140 魔力の解消方法
「リアンに感謝しないとなりませんね」
アンソニーが言って、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「墓参りで、私はソフィア様とご一緒しなかったことを後悔しています。一緒に”部屋”に入っていれば、防げたことなのではないかと。私はリアンを再び恐怖に陥れてしまいました。ですから、呪いの解除の際に、リアンがあなたと一緒にいると言った時、反対はしませんでした。えぇ、……できませんでした。これ以上の後悔はしたくありませんでしたし、させたくありませんでした。結果、あなたが助かって、私は……お二人に感謝したいと思います。心から」
言いながら、アンソニーは、私を正式に訪ねてマガレイト家にやってきた時のように、膝を落として私の手を取った。
「ソフィア様。私の親友の心を奮い立たせてくれて感謝します。そして、……私の過ちをあなたの存在が補い、正しい方向へ導いてくれました。本当に……ありがとうございます」
私を見上げるアンソニーの目が赤い。聞いていたオゼイユが鼻をすすった。でも私は泣いたりしない。
「お立ち下さい、アンソニー様。私の方こそ……最初から私を肯定してくれて、私がどんなに感謝しているかわかっておいででしょうか。あなたのことですから、呪いの鏡を使ったリアンを責めたりなどしなかったのでしょう。好奇心や畏怖心だけで、そんなことはできませんわ。いつだって、リアンの気持ちや私の気持ち、そして、ノアの気持ちを汲み取ってくださって、一番良いようにしてくださいましたもの」
立ち上がったアンソニーが、不意に面白そうに眉を上げた。
「おや。あなたの涙を見れるなんて、こんなに名誉なことはありませんね。リアンとの結婚式で初めて見るのだと思っておりました。私のために流していただけるとは、思いもよりませんでしたよ」
「嫌ですわ、アンソニー様。あなたは私の親友と大事な友人の子供たちの一人です。必要とあらば、いつだって涙くらい流しますわ」
私は憎まれ口を叩くと、アンソニーに笑いかけた。アンソニーはリアンとよく似た顔で、嬉しそうに笑った。
「魔力を消すのに、涙が必要なら、流してくださるんですか?」
「もちろんです」
「オゼイユ、ソフィア様がそう言っていますので……」
アンソニーはくるりとオゼイユに顔を向け、期待するように彼女を見た。
「あぁ、殿下。ソフィア様は終わるまで部屋に近づけてはなりませんわ。近しい存在がいると、うまく操れないのですから」
台無しです、とオゼイユが少し呆れながら肩をすくめた。
「そんなんだから恋人の一人もできないのです……王妃様がご心配なさっておいでですのに」
「そ……それは関係ないでしょう。私はいつも誠実で、誰に対しても偏見はないし、」
「だからと言って、デリカシーのなさは問題です。どうしてそう、ニコラス賢王と魔法にばかり興味がいってしまうのですか」
「悪いことではないですよね、ソフィア様」
「えぇと……えぇ、そう思います、ですが……」
私は言葉を濁しながら、二人の関係が改めて気になった。ただの王太子と直属の研究室の室長、というよりは身内だ。王妃と仲が良さそうだし、王族の遠縁というのなら、オゼイユは、幼い頃からアンソニーを息子のように見てきたのだろう。
「ソフィア様がお困りです。あぁ、”伝説の令嬢”を親友の側近にとられた王太子だと、世間では噂になりますよ」
「そんなつもりはもとよりないですが?」
「知っています。ですが、世間の噂話ですから。早く結婚相手を見つけてくださらないと」
「欲しいだけで見つかるなら、苦労しないんですよ。でも、……叶うはずがないと言っていたリアンの恋だって叶うのですから、私の望みだって叶うはずです!」
「理想がおありなんでしょうか?」
「もちろん。鏡に願うまでもありません」
言い合いはしばらく続きそうだ。でもそれは、別室で好きなだけやって欲しい。協力して欲しいと言われれば、これまでたくさんのことを助けてくれたアンソニーだもの、恩返し以上に協力はしたいと思う。だが、それは今ではない。だいたい、ここへは何しに来たのよ?
「オゼイユ様、それで、あの魔力をどうやって解消する予定なのですか?」
私が無理に口を挟むと、彼女はハッとしたように私を見て、空咳をした。そしてにっこりと笑った。
「特別な石を使います」
「石?」
「鉱石というのでしょうか、結晶の一つなのですが……空結石といって、石の中にもう一つ石があり、その中が空洞の石があるのです。その石は、魔力を閉じ込め、少しずつですが、分解するパワーがあります。水晶や他の石を使って、その石へ魔力を閉じ込めます。そうやって、割と何度もやってきたんですよ。他国と協力することだってあります」
私はホッとして頷いた。彼女は自信を持って言っているし、実績があることのようで、きっと成功するだろう。
「そうなのですね! 殿下の私設研究室の割に、しっかりと仕事らしい活動をしてらっしゃるんですね。安心しました」
「公ですよ? ちゃんと認めてもらっていますから」
「最初は私設でしたけど……?」
「そういうのは言わなくていいんですよ、オゼイユ様」
「陛下は知らないのではないのですか?」
「全ての活動を知っているわけではない、というだけです」
それ、だいぶ違うと思うんだけど。
私は思ったけれど、突っ込まないことにした。アンソニーだって、結婚相手が決まらないことを気にしてるようだし、魔力ばかりか結婚だってリアンに負けたと腐ってしまうかもしれないもの。そんなことないのに、困った人だ。
何より人のことばかり考えて、国のことばかり考えて、伝えきれないだけなのから。きっと、リアンが見つけたよりずっといい相手を見つけるはず。
私は思いながら、それでも、頭に浮かんでくるリアンの笑顔で胸がいっぱいになった。
私はなんて幸せなのかしら。
私を信じてくれる友人がいて、愛してくれる人がいて、私も愛する人がいるのだ。
母親のように小言を言うオゼイユに眉をしかめるアンソニーを見ながら、私は微笑んだ。
鏡の中から出てくることができて、本当に良かった。リアンには感謝してもしきれない。どんな形で、どうやって返していけばいいのだろう。でもそれも、一緒に過ごすうちにわかるのかも知れないわ。
えぇ、きっと。
まずは、リアンと過ごす毎日を大切にしよう。すぐにでも。
十九章、終わりです。
次はついに二十章、寝込んでるリアンのお見舞いからです。