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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二十一章
148/154

148 新しい幸せの形

ふと、サムがノアに顔を向けた。


「ピアニー伯爵も、何かなさいますか?」

「何をですか?」

「当時は突然で、何もかもが目まぐるしく過ぎておいででしたでしょうが、今はこうしてゆっくり振り返ることがおできになる。それならば、何かご家族の思い出を……刻まれることを検討なさってもいいかもしれません」


悪くない提案に、ノアは初めて気づいたように、少し考え込んだ。


「あぁ、……そうですね。ソフィアはどう思う?」

「そうねぇ……悪い話じゃないわね。私の墓標も変えたいくらいだわ」

「それはやめてよ」

「今のところはね。でも、私が本当に死んだら、その時は、あの墓石の下に入るの? それとも、その隣に? ……隣がいいかしら?」


私が首をひねっていると、サムは困ったように口を挟んだ。


「ソフィア様はご冗談が過ぎる。今から考えることではありませんでしょう」

「そうなんですけれど、ね」


やっぱり、なんだか変な気分だ。


私は口も手に手を当て、しばらく考えた。サムとの会話に不思議と違和感を感じる。具合が悪くなるわけではないけれど、空気が重い。彼の態度が悪いわけではないのに。いたって正常な商売人だ。サムは心配をしてるだけ。”伝説の令嬢”を、そして私自身を。それが普通だ。


私は嫌な気分を払拭するように微笑んだ。


「ピアニー家には伝説がなくなったので、もう鏡の加護はもらえないなんて話もありますでしょう? でも、もともとあの鏡が利益をもたらしていたわけではありませんのよ。当時は必要だったんでしょうが、今は、どうです? なくてもピアニー家はしっかりやっておりますもの。私がいなくたって、充分ですわ。だから、先のことも考えなくてはと思いまして」

「本当に……悪い冗談です、ソフィア様。こんなに美しい方に、誰が早くからご自分の墓のことを考えて欲しいなどと思いますか」

「わかりませんわ、ホレイショ様。誰でも相手の不幸を願うときはあるでしょうから」


私の抑えた言葉に、サムは血の気が引いた顔をした。当然だ。私は不幸を望まれて鏡に閉じ込められたのだ、それを知らない人はいない。若かろうが綺麗だろうが、それが間違っていようが関係ない。人は幸福を願うと同時に、不幸をも願ってしまうものなのだから。


慌てた様子で、サムは話題を変えた。


「ところで、ここでお会いできたのも何かの縁です、ピアニー伯爵、近々、お時間は取れませんか?」

「何か問題でも起きましたか? 取引は来月のはずですが」

「いえ、問題ではありません。新しい事業が始まりましてね……まぁ、そちらはピアニー伯爵には関係がありませんが、これまでの商品についても、改めて契約を考え直しておりまして、そのご相談なんです」

「改めて、とはどのような……」

「ノア」


私は思わず口を挟んでしまった。吐きそうなくらい、この話題が嫌だ。でもそんなことは言えない。全く関係のない、ビジネスの話だ。


驚いた顔の二人に、仕方なく、私は謝った。


「申し訳ありませんわ、私、具合が悪くなってしまいましたの。馬車ではしゃぎすぎたのかもしれません。ノア、席を外しても?」

「それは大変です、ソフィア様。こちらはいつでも構いませんので、私が席を外しましょう。またの機会に」

「まぁ、でも……」


言いかけた私を、ノアが遮って頭を下げた。


「ホレイショ様、ありがとうございます。またの日にお話ししましょう」

「えぇ、もちろんですとも! また改めて、お屋敷の方へご連絡いたします」

「はい、お願いいたします。ソフィア、大丈夫? 四阿へ行こう。それではまた、ホレイショ様」

「えぇ、また」


ノアが気遣うように私に寄り添って先に立ち、私はホッとしながらそれに従った。あぁ、ノアは本当に大人びて、とても頼りになるようになった。成長したんだわ……


「ごめんね、大事な日なのに僕が追い払えずにいたから……」

「違うの」

「何かあったの?」


ノアの言葉に、私はもやもやしていたことをついに言葉にした。


「あの人と契約の話をしても、新しい契約書にサインしてはダメよ」


ノアが目を丸くして、足を止めた。


「どういうこと?」

「なんといっていいかわからないけど、……仕事には誠実そうだし、悪い人ではないわ。きっと先見の目もあって、できる人なんでしょう。でも、次の契約はしないで。きっと、あなたに不幸をもたらすわ」

「それは……仕事がうまくいかなくなるってこと? それがソフィアにわかるって?」


私は首を横に振った。でもサムと話した時の、なんとも言いようのない具合の悪さは、この予感・・だ。


「それはわからないの。何が起こるのかは知らない。それがすぐなのか、十年後になるのか。でも、次の契約見直しは、できないなら見限るというのなら、それでいいと思う。悪い予感がするから」

「……わかった。ソフィアにも理由はわからないってことだね。でも、悪いことが起きそうだということか……」


言いながらノアは再び歩き出し、目の前の四阿の椅子に座った。私は追いつくと、つられるように隣に座った。考えながら、ノアは私に向いた。


「新しい事業は? ホレイショ男爵家と付き合いを続けることは?」

「それは……大丈夫みたい。でも、親しくしすぎるのはやめたほうがいいと思う……」

「そう。それなら、そうする」


考え深げに、素直にうなずいたノアに、私は慌てて言いそえた。


「でも、私の言うことなんて気にしなくていいのよ。気に入ったら次の契約だってして構わないんだし」

「ううん。僕は信じるよ。他ならぬ、ソフィアのいうことだからね」

「私が嘘をついてたら?」

「僕に? なんの意味が?」

「ないけど……」


ノアと話しながら、私は気持ちが落ち着くのを感じた。


あの気配。重くて、なんとも言えないいやな空気。それが、今はずっと薄くなっている。


「もしかして、全部抜けきらなくて、変な力が残ってしまったんじゃない?」


ノアの不吉な言葉に、私は首を思い切り横に振った。


「そんなはずないわ。でも、リアンには内緒よ」

「もちろん。リアンはただでさえ仕事の調整で大変なんだし、これ以上心労をかけるつもりはないよ」


ノアが笑い、立ち上がった。


「さぁ、今度は、僕の家族に会っていってよ」


ノアが朗らかに私の手を取った。こう言えるようになるまで、どれほどの絶望を味わったのか。私には想像もつかない。


私は促されるまま、ノアの後をついて歩いた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ノアの姉エリザベス、妹ジェシカ、父ルイス、母モリー。そして、エリザベスの隣に、リアンの兄アーロンの墓があった。侍女たちの墓は、近くにひっそりと佇んでいた。


「みんな一緒なのね」

「仲が良かったから。侍女たちのご家族と話してね、そうしようって決めたんだ」

「そうなの……」


不思議だわ。


彼らのことは、鏡からずっと見ていた。勝手に名前をつけて、いつか出会えたらと思いながら、きっと今回も会えないなって思っていた。私にとって、鏡の向こうの世界は、ずっと流れていく絵のようだった。その中に、入りたいと思ってた。消えていいから、その絵の一部になりたいって。


「会いたかったなぁ」


こんな形でなく、自己紹介をし合って。笑顔になったり、泣いたり、怒ったり、喧嘩したりしたかった。


私はエリザベスもアーロンも、彼らみんなの、鏡の前で漏らした、ちょっとした本音をよく知ってる。でも、嬉しかったり自己嫌悪したり、そういう姿を、いくら知っていても、本当に知ったとは思えない。私に向けられたものではなかったから。彼らと向き合ってみたかった。でも、ノアやリアンと会えただけでも、この上ない贅沢だ。


その上、私はあれだけ望んでいた絵の一部になれたのだ。


「……私の服を用意してくれてありがとう。とても助かったわ。それから……」


私はポツポツと思ったことを伝えた。会えたら言いたかったこと、鏡の向こうから考えてたこと。ノアは側の椅子に座っていたけれど、最後まで私に付き合ってくれた。


「……ノアとリアンを支えて、この時代で生きていこうと思っています。みんなの分まで。これからも、よろしくお願いします。いつかそちらで会える時を楽しみにしていてね」


私が言い終わると、風がサァッと吹いて、私の髪を揺らした。


二人をよろしくと言われた気がした。




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