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鏡の中  作者: 霞合 りの
第三章
24/154

24 ”私の部屋”

 侍女は、かつて暮らしていた女性の数にしてみれば、少なかった。


たった三人。


裕福な伯爵家には少ない。・・・考えなくても理由はわかった。おそらく、伯爵夫人の侍女はいない。そしてもちろん、エリザベスについていった侍女とジェシカのナニーもいない。それが、思い出深い家には戻って来たくないだけなのか、もういないのかはわからなかった。


今いるのは、エリザベスの侍女、ヴェルヴェーヌと、私の侍女、デイジーと、もう一人だけ。すでに二人と挨拶をした私は、もう一人に顔を向けた。彼女はすぐに頭を下げた。


「ジュニエーと申します。ハウスキーパーをしておりますが、以前はエリザベス様の侍女を務めておりましたので、・・・ソフィア様のお役に立てればと、今はこちらに」


うん、覚えてる。二年前、急に|ハウスキーパー(メイド頭)に目覚めて、直談判と勉強と訓練とで、ハウスキーパーになったのだ。


「どうもありがとう。よろしくね、ジュニエー。そうね・・・仮に私が女主人を気取るとなれば、私と家のことを話す必要もあるでしょうしね」


静かに頷くジュニエーは真面目な表情で、信頼ができそうだった。エリザベスも、彼女ならとハウスキパーになるのを許したのだろう。


「・・・私はね、あなたたたちを含めて、みんなのことを知りたいわ。でも一番知りたいのはエリザベスのことよ。ジェシカのことも知りたいけれど、」


「わ、私が」


デイジーが言った。


「私、ジェシカ様が侍女に慣れるようにって、時々お相手をさせていただきました。ナニーとも仲良くしてましたので、お役に立てるかと思います」

「・・・まぁ、デイジー」


「ソフィア様がいらっしゃらなかったので、私は、基本はエリザベス様について、時々、ジェシカ様に。とても勉強になりました。とてもお可愛らしい方で・・・、ああ、ソフィア様にもお会いになっていただきたかったです!」

「ええ、私も・・・会いたかったわ」


私は微笑んだ。デイジーのような子が侍女なんて、ありがたい。ルイスに感謝してもしきれない。


 そうやって一通り挨拶を終えると、私は深く息を吸った。


「それでね、皆さんに、お願いがあるの。いいかしら?」

「はい、何なりと」


神妙な顔で頷いてはくれたが、これから言うことを受け入れてもらえるかどうか、わからない。私にとっては大切なことだが、彼女たちにとっては、踏み入られたくないものかもしれないからだ。


「その・・・リズやジェシカ、みんなの部屋を、あの、見てみたいの。いいかしら」

「・・・部屋を? 見る? だけですか?」

「もちろん、変に動かしたりしないわ。でも少し触ったり、・・・見てみたりしても、いい?」


沈黙が訪れた。彼女たちはそれぞれに顔を見合わせ、困った顔をしている。


ダメだったか。


私は慌てて間に入った。


「あ、いいの、いいの。ご主人様たちの部屋だもの、私なんかが踏み入ってほしくないってことはわかるから・・・先祖だの伝説だのって、どうでもいいわよね、うん、わかってるから、・・・」


ヴェルヴェーヌが一歩前に出た。


「いいえ、違うんです。私たち、戻ってきてから、お部屋に入ることができないのです。整理は別の使用人達にお願いしました。・・・受け止める勇気がなくて」


「ですから、ぜひご一緒に、入っていただけるなら」

「私たちからもお願いしようかと思っていたところで」


「・・・いいの?」

「もちろん、もちろんですとも」


侍女たちの微笑みが、私に優しくむいていた。




 エリザベスの部屋は装飾的ではあったけれど、配置がよく、とてもセンスが良かった。鏡の中からみてはいたけれど、やはりこの部屋も、雰囲気はだいぶ違う。私はずっと、彼女の恋を応援していたから、彼女の部屋は良く覗いていたのだ。


「もっと、乙女な感じかと思ってたけど、意外と・・・」


違う。最近変わったんだ。その理由を私は知っている。


 クローゼットに手を伸ばしながら、ふと姿見が目に入った。ゆっくりとそちらに歩き、鏡の前で足を止める。

「赤いドレス・・・」


エリザベスは一時期、赤い、特にワインレッド色のドレスを着ては鏡の前でポーズを取っていた。一番可愛い笑顔を探して。それがいつの間にか、曇って、そして、いつの間にか、ドレスの色はピンクになっていた。そのあたりだ、部屋の装飾が変わったのは。


「ピンクは、アーロンの趣味ね。赤はリアンの趣味」


私がつぶやくと、侍女たちが息をのんだ。


「ええ、・・・ええ、そうです。ご存知だったんですか」

「今、気がついたの。エリザベスは二年前まで、彼女の特別な時には赤い服を着てたわ。でもある日、意を決したような表情で、ピンクの服を着て鏡の前に立ってたの。それから、表情もすごく良くなって、とっても幸せそうだった」


今思えば、それは初恋を断ち切って、新しい恋をする勇気を振り絞った時だったのだ。


「実を言いますと、私は、そのリズ様を見て、一念発起したのです」


ジュニエーが言った。


「もうリズ様は大丈夫だと。そして、私には他にやりたいことがあると。・・・リズ様は、快く許してくださしました」

「そうだったのね・・・」


私はそのやりとりを知らないが、円満だったのは知っている。


「仲よかったものね」


私が言うと、三人はしゅんとしてしまった。


「あ、あぁ、ごめんなさい。そんなつもりは・・・」

「いえいえ、申し訳ございません。気を使わせてしまって」


「いいのよ。私にもっと教えていただけると嬉しいわ。あなたたちのことももちろんだけど、リズやジェシカのことも、ルイス達のことも。そして、もちろん、ノアのこともよ。ノアに関しては、たくさん教えていただかなくてはね」


私が笑顔で言うと、目を赤くした侍女達は、揃って頷いた。


そしてあまりに感情が高ぶりすぎた私たちは、見学を終わりにして、私は部屋に戻ることになったのだった。



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