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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二章
16/154

16 ニコラス・フリーク

「よくぞ現世へ参られました。歓迎いたします。ご挨拶がぞんざいになりましたこと、お詫びいたします。私のことは、ただ、アンソニーとお呼びください」


言うと、私の手を取り、そこへ軽く口付けた。そして、目を丸くしている私の顔を下から見上げる形で、アンソニーは王族らしい優雅さで私に詫びを入れてきた。


「父は今、王宮を離れることがなりませんので、こちらへ向かうことができず残念と申しておりました。近々、お招きさせていただく予定になっておりますので、是非お越しください。不自由なことがありましたら、何なりと、お申し付けください。また、リアンには特別報酬として」


「あ、いえ、あの、アンソニーでん、えーっと、アンソニー様、アンソニー様。ちょっと、ちょっとお待ちくださいませ」

「なんでしょう?」


にこやかな笑顔にさらに迫力が増した。


・・・これ、私を苛めて遊んでいるんだ。そうに違いない。嫌がらせだ。あの時、リアンが私をサリーと偽った嫌がらせだ。でも、私は悪くない。私に嫌がらせしなくたっていいじゃないか。


「おやめください、アンソニー様。わたくしは当時も今も、ただの中級貴族です。なんの権限もありはしません。わたくしをお迎えになる必要も、不自由を気にする必要も、全くありません。わたくしは不自由ではありませんし、そもそもニコラスとだってただの友人で、多くのことは知りませんし」


「・・・いいですねぇ、いいですねぇ! ニコラス王のことを、そんな風にお呼びだなんて・・・! いいなぁぁ、本物なんですねぇ!」


目をキラキラさせて、アンソニーはいきなり私の手に頬ずりをした。


「・・・え、何、」


「ソフィア様、私は常々思っていたんです、会ってお話を伺ってみたいと。ニコラス王のあのお言葉や行動が、あなたを想ってのことだという逸話をですね、読んでおりましてね、ええ、本当に、素晴らしい方だったんですけど、その結婚相手である王妃様も、ソフィア様のお友達だということじゃないですか? 美しく淑女として名高い方ですよ? その方々に大切にされて、自由に生きられていたソフィア様と会えるなんて、ほんともう、嬉しいといいますか、夢が叶ったといいますか、」


こわ。


髪の毛だったが、リアンにも頬ずりされたことはあるし、手にキスだってされた。驚きと困惑があるのは同じだ。でもあの時とは随分違っている。何が違うのかはわからないけれど。ふと見ると、ブルータスも困惑した表情をしている。リアンの時といい、こんな局面に立ち会わせるなんて、なんだかかわいそうな人だ。


アンソニーの最初の手への口付けが、王の代理として、誠意ある態度を示すという意味の、大いなる忠誠というのはわかる、会話の内容がそうだったから。かの賢王ニコラスの追い求めた女性に対し、失礼のないようにしただけだ。ただ、・・・その後の、今に至る手への頬ずりは、だいぶ違う。憧れのおもちゃを手にしたような、ファンがスターに出会えたような、猫がマタタビをもらったような、・・・私は餌か? 


「アンソニー!」

ドアが開いて、リアンが入ってきた。つかつかと近寄ってくるのを見て、アンソニーが慌てて私から手を離し、私から一番遠いソファに腰掛けた。


「や、やぁ、リアン」

「ブルータスがいないから、どこにいるかと思ったら、まったく・・・」


言いながら、リアンは私をそばのソファに座らせた。イラついた口調で乱暴になりそうなのに、手つきはひどく優しい。


「リアンは何をしてたんだい?」

「それはこちらのセリフです、アンソニー」


冷たい視線で見るリアンに、アンソニーは少しだけ我に返ったようで、しょんぼりと肩を落とす。


「だって、ニコラス王の話を聞きたかったんだ」

「僕がいても同じことだったと思いますが? 全く、ニコラス王のこととなると見境がないんだから・・・彼女は彼が王になったことも知らないっておっしゃってるのに、何を話させようとしてるんです」


「学校での様子とか、・・・あのニコラス王がしなかったら、未だに私たちは誰とも会わずに、国民たちとずれた価値観で帝王学を学んでいたかもしれないし、学びたい女子にも学校を開放することはなかったかもしれないし」


当時、学校と言っても、良家の女性にはいらないものだとされていた。学校に行くのは、良家の男子と、良家でありながら職業が必要な女子、そして、特別枠で、優秀な庶民の男子、それだけだった。


考えてみれば、すでに私に職業が必要であることはわかっていたはずなのに。それでも、あえて私に聞いたのだ、仕事をするのか、貴族の女性なのに、と。


その時までニコラスがピンとこなかったのも仕方がないだろう。おそらく彼にとって、学校にいる私たち女子生徒は、単に優秀だから学びに来たという存在だったのだ。結婚したいと言ってくる女性が数多いるのが当たり前のニコラスには、考えられなかったのだろう。私が王妃になりたいと思わないなどと。


いや、あの質問の文面からすれば理解できたのかも。最終的には。


「そりゃ、望まれればやらざるをえなかったでしょうけれどね?」


私は思わず口にしていた。二人が何の話だと目をパチクリとさせる。でも私の頭の中は止まらなかった。


鏡の中でどのくらい独り言を言ってきたと思ってる? 考えたことが口から出てきちゃうのは仕方ない。だってそうでしょ、王妃になってくれって言えばよかったのに。それなら断るだけで良かった。なんてプロポーズだ。


「そうよ。騙し打ちは非道いわよ、やっぱり。普通に言ってくれればよかっただけじゃない」

「ソフィア・・・」


リアンが頭を抱え、ため息をついた。私は、思考の海から這い上がった。


しまった・・・アンソニーが目を輝かせ、私を見た。


初めてあった時の、あの精悍で颯爽とした立ち居振る舞いからは想像つかないくらい、アンソニーはちょっと、いや、かなり、偏りがある。それとも、男性とは皆、こんなものなのか。


「何のお話ですか?」


聞くまで帰らない、そんな表情で、アンソニーはキラキラとした笑顔を振舞ってくれた。




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