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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二章
15/154

15 アンソニーの訪問

 私がマガレイト公爵邸にやってきて三日、こちらでの生活にも少し慣れてきていた。


作法は大体同じだし、着る服もさほど違いはない。何より、鏡から見ていた流行と同じだ。コルセットがだいぶ楽になったのはありがたい。


このまま、ピアニーの屋敷へ戻るまで、しみじみと穏やかに過ごしたい、そういった気持ちは強くあったけれど、鏡で見えなかったことにはとにかく疎い。慣れてくれば、だんだんとそれ以外のことに目が行くようになった。


 私を鏡に封じた人は、誰なんだろう? 


具体的な人物は、私には見当もつかなかった。ニコラスと結婚したかった女性かと思っていたが、星の数ほどいただろうし、考えてみれば、そうとも限らない。ニコラスが私に結婚を申し込んだということは、逆に言えば、私でなければ全ての貴族令嬢にチャンスがあるということだ。


それを考えると、私を狙うのに、男だって女だって関係がない。自分ではなくても、妹や姉、縁のあるもの誰かを結婚させたければ私を呪うメリットはある。手下がいれば、いくらだってあの会話を聞くことができたし、鏡を手配できた。皆目見当がつかない。それでも、デイヴィットとニコラスは私を探したという話だし、デイヴィットはその場にいたのだから、記憶が戻れば、元の商会へ尋ねることもできたはず。


 デイヴィッドは私に関することは、ほとんど鏡の前で明らかにしようとしなかったから、私はてっきり、何もしてないと思っていたのだけれど、リアンの話からすると違ったようだった。弟は私が知らないようにしたのだろう。


鏡の向こうで、何ができるわけでもないから。

戻ってくる時に、穏やかな気持ちで戻ってきてほしいから。


おそらく、そんなところだろう。デイヴィッドはそういう子だ。何重にもかかった、私がもしかして出てきた時の受け入れ方や確認方法も、弟らしい。いや、もしかしたらニコラスらしいのかも? 二人の性格が混ざって、どちらがどちらかわからなくなってしまった気がする。


 自分が消えてからのことを知りたい。


ここへきて、ようやく出てきた気持ちだった。それまでは、鏡を出られたことだけでいっぱいいっぱいで、動いて食べて話す、それだけで疲れてしまって、何も考えることができなかった。


でも、生活が落ち着いてきたら、随分と自分の存在があやふやだと気がついた。なんかこう、前世の記憶とか、違う世界に来てしまったとか、そういうのだったら過去の自分なんて参考にしかならないから考えなくてもいいかもしれない。でも、今、ここは、私のいた世界の延長で、ただの未来で、でも、過去から来たわけではなく、私は鏡の中にずっといた。魔力の中とはいえ、この世界を見て、生きてきたようなものだ。立ち位置がむず痒く、どういうスタンスを取っていいのやら、見当がつかない。


手始めに、自分が鏡に吸い込まれてからの、ちゃんとした歴史、文章を読みたい。ニコラスのあんな適当な、迎えに行く日の話なんて、どうだっていいのだ。


あの鏡を手にいれて、呪いをかけた人はどうなったのか? 子孫はいるのか? ニコラスと結婚したのか? はたまた王妃の座を狙う一族の男性や手下だったのか? 真相は闇の中なのか? そして、それを、マガレイト家の人に聞くのはためらわれた。


 ともかく、この家の書庫や図書室に、関連の本があるだろう。私は今日一日、本を読んで過ごすことに決めた。しかし、甘くはなかった。この歴史あるマガレイト邸には膨大な量の本があり、百年前の出来事を書いた歴史書を探すのは非常に難しかった。朝から格闘し、昼が過ぎていった。


一日掛かりになるぞ、と思った時は、すでに午後のお茶の時間になっていた。



 しぶしぶお茶の時間に呼ばれると、そこにはアンソニーがいた。


「やぁ、こんにちは。サリー」


 アンソニーが笑顔で私に手を挙げた。誰のことだろう、と一瞬思ったが、それはリアンが慌てて使った偽名だったことを思い出した。


「え、・・・ええ、先日お会いしましてからお変わりなく、再びお会いできて光栄に存じますわ、アンソニー殿下」


アンソニーの笑顔が張り付いたように動かない。私も負けじと笑顔を返すが、正直、勝てる気がしない。


ざっと見たところ、使用人も含め、部屋にいるのはあとはブルータスだけ。アンソニーの護衛もリアンもド=マガレイト夫妻もいない。たまたまいないと言うよりは、リアンのいない時間を狙って、護衛や付き人、両親は人払されたといったところだろうか。ブルータスがいるのは、さすがに二人きりで会うわけにいかないからか。この家の執事や侍女でも良かったのだろうが、多分、空いていなかったのだろう。いや。ブルータスにしたのは私を鏡から呼び戻したリアンは知っていてもいい、と言う印だ。ただし、この場にはいなくていい、という意味。


ちらりとブルータスを見ると、心得たようにブルータスはすまし顔をした。埃だらけの服で王族の前に出るとは、と怒るのは彼の役目ではない。


アンソニーは張り付いた笑顔のまま、私に目を向けた。


「いやぁ、疑問に思っていたんだ。リアンは忙しくしていたのに、人探しなんてする余裕があったかな? ってね。よくよく考えて、調査しないとならないなと思ってたところだったよ。その矢先に、リアンのご両親から報告を受けてね。騙りかと思ったけれど、違うようだ。大事な友人であるリアンを騙すような人間には容赦しないがね。リアンはだいぶ、君にご執心と見える。違うかい?」


私は肩をすくめた。


リアンには自分で言っておくようにと伝えたが、自分からは言う必要がなかったらしい。それも当たり前だ。ある意味、私は国の一大事だったのだ。国王へ、そして王太子へ説明が行くのは当然だ。”伝説のあの人”なのだから。そんなこと、すっかり忘れていた。私は、私の個人的な出来事だけでここへ戻ってきたわけではないのだ。


「・・・わたくしのせいではございません、・・・と言えたらいいのですけれど。細かいことはわかりかねますわ。リアンは自分の立場をわかっているのでしょうし・・・、ですから、あの時の対処として、わたくしのことをとっさに隠したことは賢明だと思っておりますけれど?」


「すでにリアンの味方だね」

「当然でございましょう」


私を呼び戻してくれたのだから。


私が言葉を飲み込んでアンソニーを見ると、アンソニーは大げさに手を振り仰いだ。


「リアンはね、ニコラス王に憧れているんだ。私も同じだ。私の場合、再来と言われるくらい顔が似ているからね、意識せざるをえない。その私の影響で、似てることでリアンも気にするようになったのさ。知るほどに憧れるようになったけれど、教えたのは私。そして、私の方が憧れが強いと言ってもいい」


いや、どっちがどれだけ好きかとか、どうでもいいのだけれど。


「・・・素晴らしい王だった。その私があなたが誰かを知れば、惹かれるかもしれないと怖がっても仕方ない。だけれど、そんな気は毛頭ありません。かのお方の想い人にまで思い入れはないからね。でも、興味はある。そのニコラスが王太子だった時代を知っているあなたの話を聞きたいと思っても、おかしくはないでしょう、ソフィア様?」


にっこりと笑顔を見せると、立ち上がったアンソニーは、私の前に跪き、頭を下げた。



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