149 確認と決意
墓参りから数日後、私はワグレイト公爵邸に移動した。以前、しばらくお世話になったこともあり、すぐに馴染み、リアンのそばで落ち着いて過ごせるようになった。
そうして、さばいてきた来客も減り、何もない午後、私は居間で久しぶりにくつろいでいた。
リアンはデボラと散歩に行き、二人の両親と私は向かい合わせでお茶を飲んでいた。のんびりと世間話をしていたはずだったのに、不意に予想しなかった言葉をかけられた。
「ソフィア様、本当に、リアンでよろしいんですか?」
リアンの父、ワグレイト公爵ワイアット・フルート・ド=マガレイトが私を真面目な表情で見てきていた。リアンのいない時に尋ねてくるとは……これは本気だわ。そして気を抜いてしまった私のばか。
「もちろんですわ、公爵様。ですが……私に至らぬところがあるのでしたら……」
「いえいえ、まさか。そうではありません。むしろ私どもの息子の求婚を受けてくださってありがとうございます。私たち両親は非常に喜んでいるんですよ」
「本当ですか? 私がリアンにふさわしくないとお思いではないのですか?」
「リアンにはあなたしかおりませんでしたから。それが、あなたが戻ってこられる前からなのか、戻っていらしてからなのかは、わかりませんけどね」
すると、隣で聞いていたワイアットの妻、コニーがふふふと笑った。
「あの子はずっとソフィア様に夢中なのですわ。ソフィア様が現れた時、リアンが泥人形で作り出したのかと思ったくらいですもの。だから、テストで本物だとわかってホッとしたくらい」
魔法が多少使えるなら、それもできるような気もする。私はクスリと笑った。私が泥人形なら、それもまた面白いわ。
「泥人形に、私の記憶を植え付けたのかもしれませんよ? そういう魔法はありますもの」
「それはないわね。私が接してわかっています。あなたは生きている人間で、強くて優しくて、責任感の強い人よ。とってもね。自己犠牲も気にしないくらいに」
コニーの最後の言葉に、私はどきりとした。自己犠牲? でもこれはそうじゃない。私の義務で責務なだけ。
「……そんなにできた人間ではありませんわ」
「そうかしら? リアンと結婚するのが嫌だったら、黙ってないで言ってくださいね。引き戻してくれたからと、引け目を感じる必要はないのよ」
私は首を横に振った。
「そのような気持ちでリアンの求婚を受けたわけではありませんわ。リアンにも言われましたの、恩人だから気を遣わせてしまいそうで、求婚できなかったって。でも、それだけの理由で求婚を受けるのでしたら、そもそも、私はニコラスの言葉の意味を理解して、それを栄誉だと感じて彼に嫁いだことでしょう。私は変わってなくて、……やりたいことをするだけなんです」
「ならば、あなたの意志ということね。無理させていないのなら、……それでいいわ」
「よろしいのですか? 公爵家の跡取りの妻が……私で」
「言いましたでしょう。リアンが選んだのです。そして、あなたがいいのです。私たちは光栄に思いますよ。たとえ、何があって私たちは味方です」
そんな風に言われてしまうと、甘えたくなってしまう。でも、実際のところ、私の婚約が決まってから、陰口を言われたり恨まれたりと、かなりのことがあったはずだ。私を呼び戻したのがリアンだと知られていても、それが逆に悪く作用することも知ってる。嫌な思いもしているはずなのに、彼女たちは何も言わない。だから私は彼女たちのためにも、しっかりやっていかなければならないんだわ。
決意した私に、ワイアットがふわりと笑った。リアンによく似てる。
「何か困ったことがあったら言ってください。そうだ。ノアから手紙が来ていたんです。あなた宛ですよ」
ワイアットは言うと、胸ポケットの奥に手を入れて、探すそぶりをした。
「私?」
「えぇ。あなたがこちらに来ている間のことを、きっと教えてくれるでしょうね」
そして、ワイアットは手紙を差し出しながら、ウィンクをした。
「あ……ありがとうございます! 部屋に戻っても?」
「はい、ゆっくりお読みください」
「お言葉に甘えて、お先に失礼いたしますわ!」
私は受け取ると、部屋に戻り、ベッドに飛び乗ると、急いでその手紙を開いた。
そして、一気に読み終えると、ホッと一息ついてベッドに仰向けに寝そべった。
まとめると、つまり、ウルソン王子の調査は何も検出されずに終わった、ということだった。
ウルソン王子は仰々しくないようにと、精鋭だけの少人数でやってきてくれたようだった。鏡は細かい調査のために国に持ち帰り、終わり次第、こちらに戻してくれるそうだ。私に会えず残念だと言ってくれたけど、それはそれでホッとしていたようだ。
うんうん。余計な魔法の使用について考えなくてもいいものね。
その他、家の雑談が書かれ、ノアと使用人たち、中でもカーターとヘンリーとのやりとりが浮かんでくるようで、私は頬を緩めながら読んだ。
そして、最後は、あのサム・ホレイショ男爵との商談のことだった。結果、ノアはサインをせず、新規事業に関しても、保留して再度話し合う予定にしたそうだ。
私が言ったことが影響してるのは間違いないし、それをサムが知らないにしても、いい仕事のはずなのにケチをつけられたと、不満に思うかもしれない。サムの事業がものすごい成功をして、ノアが最初に乗らなかったことを後悔するかもしれない……
でも、あの感覚はやっぱり違う。何しろ、私は”呪い”を体現し、実現し、叶えたことのある人なのだ。鈍ったとしても、間違えるはずはない。
私はホレイショ男爵に会った時のことを思い出し、首を傾げた。
あれは本当に、なんだったのかしら。この家に滞在している間、誰と会ってもあんなことはなかった。あんな機会、きっと、二度とないんだわ。すごく奇妙で、鏡の名残のある体験だ。
そう思っていた。