいた身。リアン様が了承してくださった予定を優先いたしますの。ですから、・・・私を説得するより、リアン様を説得なさった方が、早いと思いますわ」

「・・・まさか。あの堅物ですよ?」

「ええ。リアン様に一任しておりますの」


私は強めに言い切ると、できるだけ立派に見えるよう、精一杯笑顔を作った。


これで終わりだ。思っていた以上に精神を使った。こんなに疲れるなんて思わなかった・・・交渉ごとに向いてないな。


これ以上あれこれ考えたくない。何を言われても誰とも踊らない。リアン以外は。



・・・後から聞いた話によると。


その日、会場で私たちを見た招待客たちは、そのしとやかな華やかさに心を奪われたという。


金色の髪に美しい肌、可憐な顔に堂々とした立ち居振る舞い。


かつて、この国を豊かにした賢王に愛され、そのために呪われた伝説の令嬢、ソフィアが目の前に現れたのだ。


しかも、将来が楽しみと言われた美しさを持っていたリズによく似て、まるでリズのデビューを再現するかのように、凛として会場に入ってきたのだから。


かつての賢王、ニコラスに似た整った顔立ちの完璧な紳士、リアンがエスコートしてくる様子、そして令嬢ソフィアが男性たちを相手に優雅に踊るステップ・・・


さながら本当に伝説のようで夢のような時間だったと、のちに語られたそう。


とはいえ、私は緊張でそれどころじゃなかったのは確かだ。



同じ人と続けて三回踊ってはいけないルールですが、続けてないのでいいかなと。

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