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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二十二章
152/154

152 心配くらいさせて

馬車の中で向かい合い、一通り、ノアの呪いと私の役割についての考察を話し終えると、リアンはじっくりと考え込むように、顎に手を当てて頷いた。


「なるほど……ノアが成長するまでの能力だから、僕に言う必要はないと考えた、と」

「必要がないとは思わなかったけど……消える能力だから、あえて言うことではないと思ったの。あまり知られてはいけないと思っていたし、……やっぱり知られちゃいけなかったでしょう? リアンは心配するだろうし、怒るかもしれないと思って」


すると、リアンはふと首をかしげた。


「僕は怒っているわけではないんだよ」

「それじゃ、なんでそんなに怖い顔をしてるの?」

「怖い? ソフィアは、僕が怖い?」


とろけるほどに甘い眼差しで、リアンは私の顔を覗き込んだ。


「い……いいえ……?」


だからべったり甘えたくなるようなその瞳は危険ですって。甘やかされて抜け出せなくなりそうで怖いんですよ!


とは言えず、私は視線をそらすことでごまかした。だが、リアンは笑顔を崩さないまま、ピクリと反応しただけだった。


「怖くないなら、もっとそばに寄っても?」

「充分近いと思うわ、隣に座っているし、馬車は狭いのだし……」


私がブツブツというと、リアンは私の髪をそっと持ち上げ、優しく口付けた。出会った頃からずっと変わらない、うっとりするような仕草だ。変わったのは、今では自分で理解して行動してるということ。どっちがタチが悪いのかわからない。


「僕はあなたのすることに反対なんてしないよ。だから、心配くらいさせて欲しい」


反対しないなんて……


「本当?」

「もちろんさ。そもそもね、僕はノアの仕事に口出しはしないけど、後見人だから、仕事のチェックはしなければならないんだ。あなたが参加するようになってから、ノアは仕事の判断が早くて積極的になった。あなたが何かしてるんじゃないかって、ピアニー家に興味があれば簡単に想像つく。僕やアンソニーならなおさらだ。そのうちバレるとは思わなかったの?」

「う……」


そうよ。バレないはずがなかったんだわ。私は自分の見通しの甘さに気づいた。私とノアだけの秘密になんてできるわけがなかった。多くの人がその場にいて、ノアの判断も私との相談も見ているんだもの。


「それにね、あなたは自分が誰だか覚えているのかい? 僕と結婚する予定の、”伝説の令嬢”なんだよ。あなたが奇跡を起こしてるんじゃないかって賛美する人だっているし、僕がピアニー家からあなたという繁栄の道具を奪おうとしていると、不穏な噂を流している人もいるんだ。そして僕は……」

「知ってるわ」


私はリアンの言葉を遮った。


「事故で大切な兄を失ったけど、そのおかげで、何もかもを手に入れた人。あの事故を事前に知っていたんじゃないか、私を手に入れるために何かしたんじゃないか、本当はピアニー家の誰かが私を呼んだんじゃないか、知っていて事故を仕組んだんじゃないか……って、言われてたわね」

「知っていたのか」

「当然よ。ノアと一緒に会議に参加した時にも言われたし、もともと、お見合いの時にだって言われていたわ。でもリアンはそんなこと私に言ってくれなかった。それと同じよ。噂を私が信じると思った?」


私が言うと、リアンはバツの悪そうな顔をした。


「思ってないよ。何しろ、呼び出された時、あなたの前には僕しかいなかったんだから、それが単なる噂だってわかるだろう。でもあの時、僕ができたことは、仕事に手を抜かないことと、あなたを守ることだけだったから」

「そうね。あなたとアンソニー様が守ってくれたおかげで、私の噂は、驚くほどにいいことしかなかった。もちろん、肩書きもモノを言ったんでしょうけど、悪い噂をあなたが被ってくれたおかげなの」

「あなたをここに呼んだのは僕だからね。あなたの名誉を守る義務が僕にはある」

「本当に……ありがとう」


私が言うと、リアンは髪をもてあそびながら、私を真剣に見た。


「ソフィア……あなたが想像しているよりずっと、僕はあなたを必要としている。あなたは僕の宝物だ。鏡の中から現れた、宝物なんだ……」

「呪いの鏡だったのに……宝の鏡? 随分と、評価が上がったものね」


私が笑うと、リアンもつられるように笑った。


「そうだよ。あの鏡は、いろんな姿を持っているんだ。あなたにとっては呪いの鏡だけど、ピアニー家では代々、家宝だった。そして、僕にとっては宝の鏡。アンソニーにとっては、”素晴らしい”鏡だ」

「魔法の?」

「そう、魔法を持っていた鏡。アンソニーは魔法が好きだったけれど、自分では持てなかったから、ずっと憧れていたんだ。どの国でも、もう持っていない技術で、あの鏡には魔力が埋め込まれていた。それを知って、自分にもできないかって、ちょっと考えてみたいだけど」


……それがなければ、安心して国をお願いしたいんだけど……


「今、”それがなければ”って思った?」

「なんでわかったの」

「僕も思ったからだよ」


言って、リアンは私の頭を優しく撫でた。


「でもアンソニーだってわかってるんだ。あのニコラス賢王だってできなかっただけじゃなく、しようとは思わなかったことだ。魔力についての、アンソニーの見解を聞いただろう? 国のことを考えられる人だ、自分の欲を優先させようとは思わないよ」


確かにそうだ。アンソニーは子供のように好奇心が強いが、しっかり踏みとどまれる。恐ろしいほどに、公私を分けられる人だ。私に何も言わずに画策してたことばかりだったけど……、私に嫌なことにはならなかった。それは、私が国に不満を持つと困る側面も少なからずあったはずだ。私に自由にしていいと言ったけれど、それを提供できるのはこの国だと、彼は私に伝えていたのだろうから。


「アンソニー様は、どんな方と結婚なさるのかしら?」


私が言うと、リアンは困ったように外を見て、傍らのカバンから紙の束を取り出した。


「その話はもう終わりだよ。僕たちの婚約式や結婚式で、多くの人が来る。その時に、アンソニー様には多くの方に出会ってもらうというのが、王妃様のお考えだね」

「あらまぁ……責任重大だわ」


私が驚いて目をパチクリとさせると、リアンはくすりと笑い、紙を私に差し出してきた。


「そうだね。で、これが教会についての、僕が調べた結果だ。行く前に目を通してもらえると、すぐに決められるんじゃないかと思うんだ。スケッチもしたから、イメージが掴めるといいんだけど」


私はリアンから渡された紙の束に目を丸くした。こんなにたくさん?


「全部見るの?」

「あぁ。最初の教会に着くのは一時間後だから、最初はこれを読んでほしい」


示されたのはその中の一束だが、それでも十枚はあった。


一時間で……この馬車の中で……書類を?


「リ……リアンは何をするの?」

「僕はあなたを見てるよ」

「ん?」

「読んでるあなたを見ているだけで、充分に幸せだから、僕のことは気にしないで」


気にしてないわ。気にしないことにしたわ。そうじゃなくて、書類読んでるよりリアンと話したいし、家で読むならまだしも、馬車で読んでいたら、具合が悪くなりそう。


でもちょっと待って。いい方法が。


「でもね、リアン。一人で読んでいてもわからないから、リアンに説明してもらいたいわ」

「僕の説明?」

「うん」

「でも……僕の主観が入ってしまって、正常な判断ができなくなるかもしれないから……」

「大丈夫。それでもいいの。きっと後悔なんてしないわ。ね?」

「う……うん、いいけど」


リアンが戸惑いながら、嬉しそうに頷く。わかってるわ。向かい側で遠慮がちに説明するつもりでしょう? でも私、もっとわかってることがあるのよ。


「それならリアン、隣に座ってくれないかしら?」

「隣に?」

「ダメ? 一緒に読みながら、説明してほしいの」


知ってるんだ。リアンは隣に座りたかったけど、私が嫌がると思って、遠慮したのだ。


私の言葉に、リアンは嬉しそうに微笑んだ。


「それなら、……遠慮なく」


そうして座ると、リアンはすぐに話し始めた。


「今向かっている教会は光がたくさん入る窓の多い教会なんだ。ステンドグラスも多くて、光の種類が時間によって随分変わる。それがとても綺麗なんだ。それで」


長く続くリアンの説明を、私はろくに聞いていなかった。リアンが選んだところだし、多分、どれも素敵なんだろう。私のことを考えて、多分、私の好みにも合わせてくれているだろう。だから、心配していないし、どうせなら直感で決めたいと思っている部分もある。


それより、いつになく一生懸命に話すリアンを眺めているのがとても嬉しかった。


教会を決めたら、婚約式はすぐだ。


きっといろんな思惑も秘めながら、私たちの結婚は進むのだろう。


それが一番私らしいのかもしれない。何しろ、私はあれこれと曰く付きの”伝説の令嬢”なのだから。


そうして、滞りなく教会選びは終わり、あとは婚約式を待つばかりになったのだった。







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