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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二章
20/154

20 悲恋と王妃と友情と

「私のこと、知らないのに?」

「言ったでしょう。調べたんですよ。はじめはアンソニーの影響でした。僕も似てましたから、興味深くて。それで、調べるうちに、あなたのことが気になって」


ニコラス王よりも、と小さくリアンが呟いた言葉は、私に聞こえなかった。


「私が鏡の中に入った経緯も?」

「ええ。裁判の記録も読みました」

「裁判? 裁判ですって?」

「そうですよ。デイヴィッド様が記憶を取り戻してから、調べまわったんです。昔のことでしたけれど、あの鏡は有名だったようで、割とすぐにわかったそうです」


なんてことだ。調べる前に知りたかったことがわかりそうだ。


「・・・誰だったの、鏡に呪いをかけたのは」

「知らない方だと思います。ホーソーン伯爵家、長女のカタリーナと言う方です」

「カタリーナ・ホーソーン?」


私は思わずつぶやいた。


誰だっただろう。でも私はきっと、知っている。聞き覚えがある気がする。


「司書に・・・いたわ」


「ええ、その通りです」


リアンが驚いたように目を見張った。


それなら覚えがあるのは当然だ。学園の図書室で、私はニコラスとその友達と側近たちと、毎日のように勉強していた。その図書室のカウンターの向こうに、彼女はいた。


「言ったでしょ。百年前は私の昨日よ。肩までのストレートのブロンドで、可愛らしいお顔の、真面目なお方だったと・・・思うのだけれど」

「そうですね。概ねそのようです」


リアンは頷いた。


「僕も、正式な調書をもう一度見ないと思い出せませんが、図書室であなたと討論をする王太子に憧れていたそうです。本を調べたり窓口で相談したり、そういったことから、距離が縮まって、愛するようになったとのことでした」

「それがどうして?」


「身分違いとはいえね、どちらも伯爵家ですから。自分が選ばれないのはなぜだと思ったようです。あなたは当時、美しく聡明でありましたが、学園の仲間内では少しお嬢様っぽくはなかったようですからね。あなたよりも自分は王太子にふさわしい、王太子が自分に向けてくれる笑顔の方が心がこもっている、あなたが王太子をたぶらかしているのだ、もしくは政治的な理由で結婚せねばならないのだと自分を説得してみたものの、あなたが全然わかっていなかったのと、王太子の熱意がありすぎたことでしょうかね、あなたがいなくなればいいのだと、思うようになったそうです」


なるほど。・・・調書を見なくたって、充分よく覚えているじゃないの。


「違法の魔法を使い、人を呪ったこと、あなたが戻ってこないこと、その方法を知らないこと、異国の鏡で短時間では調べきれないこと。そういうこともあって、罪は重かったです。王太子があなたにプロポーズしたと言う証言がありますから、その政治的な理由もあったようです。伯爵は彼女が何をしたか知りませんでしたが、それを監視しきれなかったとして、罪に問われました。爵位は取り上げ、ホーソーン家は廃絶しています」


「厳し・・・」

「仕方ありません。当時のニコラス様、王太子の落胆は酷いものでしたし、当時はあとを追うんじゃないかと言われるくらいでした。悲劇のロマンスとして、劇になったり小説が出たり、世間を騒がせたようですよ」

「うわぁ・・・」


そりゃ伝説にもなるわ。劇ですって? 信じられない。でもそういえば、そんなチラシを・・・


私は思い出していた。そうだ。


「・・・”鏡の中”」


「そうです。それが劇の題名です。話のバージョンが幾つかあって、大まかに、呪いを解く方法を見つけてハッピーエンドになるものと、見つけられず、旅の途中で死に至るようなバッドエンドものがあって、その二つが主流でしたが、見つけられないまま、幸せな思い出として、次の王妃を見つけるぞ、といったような、希望を持った終わり方のものが、最終的には人気だったようです。実際に、そうでしたから」


「ああ、メアリ?」

「はい。先ほどソフィアが言ったように、メアリ王妃が落ち込んでいたニコラス王を賢王までに引き上げた方だそうです。だから、メアリ王妃はとても人気がありました。あれだけ伝説になったソフィア様のことも、大事になさっていたようですし」

「ああ」


メアリはそういう子だ。とても優しくて、自分のことより人のことを大切にする。それですら、自分を保つことで成り立つことだと、自己鍛錬も怠らなかった。私には何一つなかった・・・メアリでよかった、本当に。


「会ってお話ししたいとよくおっしゃっていたそうです」

「そうね。・・・刺繍のひっかけについて教えてもらっていた途中だったんだわ」

「刺繍ですか」


「あと、馬の練習をさせてもらえるはずだったの」


急に話が変わり、リアンが目をパチクリとさせた。


「馬?」

「うちはお金がなかったって知ってるでしょう。当時は馬も余分な頭数がなくて、私のはなかったの。でも乗りたくて。森が好きだったから、馬に乗れれば一気にいけるなぁって。その話をメアリにしたら、それなら、領地に遊びに来れば、教えてくれる人を手配するから、練習して一緒に乗りましょうって、言ってくれたんだわ・・・」


話しながら、私はだんだんと悲しくなってきた。思い出せないけれど、こうして果たせなかった約束が、もっときっとたくさんあるんだろう。メアリのあの優しい笑顔をもう一度見たい。メアリは私のことを貧乏だとバカにすることなく、いつだって、一緒に楽しんでくれたのだ。もっともっと、ありがとうって言えばよかった。


「・・・もう、会えないのね・・・」


ニコラスの時でさえ、落ち込む素振りもなかった私に、リアンは驚いて慌ててハンカチを出してきた。私がきょとんとしていると、そのハンカチでおずおずと頬を撫でる。冷たいものがスッと消えていった。


「私、泣いていた?」

「ええ。とても良いお友達だったんですね。きっとニコラス王より仲がよかったのでしょう」

「そうね」


私が嬉しくて笑うと、リアンは一瞬動きを止めた。


「リアン?」

「あ、ええ、あの、・・・それなら、このあと、遠乗りに行きましょうか」

「遠乗り? 行けるの?」


「ええ。僕の馬は男性二人を乗せても問題ないくらい、大きく丈夫です。僕があなたを抱えれば、安定もしてすぐに森に着くでしょう」

「森・・・」


抱えてもらうのは気がひけるが、森に行けるのはとても嬉しい。


「トーヴェの森ね?」

「はい、そうです」

「行きたいわ。お願いしてもいい?」

「もちろんです」


リアンがニコリと微笑んだ。


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