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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二十章
143/154

143 封印された魔力

大きなため息が響いていた。


「はぁぁぁぁー」


数日後、私が居間に入ると、魔法研究室の面々が、ソファにぐったりと座って唸っていた。


横になっている者あり。外をぼんやり眺めている者あり。


「あの……」


私が声をかけると、彼らはハッと気づき、慌てて身を正した。


「いいんです、申し訳ありません。おくつろぎなさってください。でもあの、どうなったのか、知りたくて……」


キョロキョロと見回したが、オゼイユの姿が見えない。出直しでこようかと躊躇していると、ドアが開いた。


「みんな、お疲れさま……まぁ、ソフィア様!」

「オゼイユ様! よかったです。お話を聞きたくて」

「もちろんですわ。ご報告に上がろうと思っていたのです。お部屋を移動いたしますか?」

「いいえ、この部屋でよければ、ここで聞きたいです」

「わかりました。お座りください」


オゼイユは空いていたソファに私を促し、自身もその向かいに座った。


「みなさん、とてもお疲れの様子で……大丈夫だったのでしょうか?」

「えぇ、問題はございません。無事に完了いたしました。ご見学いただけなくて残念でしたわ。魔力を封印している間、石は輝きますので、それは素敵なんです」


オゼイユの話からすれば、仕事自体は、ごく簡単なものだったらしい。


「ただ、ひどく体力を消耗するというだけなんですよ」


オゼイユは笑った。あまり笑えなさそうだが、まぁ、命に別状があるわけではないそうなので、そんなものなのかもしれない。


「石をご覧になられますか?」

「よろしいんですか?」

「はい。もう封印してありますので、影響はないかと思われます」


そう言うと、オゼイユは手元のカバンを探り、ティアラが入りそうな大きさの箱を取り出した。


「こちらになります」


そうやって開かれたその箱の中には、その箱にちょうどいい大きさの結晶石が入っていた。


「こちらが空結石です。中心に空洞があり、この中に魔力を押さえ込んでいます。どうでしょうか、複雑な屈折があるのがわかるでしょうか。これが魔力が入っているしるしです。割れない限り取り出しは不可能ですが、現在は、こういった石から一定の量を定期的に取り出す方法がないかと研究しています」

「触っても?」

「はい。安全です」


私は恐る恐る、空結石を手に取った。ひんやりとした拳大の大きさの結晶石は、思ったよりも軽く、なんだか現実味がなかった。それに、石の色がまた、随分と思っていたのと違った。


「鏡にずっと入っていたので、鏡のように反射する、不思議な魔力となりましたね。これまでの研究で、人の悪意に近くなると、色も重みも暗くなり悪くなるとわかっています。それを考えると、あの鏡は非常に真摯な気持ちで作られたように思えます。”呪い”など、最初はなかったのでしょう。引き継がれていくうちに、呪えるとわかっただけで、最初は純粋に、ただ願いを叶えたくて作られたにすぎなかった。でも、力が強すぎたのです」


私は、鏡の過去を思い、かつての魔法使いを思った。確かに、かの魔法使いはただ領主の願いを叶えたかっただけだ。自分の全てを投げ出してでも。それだけなのだ。作る時には呪いなどなかった。私も呪われてはいないように、聖女ではないように。魔力を見ただけでわかるなんて、不思議なことだ。


「えぇ、きっと……そうなのでしょう。鏡もそう言ってもらえるなら、喜ぶと思いますわ」

「意識などないのに、不思議なことをおっしゃいますね」

「あの鏡は……特別なんです。”願いを叶えてやる”と口をきいて、鏡の魔力の解除の方法を教えてくれて、自分から、それを望んだのですから」


鏡は、もう心などないと言っていたけれど、魔力の中に意識があるとすれば、この石の中で何を思っているんだろう? 無駄な欲望を叶えなくて良くなって、幸せな気持ちでたゆたっていてくれればいい。


私の言葉に、オゼイユは頷いた。


「そうでしたね。またそのお話を聞かせてください。今後の研究の参考にさせていただきます。鏡が話すことはないと思いますが、……私どもが研究してもよろしいでしょうか?」

「ノアが賛成しているなら、問題はありません。ぜひ、魔法研究に役立ててください。実のところ、百年いたけど、鏡に思い入れはありませんの。まぁ、そうですね……いい思い出もありませんので」


私は言葉を選んで言ったが、複雑な気持ちは表情には現れていたらしい。オゼイユが優しく微笑んだ。


「大変な困難に打ち勝たれて、本当にお強い方です。その強さを作っているのが、きっとリアン様でもあるのでしょう。あの方は本当に、ブレずにまっすぐ気持ちを注ぐ方ですから。いい時も悪い時も、ソフィア様の支えになるでしょう。私たちも微力ながら、その一つになれればいいと思っています。かの賢王、ニコラス様に誓って」

「私は……その……行き当たりばったりなだけなんですよ。深く考えずに、私の振る舞いがどうなるのか、なぜそう思われるのか、何も考えませんでした。幼かったと言えばそうなんですが、ニコラスにも……不誠実だったような気がします。ですから、ニコラスのことと私のことは別にしてください。ニコラスが大切にしたかった思い出の”ソフィア”はもういないんです。”伝説の令嬢”も”聖女”もいません。奇跡も起こせないし、完璧でも天才でもありません。あなたが誓う、ニコラスの……ニコラス様の一〇分の一だって、立派じゃないんです」


爪の垢を煎じて飲んでも、多分、どうにもならないんじゃないかと思う。ちょっとだけ、頭が回るくらいで。


だが、オゼイユは私の手を取って、軽く首を横に振った。


「ただ一人の今ここにいらっしゃる令嬢、ソフィア様。だとしても私は、尊敬する気持ちは変わりません。何しろ、あのリアン様をここまで夢中にさせて、アンソニー様より早くご結婚の意思を固めたのですから」

「まぁ」


話が違ってきたけれど、でもちょっと納得できてしまうような気がする自分が恐ろしい。反応に困った私に、助け舟を出すように、オゼイユはふっと話題を変えてくれた。


「ご自分のお部屋をご覧になりますか。すっきりクリーンですよ」

「本当にありがとうございます。ぜひ、今からでも見に行きたいです!」

「早急に報告書を書いてしまわないとならないのですが、今書いてしまってもよろしいですか?」

「ええ、問題なければ」

「もちろんです。それでは失礼して、書かせていただきます」


私の言葉にオゼイユはそそくさと書類を出し、何やら書きつけていた。そのうち、オゼイユはふと独り言のように私に話しかけてきた。


「ソフィア様のお部屋は、とても落ち着いた雰囲気の、良いお部屋ですね。鏡も年代物で、あれだけでも素晴らしい逸品ですよ」

「本当ですか?」

「はい」

「それなら、デイヴィッドの審美眼も、外れてはいなかったのね」

「目利きでらっしゃったとか」

「そうなんです。よく将来の商売のためにと、商業者を手伝っておりました。あの鏡も、素晴らしい細工を見て気に入ったそうですが、その後、鏡の魔力に見られていただけなのではないかと、ひどく落ち込んでおりましたので」


鏡の中から見たデイヴィッドの姿を思い出し、また涙ぐみそうになった。あんな顔はさせたくない。誰にも。


「それもあるかもしれません。ですが、あの鏡が骨董市で置かれていたら、オークションにかけられたら、この細工や美しさだけでも、充分高値が付くと思います。良い鏡です」

「それは……良かったです」


鏡の思い出にも、顔向けが出来るというものだ。私がホッとしていると、同じようにホッとした表情で、オゼイユが顔を上げ、私を見た。


「直前でヒヤヒヤいたしましたが、間に合って良かったです」

「……なんの直前?」

「ウルソン王子です。来週いらっしゃいますから」

「な……」


忘れてた。いや、ううん、覚えてた。でもやっぱり忘れてた。


私は自分の中の血がざっと引いていくような気がした。悩んでる暇なんてなかったんだわ。できることは全てやってみるべきだった。部屋で膝を抱えてる場合じゃなかった。私ったら、なんて呑気なんだろう。アンソニーがすぐにやってきたのも、ノアが許可してくれたのも、今ならわかる。


「あぁ、ここにいらしたんですか、ソフィア様!」

「デイジー」


振り返ると、デイジーが慌てた様子で私に駆け寄ってきた。


「先ほどから、リアン様がお会いしたいとおっしゃってます。散歩がてらご自分でお探しになるというので、ご一緒に散歩なさった方がいいでしょう、とブルータスが引き止めております」


私は驚きと恥ずかしさで思わず立ち上がってしまった。オゼイユの前で言われたいことでもない。王宮ではリアンは冷静沈着な側近だと評判なんだもの。


「そ、そうなの! わかったわ。オゼイユ様、ありがとうございました。一緒にお部屋を確認していただきたいと思いましたけど、それもあとでお声がけさせていただきますわ。今は失礼させていただきます」

「とんでもございません! 私こそお待たせしてしまった上にご案内が遅れてしまって、申し訳ありません。リアン様を優先なさるのは当然ですわ」


そこで、オゼイユははたと手を打った。


「えぇ、もちろんお部屋は大丈夫ですので、私ではなく、リアン様とお部屋をご確認くださいませ。これで、客室からご自身のお部屋に戻れますね。……リアン様がごねるかもしれませんが」


オゼイユがわけ知りの大人の女性の顔で笑い、私は首を傾げた。


「何を?」

「どうせならリアン様と一緒の部屋になさいませと」

「そんなことできませんわ」

「なさるかもしれないですよねぇ」


やめて。なんだかそれはちょっと、怖いし恥ずかしいわ。





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