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鏡の中  作者: 霞合 りの
第三章
23/154

23 家に戻る

時間が空いてしまったので、これまでの簡単なあらすじなど。


公爵令息リアンのおかげで、約百年ぶりに鏡の中から出てきたソフィアは、彼の案内で、子孫である伯爵令息ノア、王太子殿下アンソニーと会った。その後、リアンの生家、公爵家に身を寄せることになり、訪ねてきたアンソニーから改まった歓待の言葉と、ニコラスからの手紙をもらう。それでも実感の乏しかったソフィアだが、リアンと森へ行った時、生きていることを実感するのであった。




 ついにピアニー家へ戻る日がやってきた。


 アンソニーの訪問後、しばらくの間、私はマガレイト公爵邸の書庫や図書室にこもり、過去の文献や歴史書、そして私の裁判時の調書を読み漁った。裁判の調書は原本ではなく、写しだったが、それでも十分だった。そのうちいつか、原本を見たいとは思うけれど、問題はない。


それより、リアンが教えてくれたことより多くの情報はなく、この百年で、私がどうやって伝説になったのかがわかっただけだった。


 ノアの状況は一向に良くならず、私はどうしてもお見舞いに行くことができなかった。あのデイヴィッドに似た、憔悴しきったノアを見たら心が折れてしまいそうだったからだ。


ノアがいなくなってしまったら、どうすればいいのか、また一から考え直さねばならないし、そんなことを考えるのも嫌だった。私が帰ってきた意味がなくなってしまいそうだから。


 しかし、そんな不安も、焦燥も、この時ばかりはと、すべて吹き飛ぶことがやってきた。


私がリアンの家に身を寄せてから数週間後、ようやく戻ってきたピアニー家の使用人たちが揃い、私とリアンが住む条件が整ったと連絡が来たのだ。


私は、ピアニー家へ戻るのだ。


生まれた家、見守った家。ずっと住んでいたのに、まるで住んだことのない家に。



 そうして馬車は再び、ピアニー家のお屋敷に向かっていた。


「会うのね」


私は両手を胸の前で組んで息を整えた。


「・・・そんなに緊張しなくても」

「しないでいられないわよ。使用人たちがみんな戻ってきているんでしょう? 私の紹介をするんでしょう? 緊張しない人間がいますか」


「それを希望したのはソフィアでしょう」

「そうだけどっ でも緊張はするのよ。当たり前でしょ。みんな、受け入れてくれるのかしら?」


あまりにも心配そうな声を出す私に、リアンは軽く笑った。


「・・・この屋敷に縁を持つものは、”ソフィア”の名前は有名ですからね・・・使用人達も心得ているんじゃないでしょうか」

「うー、緊張する」


 ついに馬車が止まり、私は屋敷の敷地に足を踏み入れた。緊張する一歩一歩を、リアンが促してくれた。


「大丈夫ですよ、ソフィア。きっと、大丈夫」


耳元で囁いてくれる言葉は、非常にありがたく、心強い。私は息を吸って、屋敷の建物の中に入った。



 使用人達が一様に並んでいる。圧巻だ。総勢二十人程度、覚えられないことはない。なんにしろ、私は鏡の中から見ていたのだから。知っているけれど知らない顔。不安と期待に顔が揺れている。


 リアンが使用人たちを眺めながら、にこりと微笑んで、一歩前に出た。


「皆さん、本日は復帰してくれたことに礼を言う。ありがとう。こちらの事情で翻弄させてしまってすまなかった。もう心配することもないから、安心してよろしい。ノアの代わりに父が、その代理として、僕がここの管理を暫定的にする。しばらくはね。落ち着いたら、彼女に任せようと思う。ソフィア、前へ」


リアンの声に押されて私は前に出て、軽くドレスの裾を持ち上げ、丁寧に礼をした。


身についた癖というのは恐ろしいものだ。実質百年していないのに、なんの違和感もなく、使用人用の、慇懃でたおやかで尊敬されるような動きができた。


それにも驚いたが、私はリアンにも驚いていた。自分ではなく兄のアーロンが生き残るべきだったとこぼしていたように、自信がないのかと思っていた。いや、きっとないのだろう。


でも、リアンは堂々と、よく通る声で私の説明をしている。ソフィアはあの伝説の方である云々。もうずっと跡取りとして過ごしてきたような、そんな威厳のある声をしていた。あの言葉はなんだったのかと問い詰めたくなるほどに。


会ってからこのかた、自信なさそうだったり、甘やかだったり、弱々しかったりと、ついぞこんな姿は見たことがなかった。私が守ってあげなくてはならないと思っていたけれど、その必要はきっと、ないのだろう。


 リアンが話し終わっても、人々は動かなかった。信じられるような、られないような、そんな顔をしている。


だよね。わかる。


しかし、さすが心得たもの、立派なジャケットのおじさまが一歩前に出て、きっちりと礼をした。リアンが若干、ホッとしたように頷き、私に耳打ちした。


「彼が執事のヘンリーだよ」

「執事のヘンリーでございます。私の代でソフィア様をお迎えできるとは、大変に栄誉なことでございます。何なりとお申し付けくださいませ」


執事が認めた、ということは、私はこの家ではソフィアと認められたということだ。私はホッとしてリアンを見た。リアンも力強く頷く。


「家のことを取り仕切ってくれている。頼りになる執事だよ」

「ええ、わかったわ」


ソフィアが頷いた時だった。


「ヒッ・・・え、エリザベス様・・・!」

「違うわ、違うわよ!」

「だって、声まで似て・・・」


ひそひそと幽霊を見るような目で私を見る。覚悟はしていたけどやっぱり辛い。平気なふりをするのも。リアンが口を開こうとしたその時、誰かがつぶやいた。


「・・・ソフィア様?」


一斉に、視線がそちらへ向かった。若い、小さくて可愛らしい女の子だ。私の部屋でよく見かけていた気がする。あまりにみんなの視線が集中したので、失言をしたと青くなっていた。


「ああ、デイジー、そこにいたんだね」


リアンが安心させるように、ニコリと微笑んだ。


「よかった。ソフィアの部屋の侍女をしてもらっていた甲斐があった」

「まぁ」


私は目を丸くした。


よく見かけていた女の子は、なんと私のための侍女だったのだ。エリザベスの侍女が私の侍女を、戯れに兼任しているわけではなく。


「・・・ソフィア様なのですね! ・・・本当に、私のご主人様が・・・」


デイジーが言いながら、歩み寄ってきて、私の前で立ち止まった。涙ぐんでいる。心なしか、足元がおぼつかない。緊張しすぎているのかもしれない。


「まぁ、デイジー・・・」


すると、さっきまでデイジーの隣にいた侍女たちがやってきて、デイジーを支えた。そして、私に顔を向け、頭を下げた。


「ソフィア様、あの、私たち・・・」


やってきた彼女たちに、私はなんとなく見覚えがあった。


「いいのよ。エリザベスの侍女よね? ごめんなさいね、私しかいなくて・・・」

「私、リズ様の侍女のヴェルヴェーヌと申します。・・・あの、どうかそんなことおっしゃらないでくださいませ。・・・私たち、その、どうしていいか、わからなくて・・・どうか追い返したりしないでください」

「私にはそんな権限はないから気にしないで。きっと、リアンがいいようにしてくださるわ」


私がリアンに振り向くと、リアンは心得たようににこりと微笑んだ。紳士然とした美しい笑顔に、侍女たちの頬がポッと赤くなる。


あらあら。あらあら。モテないと言ってたのはどこの誰かしら。


私は思いながら、にこりと笑顔を返した。リアンが嬉しそうに頷く。私は使用人みんなに顔を向けた。そして、なるべくはっきりとした声で、堂々と告げた。


「初めてお目にかかります、私、ソフィア・アレクス・ピアニーと申します。皆様には晴天の霹靂と申しますか、夢物語だったと思いますが、こうして鏡の中から舞い戻ってまいりました。百年前のことはわかっても、今の勝手はわかりません。いろいろ教えていただけると助かります。”伝説の令嬢”などと呼ばれているようですが、私にとってはどうでもいいことです。なるべく普通の令嬢として扱っていただけたらと存じますわ。よろしくお願いしますね」


シン、と小さな沈黙が訪れたが、次の瞬間、使用人たちの背筋がピンと伸び、私に恭しくお辞儀をした。全員だ。すぐそばにいたデイジーも神妙な顔でお辞儀をしている。私がデイジーの腕に優しく手をかけた。


「デイジー。顔を上げて。・・・みんな、顔を上げて。かしこまらなくていいわ。私が戻ってきたことを、謝らないとならないかもしれないけれど・・・そうならないように、頑張るわね」

「そんなこと、ございません! 私達一同、本当に・・・この家に仕えることを・・・誇りに思って・・・」


肩を震わせるデイジーに私は微笑んだ。


「ええ、ありがとう。みなさんが良い方なのはわかってるわ。鏡の中から見てきたもの。ノアには一度しか会ったことがないけれど、私は彼に会えるのをとても楽しみにしています。ノアが帰ってくるときのために、お屋敷を綺麗にして、明るい雰囲気を保ちましょう」

「はい!」


使用人達が一斉に返事をする。


おお、快感。すごいすごい。


私が感激していると、リアンが私のそばに来て耳打ちした。


「素晴らしいご対応でした」

「いいえ。リアンのおかげよ。リアンが連れてきたから、私はこうして受け入れてもらったの。だってみんな、リアンをとっても信じてるもの」

「ありがとうございます」


軽くお辞儀をすると、リアンはさっと使用人の方を向き、当主代理の顔つきになった。


「さぁ、みんな。いつものように準備と片付けをしておくれ。侍女の方々は・・・ソフィア、お願いできますか?」

「ええ、みなさんと一緒にお話するわ。お願いしたいこともあるし」


私が頷くと、リアンも頷き、私たちはそれぞれ、自分にできることを始めた。



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