25 侍女との話し合い
「さて、デイジー。あなたには聞きたいことがあるの」
自室に案内され、デイジーと二人きりになった時、私は静かに切り出した。
クローゼットの確認を始めていたデイジーは、ハッと私に振り向いた。
「何を・・・でしょうか・・・」
「ベッドの話と机の話よ」
「ベッドと、・・・机?」
「ええ。それについて、いくつか教えていただきたいことがあるの。私は鏡の中から見ることしかできなかったから」
「何か不手際が? 掃除の者が・・・?」
慌てるデイジーの肩を優しく叩き、私はソファに向かった。
「違うの。この部屋は”家宝の鏡の部屋”だったでしょ。多分、あなたの試験雇用期間が終わって、本採用になった時に伝えられる、この部屋の秘密・・・”ソフィア”の部屋が、いかに特別なのか、私は多分知っているの。そして、この部屋が、それゆえに誰もいなくて清潔で、だからこそ、”秘密”の隠れ蓑になってたということも」
私がソファに座りながら言うと、デイジーは戸惑ったように私を見た。
「デイジー、ピアニー家は裕福な資産家貴族よ。これだけお金があって手広くやっていれば、清廉潔白なだけじゃ、やっていけないわ。どれだけうまくやっても、やっかみや蹴落としがやってくるもの。それくらい、私だってわかる。元は貧乏貴族だったしね。駆け引きが必要になってくるはずよ」
デイジーは困ったように私を見た。
「鏡の中で考えていたの。鏡の中から私がどれだけ手助けしても、それは脅威になりえないし、伝説だけで充分に存在感は示せる。伯爵家と王家のつながりと権威がね。だから、むしろ、鏡の中から警報を送れる”私”という存在は隠匿されていた。そうなんじゃないかしら?」
デイジーがかすかに頷いたのを確認して、私は続けた。
「でも”伝説”だけじゃ、ただの古臭い”おはなし”じゃない? なのに、この部屋はいつだって綺麗に保たれてる。いくらデイヴィッドの遺言だからって、あまりに守りすぎてる。だから私、考えたのよ。きっと、足りなかったんだろうって。その上で、引きずり落とされないようにするためには、この部屋が必要だったんだと思ったの。
ピアニー家のパーティーに出席することの意味が、一つや二つじゃなく、さらにたくさんあってもいい。この部屋があるからこそ、この家を擁護する必要のある人も多かった。そうじゃない?」
「・・・・ソフィア様」
「友情の証、資金調達におべっかに恋愛。政治の話にスパイに密談。特に恋愛は・・・人目を偲ぶ情事に、一夜限りの恋、とても人気があったわ。この部屋は、本当によく使われていたわね。なんでなのかわからなかったけど、メリットは計り知れなかったのでしょう」
私が言うと、デイジーは力なく肩を落とした。
「・・・知っておいでなのですね」
「ええ、私、鏡の中から全てが見えるのよ。そして、ここは私の部屋で、メインの鏡があったんだもの」
私はデイジーをしっかりと見た。
「この部屋は、用途も問わず存在も知らされずに、使うことのできる、唯一の”秘密の部屋”だったのね。伝聞だけで伝えられる、本当に使っていいのかわからないような部屋。でも、彼らはこう言うだけでよかった。ーー『伝説の鏡の部屋を見学したい』」
びくりとしたデイジーに、私はなるべく優しく微笑んだ。
「どう? 合っている?」
デイジーはガバリと音を立てるように、頭を下げた。
「申し訳ございません!」
「あら。どうして謝るの?」
「ソフィア様の部屋を、まるで貸し部屋のように使って・・・」
私は首を振った。
「謝る必要はないわ。私がいるかどうかなんて、怪しいものだったでしょう。私だって帰ってこられるなんて思わなかったもの。鏡を通して知っていたとしても、戻ってくるかもしれないと準備していても、それはただの儀式で、本心からそう思っていた当主はどれだけいたかしら? それなのに、まっさらな状態で維持するなんて、相当に酔狂よね。特に、使用人達が。何かに使いそうじゃない? ま、使っていたわけだけど」
私は笑ったが、デイジーは笑わなかった。
「一つだけ教えてあげる。最初に使ったのはね、何を隠そう、若くて聡明な王女様だったのよ。ピアニー家のパーティーでだけ、会うことのできたお相手がいらっしゃったの。ああ、ずっと昔の方だけど・・・でもそれで、この家が助かってきたのは確かよ」
私は納得するように頷いた。
「たった百年だもの。急激に伸びてきた貴族が潰されなかった理由は、ここにあったのよ。それでも、この部屋は、私の部屋だわ。もう使うことはできないと、連絡はしてあるの? 誰がするの? ルイス様はどうしてらしたの?」
若すぎるノアにそんな整理をさせるのは得策じゃない。どうにか決着するためにも、私はなるべく早く動かなくては。
「・・・旦那様は知りません。知っていたとしても、関与はしておりませんでした」
「知らない?」
「・・・ソフィア様の侍女でした、ずっと、侍女の役割でした。・・・いつの間にか、そうなったと聞いています。この部屋のスケジュール管理は、ソフィア様の侍女がするのだと・・・決まっていたんです」
デイジーは身を震わせ、勇気を奮い立たせるように自分の手をぎゅっとつかんだ。
「ソフィア様。何代もの間、ずっと秘密にされてきた、使用人達の秘密です。ご一家は知りません、・・・おそらく。察しのいい方は知っておられたようですが、ルイス様については存じません。それを言うなら、この部屋の管理に関しては、私とヘンリーさん以外は知りませんよ。他の方にも何か役割があるようですが、私も知りません」
「まぁ・・・ということは・・・あなたはこの部屋の手配だけで、その他のことは知らない、と?」
「はい。私だけが、どなたがやってくるのか知っています」
「そうなのね」
「でも、いつ来るのかは知りません。それは、別の者がやっていました」
「なるほど・・・万が一、バレないように分業だったのね」
「私が任されたのは、このお部屋の管理だけです。エリザベス様の侍女だった彼女たちはきっと、別の秘密を担っていたんだと思います」
私は深くため息をついた。
「大した結束力ね・・・それぞれが秘密裏に動いて、穴を埋めて、・・・それをあなたたちは、自分のために使わず、誰を脅すことも当主に告げることも何もしないで・・・誰にでもできることじゃないわ。そういうあなた達だから、私のことも、すぐに受け入れられたのね」
デイジーは俯いた。
「・・・私ははじめ、そのようなことはしたくありませんでした。こんな役、誰も、・・・エリザベス様につけば、いらないのにと思いました。でもヘンリーさんには必要だからと言われて、・・・旦那様も知らないのにこんなことを許して、そしてそれが旦那様の利益につながるなど、私には許し難いことでした。でも、職を失いたくないがために、それを続けてきたのは私です。給料が破格で、それだけで魅力的でした。私を解雇いたしますか?」
私は驚いて駆け寄り、デイジーの手をつかんだ。
「まさか! するはずないわ。脅すようになってしまって申し訳なかったわ。どう切り出していいのかわからなくて、・・・あなたを怖がらせてしまったかもしれないわね」
デイジーが首を横に振った。
「解雇されて当然のことだと思っているのです」
「いいえ。今回、私はあなたがいてくれてとても嬉しかったの。私はずっと、奥様やお嬢様の侍女の誰かが、ちょっと頼まれていたのだと思ってたんだもの。でも今回違うってわかった。ずっとずっと、歴代、いもしない”ご令嬢”のために、無駄金を使って、侍女を雇う・・・さっきは、なんて無駄遣いなのって思ったけれど、・・・本当はね、すごく嬉しかったのよ。だってあなたは、一番に私のことを教えられ、趣味や食事の好みも覚えさせられ、私がいたとしたらこうするだろう、と教えられてきたのでしょう? 気まぐれや余計な仕事ではなく。そして、それは伝えられ、今、あなたの前に私がいる」
私は両手を広げて笑った。
「どう? 馬鹿みたいに、私は教えられた通りでしょう? デイヴィッドも信じられないわよね。私の趣味を調べ尽くしたり伝達したり。服の好みなんて変わるってば」
私の言葉に、デイジーは目を丸くした。
「・・・変わられたんですか?」
「残念ながらほとんど変わってないわよ!」
私が言うと、デイジーはクックックと笑い始め、ついに、お腹を抱えて笑いだした。失礼しちゃう。