17 私の知らない友の顔
私がニコラスのプロポーズのエピソードを語ると、アンソニーはさらに興味深そうに私を見た。
もうこれ、研究対象というか、ウォッチング対象というか、面白いおもちゃだよね、扱いが。せめて人になれるといいのだけれど。
「ニコラス王はそういうところ、ありそうですよね」
「そうなの? ただの泣き虫だと思ってたわ」
「いえいえ、これが結構策略家でして、冷静沈着に物事を進めることに長けているのです。それが先を見据え、この国に安定と繁栄をもたらした賢王と名高」
「だからと言って、私を騙し打ちしていいわけではありませんわ」
アンソニーの長くなりそうな説明をぶった切って私がぼやくと、リアンが事も無げに答えた。
「それは、あなたに人気があったからでしょう」
「わたくし?」
「はい。当時、なぜ、ニコラス王がそんなにも早く、あなたを迎えに行こうと思ったとお考えになられますか? 理解しているとは言い難いあなたを、家族だけ先に説得して、騙し討ちのように連れて行くつもりだったんだと考えられますが、どうしてだと?」
「・・・なぜ?」
やばい。びっくりするほどわからない。
ニコラスが経験不足で突っ走っただけではないの? あとは、つまり、考えられるのは、私が仕事を始めてしまう前にと焦ったとか?
「あなたが美しく、頭脳明晰で、それでいてでしゃばることなく礼儀正しくあったからです。ですから、非常に人気があって、あなたを妻にと望んだ方が多かったんですよ。身分は伯爵でしたが、それこそ、身分の高い方が所望することには何らおかしいことはなかったでしょう。何しろ、それだけ美しく賢いのですから」
リアンが力説し、アンソニーがおかしさを隠しきれずニヤニヤとしており、ブルータスは表情なくお茶を淹れている。
何と。私がモテていた。
それこそニコラスとデイヴィッドの勝手な妄想なんじゃないの? と私は言いかけて、リアンの真剣な目に口を閉じた。
この様子は、信じているのではなく、かつて、きっとそうだったのだ。リアンは、他家の子孫から、その話を聞いてきているのだろう。ありがちな『僕の家の祖先もピアニー家のソフィアという方をね』という昔話だ。
それが本当かどうかはわからないけれど、まことしやかに流れるご先祖の話はたくさんある。その中に、私のことが出てきてもおかしくはない。真偽はともかく。何しろ、伝説級の人物なのだから。
私には実感がなく、よくわからないけれど、当時の生活の中では、そうだったかもしれない。
それにしても、これだけ時代が下ってしまえば、そんなものは変わっていくものだ。結果、今の私には何の意味もない評価だ。当時知っていれば、・・・だとしても変わらなかったかも。逆に面倒に思ったかも。
もし求婚がどっさりとくるようなら、面倒だからと親の勧めるままに結婚相手を決めていそうに思う。とすれば、結局、その中で、一番に身分の高い相手を選ぶしかないだろう。そうなれば、必然的に、ニコラスになる。
「王妃になるなんてごめんだわね。鏡に吸い込まれてよかったのかしら」
私がつぶやくと、リアンは困ったような表情になった。
「・・・あなたにはお似合いだったと思いますけど」
「それでも、わたくしはいやよ。好きでもない男に嫁いだ挙句、なりたくもない王妃なんて。わたくしがニコラスを好きなら別だけど、そうではないんだし」
「やはり、好きな男性でないと結婚はしたくないですか」
「そうね。精神は庶民的なのよ、わたくし」
私は肩をすくめた。
どちらかというと、鏡に入る前は、何の感慨もなかった。でも百年もただ無為に過ごしていれば、ここへ来て、より楽しいを方を選びたくもなる。結婚なんて、今の私はしなくたっていいわけだし。
「どなたか、好きな方はいらしたんですか」
リアンが真面目な顔で聞いてきた。
「いないわ。勉強が好きだったの。ある意味、勉強が恋人っていうか、本が恋人っていうか」
「はぁ・・・」
「そういう意味では、人間だったら、誰でも一緒っていうかなんていうか」
あまりピンときていないリアンの表情が笑えるくらいに面白い。だから適齢期の結婚願望ある美少女設定やめておこうよ。違うんだから。私が理解してもらえず困っていると、アンソニーが快活に会話を引き取った。
「なら、私でも同じということですね。私も婚約すらしておりませんし、ソフィア様、結婚しますか?」
「王太子と? 将来は王妃になるのに? 嫌だなぁ・・・でも、リアンがいいといえばね、いたしますわ。仕方ありません」
「リアンが? なぜ?」
「今のわたくしのご主人は、リアンだからです」
「・・・雇われてるのですか?」
目を見開いているアンソニーを横目に見ながら、呆れた顔でリアンが否定した。
「僕は雇ってなどいませんよ。言いがかりはやめてください」
「もちろん、雇われてるわけではありませんわ。でも、わたくしを鏡から出してくれたのは、あくまでリアンですから。リアンが望まないことは、したくありません」
「・・・なるほど」
アンソニーは、ニコラスから離れれば、わりとまともそうだ。考えてみれば、初対面の時も、的確に話してくれた。
ただ、ニコラスだけが別枠なのだ。
リアンといい、ニコラスとは一体どういう人になっているのか・・・王宮に行って、その資料をひもといてみたい好奇心でいっぱいだ。
「ニコラス賢王のことが気になりますか」
アンソニーが、私の心を読んだようにニヤリと笑った。おそらく彼が考える意味とは違うが、大いに興味はある。だが、それ以上に私には気になっていることがあった。
「・・・ニコラスは、わたくしの友人と結婚したとか」
私が言うや否や、アンソニーは嬉々として立ち上がった。まさにガバリと音を立てそうなくらいな勢いで。
「そうです! よく聞いていただきました! メアリ様です、メアリ王妃様です! 素晴らしく美しい方で」
今度は私が驚く番だ。アンソニーの説明を遮って私は叫んだ。
「メアリ? ・・・メアリなの?!」
意外だ。
それでは私を鏡に閉じ込めた犯人は、王妃の座について何もすることはできなかったのだ。自分がその座につくこともなければ、自分の望んだ人をつけることもできなかった。
なぜなら、メアリは学校に来ていなかった。実を言うとニコラスにさほど興味もなかった。お茶会で何度か会ったことがあったけれど、それでも、彼女は他に決められていた人がいたはずだった。とても条件の良いお相手が。そして、メアリの実家も、野心家なわけではなく、満足している方たちだった。
「ああ。ソフィア様は我ら血族は私とリアンにしかお会いしていませんでしたね。父や弟、妹は、メアリ様によく似てらっしゃると評判で。もともと、メアリ様に似た子孫が多いのですが」
「まぁ、そうなの。メアリに似たほうがずっと良かったんじゃないかしら。あの子、とても美しかったわよね。榛色の瞳が深い色で、栗色の髪はさらりとなびいて淑女らしさが飛び抜けて印象深くて。本当に優しくて、貴族界隈では唯一、わたくしと仲良くしてくれてた親友だったわ」
「そうなのですか」
「考えてみれば、お似合いね。メアリはああ見えてすごくしっかりしていて、芯の強い子だったわ。わりとすぐにへたりがちだったニコラスとはいいコンビだったかも。王妃としてもきっと、立派にやり遂げたに違いないわ。きっと、賢王って呼ばれるようになったのも、メアリのおかげよ! わたくしよりずっと良かったじゃないの。メアリも幸せだったのかしら?」
私が嬉々として話していると、アンソニーは複雑そうな顔で頷いた。
私にしみじみして欲しかったのかもしれない。夢を壊してしまって申し訳ない。
「ええ、とても。そう記されておりますが」
「ああ、なら良かったわ。・・・その記録、わたくしも見せてもらえるかしら?」
「もちろんですとも、ソフィア様。しかるべき時に」
アンソニーがホッとしたように微笑んだ。とても嬉しそうだ。
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