151 もたらされた休暇
最終章です。
リアンには、この嘘発見器のような、謎の予知の力は言わない。おそらく、ノアが自分で判断できるようになれば、消えていくはずだから。
そう決めたのに、リアンに気づかれるのに時間はかからなかった。
「考えてみれば当たり前だよね。僕が必要以上に、ソフィアを呼び出すんだもの。ソフィアはリアンの家にいるのに」
リアンを待つ間、ノアがしょんぼりとうなだれた。ノアは悪くないけれど、私たちは言うなれば運命共同体だ。少しくらい甘えたくなっても仕方ない。
「寂しいからだって言ってくれればいいじゃない」
「初めはそう言ってたんだよ。でも、お茶会に行くんじゃなくて、会議に誘ってるからね……仕事の取引先と会うのに、何で連れていく必要があるの? って、思うよね」
「まぁ、……そうよね。でも私が『お茶会より会議に行きたい』って言ったっていえば、騙されてくれないかなって思ったんだけど」
ノアはにっこりと笑った。生意気だった頃のデイヴィッドそっくり。本当に、弟みたい。
「無理だったよ。うちの仕事方針は知ってるもの。厳しいんだよ、私情を挟むことは少ないんだ。温情はあってもね」
「うー……」
「僕たちの会話、しっかりと調べられてたんだ。ヘンリーに」
「まぁ」
「後見人には報告しなきゃならないからね、当然だよ」
「あーぁ……どうしよう。リアンは怒るかしら?」
いいえ、怒ってるんだわ。そうよ、”どのくらい”怒るのかが重要ってこと。婚約破棄したりする? しないわよね? ……さすがに。
「怒ってないと思うよ。心配しているだけなんじゃないかな。それより、怒ってるのは、先にアンソニー殿下が気付いてしまったことだろうね」
「どうして?」
アンソニーが? 交流なんて何もしてないのに……
私が首をかしげると、ノアは肩をすくめた。
「王太子だもの、仕事上、国の経済にも詳しいし、リアンよりも客観的に見られるからじゃないかな。あの”呪いの鏡”をうちに見に来る……と見せかけて、調べてたみたい」
無駄に優秀な未来の国王は、ここでも能力を発揮したらしい。何でもかんでも解決しようとしなくたっていいのに。私がノアのために、いい取引を選んでることなんて、知らないで欲しかった。
だいたい、この力は誰にでも使えるものじゃない。呪いの名残なんだから。
「でもこの力は、ノアのためにしか働かないのよ」
ノアはうんうんと頷いた。
「でもね、それだから余計に気になるそうなんだよ。それに、誰にも知られちゃいけないって言われた。うちの没落を狙う人がいたら、ソフィアが狙われるだろう。僕じゃなくて」
「まぁ」
「それが一番嫌だって、アンソニー殿下はおっしゃってた。リアンが使い物にならなくなるから」
そうね、大事な側近だもの。私の心配だってして……るわよね? 別にしなくたっていいけど。
「一言余計ね」
「大事なことだよ。リアンに黙ってたことがいけないって」
「でも……」
「だからね、ソフィアがしっかりリアンに怒られるようにと、アンソニー殿下はリアンに休暇をくださったんだよ。婚約式と結婚式の準備をするようにって」
私は驚いて飛び跳ねそうになった。いろいろと。休暇って? 準備って?
「まだ早いわ」
「婚約式はすぐだよ。もう三ヶ月もないでしょう?」
「でも招待状も出し終わったし、ドレスも予定も決まったし、確認は終わってるわ」
「でもそのあとの結婚式はまだでしょう? しっかり決めてね」
「そうだけど……まだ、あなたの手伝いをしないとならないわ。あなたはまだ若すぎるもの」
「不本意ながら、そうなんだよね……本当は、早く任されたいけど。でも、前に相談したように、僕がソフィアの信頼に洗いするようになったら、その力も消えると思うんだ。だから、僕は早く仕事を覚えて、場数を踏んでいきたい。それまで、協力してもらうことになっちゃうのは仕方ないね」
「もちろんよ。いくらだってするわ。あなたの幸せが一番の願い事だもの」
するとノアは少し怯んだような顔をした。
「リアンの幸せを願ってくれる?」
「それは当然よ。準備だってちゃんとするわ。でも、リアンに怒られる休暇って?」
そりゃ、”秘密”はないね、と確認はされたけど、あの時は嘘ではなかったもの。
「僕もしっかり言われたからね。ソフィアの秘密は規格外だから、せめて、僕からでもリアンには言うようにして欲しいって、アンソニー殿下から」
「アンソニー様が……」
私の秘密は規格外だと……
「秘密じゃないし、規格外じゃないし」
「あんなに懇願されるなら、今度から僕はリアンに言うよ……王太子殿下に悩ましいぐらいに懇願された上に、頭を下げられるなんて、考えられる? しかも、人目につくところで。僕なんかのために」
「夏離宮があるでしょう。遅かれ早かれ、アンソニー様はあなたに頭をさげていたんじゃないかしら?」
「理由は、一つでも少ない方がいいんだよ。言ってたでしょう、ソフィアも。僕たちピアニー家は政治には無関係で、よって、未成年の後見人以外では、後ろ盾やつながりは極力持たないんだって。それに僕はまだ、後見人のいる未成年だよ」
「あなたたち、友達じゃないの」
「それとこれとは別だよ。わかるでしょう?」
私は舞踏会でのアンソニーとのダンスや、チャーリーのことを思い出した。
「……そうね。チャーリー様ならともかく、アンソニー様は策を練ってくるから怖いわね。あなただってリアンに言うって決めちゃったんだもの。家族の秘密だったのに」
「もうすぐリアンがあなたの一番の家族になるんだから、そっちが先だよ? 間違えないでね」
「でもあなたも家族は家族でしょう?」
「そうだけど……リアンに嫉妬されちゃ、敵わないよ。僕、リアンも好きだもの」
「嫉妬なんて」
その時、部屋のドアが開いた。
「ソフィア?」
「リアン」
私が名を呼ぶ前に、リアンはスタスタと居間へ入り、私の手を取った。丁寧な仕草に胸が踊る……が、これはどのくらい怒っているのだろう? 頭ごなしに怒鳴らないくらいに怒ってる、もしくは、呆れるくらい怒ってる、もしくはこの後すぐに激昂する……
「アンソニーが休暇をくれたんだ。なんでだろう?」
首をひねるリアンを前に、私とノアは顔を見合わせた。これだけ考えたのに、当のリアンはこれだ。私はノアとまずは安堵で肩を落とし、リアンを見上げた。
「……どこか、遊びに行く?」
私が言うと、リアンは嬉しそうに私を自分に引き寄せた。
「行きたいところはある?」
「うーん……久しぶりに遠乗りに行きましょうか。私、ちょっとだけ馬に乗れるようになったのよ」
「それもいいけど……」
「なぁに?」
「結婚式を挙げる教会を探そう」
私は驚いて目を瞬かせた。
「どうして?」
「わかってる、遅いって言いたいんだろう? でも、なかなか決められなくて」
でも、来年より先でしょう? 具体的に話していた気がするけど、まだだからと思ってちゃんと聞いてなかったわ。私はノアに視線を向けた。そういうものなの?
「ノアもそう思う?」
「そうだね……遅いと思うよ。ソフィアが勉強で忙しいから、リアンが選ぶって聞いてたから、とっくに決まっていると思ってた」
「候補は絞ったよ。全部押さえてある。もう一度回って決めようと思ってたんだ。でも、その中からソフィアが選ぶなら、そんなに難しくないだろう? 時間ができたんだから。どう?」
リアンが魅力的に微笑む。私は頷いた。どうしてそんなに急ぐのかと、聞いても仕方がない。
「それなら、行きたいわ。あなたが選んだんだもの、きっと素敵なところばかりなんでしょうね。なかなか選べないかもしれないわ」
すると、リアンは笑って言った。
「だといいけど。すぐに準備をして、出かけようか?」
「今から?」
「うん」
怒られるのはどうなったのかしら? 私は思ったけれど、聞くこともできなかった。結局、リアンは怒ってるのかしら、怒ってないのかしら?
「馬車の中で、聞かせてもらうよ。例えば、……ノアの仕事についていった理由なんかを」
「まぁ」
やっぱり怒ってるんじゃない? 誰よ、安堵したの?
振り向くと、ノアがにこやかに手を振ってくる。
急に行きたくなくなってきた。でも仕方ない、逃れられないことは私だってわかってる。だってこの休暇は、確かに、私がリアンに釈明をする時間なんだもの。