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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二章
18/154

18 古き友からの手紙

「わたくしが怒り出すかと思いまして?」

「いえ、・・・いえ、そんなことは決して。ですが、うまく伝えられるかはわかりませんでしたので」

「伝わらないなんてこと、ありえないわ。大事な友達の大事な子供達だもの。わたくしにとっても子供みたいなものだもの」


「私がですか」

「ええ、あなたたちみんな」

「僕も?」

「もちろんよ。変ね。保護者なのに、子供なんて」


言いながら、私は頭がふらつくのを感じた。


おとなしくソファへ座ると、二人が心配そうな顔で私を見た。


「・・・大丈夫ですか? お体の具合が?」

「ええ、ありがとう。大丈夫よ。少し疲れたみたい」

「ああ、私はもう帰りましょう。突然来てしまって申し訳ありませんでした、ソフィア様。お会いいただけて感謝いたします。屋敷の方の使用人たちの手配は、リアンがしておりますから、ご安心なさってください」

「なんでアンソニーが言うんだ」


リアンが不満顔で口を挟むと、アンソニーはさらに不満げにリアンに向いた。


「手続きのサインを急がせたのはお前だろう。おかげで私たちの仕事が倍になったんだぞ」

「あなたの仕事です。僕の知ったことではありません」

「私たちはソフィア様が快適に過ごせるように配慮したいことがたくさんあるっていうのに、お前は全然いらないっていうんだから」

「いりません。シンプルでいいんです。部屋はあるのだし、ノアのためにも早い方がいいのだから」


リアンは不機嫌だ。それを無視し、アンソニーは輝く笑顔を私に向けた。


「そんなわけですから、この家で少々お待ちくださいね。ノアのケアもお任せください」


私が来たせいで、もしくはおかげで、ノアの看護や警備が強固になるのなら、それはそれで、私の帰ってきた意味があるというものだ。ノアが回復するまでは、せいぜい、この世界にとどまれるといい。なんだったら、私の残りの命をノアが使ったっていい。私はここにいるはずのない、死に損ないみたいなものなんだから。


「まずは、ご自分のお屋敷の方で、ゆっくり生活の基盤をお作りください。まだ帰ってきたばかりなのですから」


優雅に立ち上がり、アンソニーは部屋を去りかけ、ふと気がついたように振り向いた。


「ああ、そうでした。こちらに、あなた様宛のお手紙が入っております。私どもは誰も読んでおりません。ニコラス様から、ソフィア様宛のものです」


手渡されたそれを、私は恐る恐る見つめた。


王族の印の押された、上質な、そして、古い紙。じっと見つめれば、見慣れたような文字が踊る。


私の名前だ。そして、ニコラスの文字。王族が使っていた特殊な青の色のインク。古くて、新しい。初めての手紙。


リアンがじっと見守る中、アンソニーは私に深々とお辞儀をすると、今度こそ本当に、部屋を去っていった。


「あらまぁ・・・」


とても不思議だ。


私はゆっくりと封筒を開き、手紙を開けた。見慣れた文字が丁寧に書かれていた。知っているよりずっと大人びてはいたが、文字の癖は変わらない。


”親愛なるソフィア嬢


この手紙を手に取るのはいつだろうか。

僕の罪を許してくれるだろうか。

あの時は、ほんのいたずらだったんだ。

楽しんでくれると思った。

本が恋人というあなただから、僕はただ、面白がって、興味を持ってくれると思った。

僕と、王宮と、王妃という立場に。

あなたが一緒なら、楽しいだろうと思ったんだ。

そして、それだけの魅力を、僕は持ってみせると思っていた。

でも、あんなところで、みんなの前で、言うべきじゃなかったんだろう。

デイヴィッドに後から怒られたんだ。

そして、とんでもない事態を招いてしまった。

デイヴィッドは正しかった。

さらに僕は、デイヴィッドを窮地に追いやってしまった。

本当に、ひどいことをしてしまったと思う。

自分の立場をわかっていなかった。

僕自身が狙われることもあったというのに。

あなたがいつも飄々としていて、それに憧れていたから。

それに甘えてしまっていたから。

デイヴィッドがあなたを忘れてしまったのをいいことに、僕は自分の罪を隠した。

デイヴィッドにも申し訳ないと思っている。

もう一度会えたなら、あんな風にいたずらではなく、ちゃんと求婚したかった。

まだ十五歳の僕であれたなら。

十六歳であるあなたへ。

でももう、それもできない。

あんな風に、議論を交わすことも、親しく話すこともできない。

それさえあれば、なんとでもなったのに。

今また、十六歳のままで、誰かと出会えているなら、こんなに嬉しいことはない。

ソフィアがソフィアらしく生きていって欲しいと思う。

僕がその場所を提供できなくて残念だ。

でも、できる限り、整えさせて欲しいと思う。


あなたはたくさんのことを教えてくれた。

僕は自分の罪を背負って死んでいく。

でも、ソフィア、あなたを想っていくのを許してください。


永遠のあなたの友 ニコラス”


「やぁね、別に悪いことなんてしてないじゃないの」


私は思わず呟いた。


こんなに後悔してたなんて、知らなかった。私を想うなんて、きっと、後悔を引きずっていただけに過ぎないだろう。悪いのはニコラスではなく、私を鏡に閉じ込めた人物だ。そう、私の恨みは、友達同士の他愛ないやりとりに似ていた。まったくもう、と腹を立てて、ごめんごめんと笑う、そういう類の。ただそれだけで良かったはずだ。


「私の方こそ、・・・恨んじゃって悪かったわ」


答え合わせ。


もしあの時、私がそのまま生きていたら、その後、ニコラスを問いただして、真実を知るだろうか。私はそれを受けるだろうか? 


答えはわからない。でも間違いなく、あの時点では、私はニコラスを愛してはいなかったし、書庫係になれなくて落胆しただろう。そして、そんな私を、ニコラスは説得しただろう。何年もかけたら、それは叶ったかもしれない。


でもあの時は違うし、つまり、今の私はその時のままだから、絶対に違う。第一、この手紙を書いたのは、もっとずっと後になって、思慮深くなって賢王とか呼ばれるようになって成功してからのニコラスだ。私が素敵だと感動するのも当然だ。少年の気持ちに戻って、私に語りかけてくれるロマンチスト。いい老人になったのだ。


「同じ人でもこんなに変わるのね」


リアンが選んでくれたドレスにいつの間にかシミができていた。心配そうなリアンの瞳が、揺れていた。リアンの手が私の頬に触れ、冷たい何かを拭き取った。


「大丈夫ですか」

「ええ。ありがとう、リアン。アンソニー様にお礼を言わなくてはね。こんな貴重なお手紙、最後に渡してくるなんて、なんて人かしら。ニコラスは、本当に、思慮深くなったのね・・・賢王だなんて、思いもよらなかったもの」



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