27 食後の休息
その日は、軽く夕食を食べ、リアンと二人、居間でくつろぐこととなった。
比較的見知ったブルータスがドア近くで待機し、ヘンリーとデイジーが、ドアの外にいた。初めての私に配慮してのことだそうで、なんだかとても温かい対応すぎてびっくりする。
「お疲れの様子ですね」
紅茶を飲みながら、リアンが笑った。
「それは当たり前よ・・・疲れない人がどこにいるの」
私はふてくされたが、リアンは美味しそうに紅茶を飲んだだけだった。
「確かに。でもあなたは立派でしたよ。まさしく、伝説の令嬢でした」
「それを言うならあなたもよ、リアン。当主代理、とても威厳があって素敵だったわ。元から後を継ぐ予定だったと言われても、不思議はないわね」
私が言うと、リアンは素直に嬉しそうにした。
「それは・・・ありがとうございます・・・」
「まぁ、あなたにとっては嬉しくないのでしょうけれど」
「いいえ、嬉しいですよ。あなたに褒められるなら、なんだって嬉しいです」
「そ・・・、そう?」
リアンの視線に居心地が悪くなった私は、立ち上がってマントルピースの上の置物たちを眺めた。リアンは私のその姿を、一瞬も見逃すまいとするように眺めている。緊張する・・・
ふと、リアンの視線がそれた。
「ソフィア。どうやら、あなたは舞踏会に出ないとならないようです」
急に言い出したことに、私は振り返り、目をパチクリとさせた。
確かに話す必要のある話題なのだろうけれど、脈絡が感じられない。これまでリアンはためらいがちに話題を探すところばかり見ていたから、なんだか珍しく感じたが、まだ出会って三ヶ月も経っていないのだから、知らないことも多いのだと納得した。
「私が?」
どうしてそんな話に? 私がぽかんとしていると、リアンは笑いながら立ち上がり、私の隣にやってきた。
「そうしないと、僕が伝説とノアにかこつけて、女の子を囲ってるという噂になってしまうと、友人が。それでは、意味がないですから」
「そんな噂・・・」
「ええ、出てしまうのは仕方ないと言えますね。あなたのことを隠すつもりもない上に、子供ではありませんから。みんな興味があるでしょうし、ノアを守るためにも、必要なことだと思っています。どちらにしろ、いつかは出ないとならないでしょう?」
「舞踏会って・・・私は一度も出たことがないから、つまり、デビューってこと?」
「そう・・・なりますね」
リアンが頷いた。
デビュタントのあの白いドレスには憧れたものだった。十六歳の誕生日を過ぎたら、私もデビューする予定だったから、私のも用意されていたことだろう。もしかしたらクローゼットに入っているかもしれない。今更着られないだろうけど。
十六歳。
私は様子を伺うようにリアンを見た。当然のような顔をしているリアンがどうも不安だ。
実際数えてしまうと百を超えてしまうけど、そこはいいんだろうか?
やはり現世年齢や見た目年齢を採用するところ?
「あの、すでに百年前の令嬢だし、隠居の身っていう設定は・・・」
「申し訳ありませんが、おそらくできません。それに、そんなことが許されると思いますか?」
私は肩をすくめた。
「まぁ、・・・できないでしょうね」
私が帰ってきてしまったことは、陰ながらみんな知っている。きっと私がそのまま帰ってきたことだって、伝わっているはずだ。それに私の部屋の使い方が変わってしまった以上、ノアのためにも、社交をしてどうにかやっていく必要があるだろう。
リアンが話を進めた。
「参加する舞踏会を選ぶ際には、アンソニー殿下にご協力いただくことになりますね。あなたが出てくるのならば、ノアへの国王陛下からの援助もさらにいただける可能性があります。それに、ピアニー家を蹴落とそうとしている派閥も、あなたを恐れ、様子見をするでしょうしね」
「ノアは狙われてるということ?」
「刺客が来たことはありませんよ、まだ」
「・・・なるほど」
まだ。
おそらく、王家はピアニー家を支持してくれるだろうが、そもそもそれを気に入らない貴族たちも多いだろう。今までは”ソフィアの部屋”の使用権の方が有利だっただけ。協力してくれている家だって、いつ反対派に回るかわからないものだ。私の部屋をどこへどう引き継ぐか、それは大きなポイントになってくるのかもしれない。・・・ものすごいプレッシャーなんですけど。
どっちにしろ、舞踏会へは出たことがないんだもの、一度くらいは出てはみたい。鏡の中から、彼女たちを羨ましく眺めたものだ。できるなら、もっとなんかこう、壁の花でもいいくらいなんだけど、きっとそうは問屋がおろさないだろう・・・
でもまぁ、出るしかない。
「出るわ。それが一番いい方法なら」
私の言葉に、リアンがホッとしたように笑顔になった。
「・・・ありがとうございます、ソフィア」
「でもねぇ、リアン。私が”伝説の令嬢”であると、伝えたところで、本当に信じる人はどのくらいいるかはわからないわよ。半分もいないかもしれないわね」
私が笑うと、リアンは顔をしかめた。
「それはいけません。舞踏会に出るなら、完璧に誰をも信じさせないとなりません。あなたは誰より輝いて威厳を示してください。本人なのですから、当然ですが」
威厳とか無理じゃない・・・? 伝説とか体現できないんですけど?
王妃とかニコラスとか、私には関係のない話だった。ニコラス自身が伝説的賢王であったことも、私には遠い話。ただの貧乏令嬢はただの貧乏令嬢、それ以上に威厳も何もない。
これは、両親の厳しい教育の成果を最大限に発揮するしかない。ない才能を掘り起こすしか。・・・そんなこと、できるのかしら? せいぜい、リアンが新しい令嬢を連れてきた、くらいにしか思ってもらえない可能性もある。
「でも、鏡の中から百年前の令嬢が出てきたなんて、荒唐無稽な話じゃない?」
「別に魔法の鏡くらいあるでしょう、呪いだって現にあったんですから」
「でも、一般的じゃないわ」
私は肩をすくめた。
「だからこそ、信じられると思いますよ」
「そうかしら」
別に信じてもらえなくても構わなかった。私には呼び出してくれたリアンがいるし、テストをしてくれた公爵夫妻がいて、それらを無条件に信じてくれたアンソニーと国王陛下がいて、それらをひっくるめて認めてくれたピアニー家の使用人達がいる。他の誰にも信じてもらえなくても、私はそれだけで、胸を張っていられると思う。
「・・・あなたはお友達には伝えたの?」
私が尋ねると、リアンは少しだけ顔をそらした。
「ええ。まぁ」
「アンソニー殿下は知らなかったようだけど」
すると、リアンは決まり悪そうに微かに笑った。
「僕の口から伝えるのが遅くなってしまっただけです。相手は王族ですからね・・・でも、他の友人には伝えましたよ」
「みんな、信じてくれた?」
「概ね、大丈夫でしたけど」
「”けど”?」
「・・・その結果、舞踏会でデビューする話になったのです。僕はあなたを人目にさらしたくはないのですけどね」
不満そうに鼻をならす。
「どうして?」
「悪い虫がつくかもしれませんから」
悪い虫?
いろんな女性を食い物にしていたような色男のこと?
それとも、策略や名声を求めて私を利用しそうな野心家のこと?
「あまり気にしなくて平気よ。どうにかなるわ。ことによっては、悪い虫どころか、私が毒を撒き散らすかもしれなくてよ?」
私はリアンの肩を叩いた。
それらの人たちも、私の部屋を使ってきた人が多いだろうから、私に多少の遠慮はあるはず。近づいてくるかもしれないが、逆に警戒するはずだ。私の存在を信じても、信じなくても。
するとリアンは憤慨したように眉をひそめた。
「その無垢なお立場を過信なさらないでください。いろんな輩がいるのですから・・・」
「無垢だなんて。まぁ、見た目年齢はそうかもしれないけど、私、出歯亀と独り言と考え事は百年分してるんですからね。何も知らないお嬢様じゃないのよ。期待はずれかもしれないけど」
「僕が思うよりずっと賢くて素敵な方ですよ、ソフィアは」
「あら・・・そう?」
「ええ。だからこそ、心配なのです」
リアンはため息をついた。
「心配しすぎよ」
私は心配性のリアンに慣れたと同時にそれにも呆れて、笑えてきてしまった。