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鏡の中  作者: 霞合 りの
第二章
14/154

14 証明

投稿してから気づいたのですが、長めです。

 リアンの生家、公爵家の家はそこまで大きくはなかった。


しかし、重厚感があり格式のある雰囲気で、おいそれと近づけない門構えをしている。ピアニー家は大きいが、この屋敷に比べると、格式は数段劣る。屋敷の大小だけでは伝えきれない歴史や重責の重みがあるのだ。それに、その隅々まで綺麗に掃除された清廉さは筆舌できない。何と言っても手入れされた庭園が、ちらりと見ただけでも美しい。入った玄関ホールに待つメイドと執事がリアンを迎え入れ、私を見て身を正す。


しつけの良い使用人、丁寧に磨かれた壁とガラス、リアンが育ってきたらしい素敵な屋敷だ。


「・・・この家、」


私が思わずつぶやくと、リアンは不思議そうに首を傾げた。


「どうしましたか? 何かおかしいところでも?」

「いえ、そうではないの・・・」


私はリアンの顔を見た。


マガレイト家の屋敷。どうして忘れていただろう。ここは私がこなした数少ないお茶会の中で、素晴らしいと感激した屋敷だ。何という偶然なのだろう。それとも、必然? リアンは直接の子孫じゃないかもしれないけれど、つながりのある人なのだ。


「このお屋敷、お茶会で一度、来たことがあるわ」

「・・・聞いたことがあります。あと、家系史の本に、書いてありました」

「とてもすばらしくて、感激したの。当時のうちは貧乏だったし、屋敷の手入れも行き届かなかった。でもこのお屋敷は、まるで別世界のように美しくて」


私は見まわしながら感嘆のため息をついた。


「一度、過ごしてみたいと思っていたんだわ。まさか滞在できるなんて」

「なら、良かったです」


リアンが言いながら、居間への扉を開けた。そこには、二人の人物が立っていた。


「ようこそいらっしゃいました、ソフィア様、私たちの屋敷へ。心より歓迎いたします。当主のワイアット・フルート・ド=マガレイトでございます。こちらが妻のコニー。リアンは知っておいでですね。その他に、今は療養に出ている、リアンの妹のデボラがおります」


腰を大きく折り曲げて、ワイアットは深々とお辞儀をした。コニーも隣で完璧なお辞儀をする。私は慌てて自分のお辞儀をした。古くてシンプルだが、一番かしこまったレディらしいお辞儀だ。


「こちらこそ、信じて歓迎していただき、ありがとうございます、公爵様。ソフィア・アレクス・ピアニー、えー、鏡よりリアン様に呼ばれてこちらへ戻ってまいりました」


私が顔を上げると、二人は何か言いたそうにしているが口を開かない。


「勝手の違うことがあると思いますので、教えていただけると助かります」


私が続きをつなげると、コニーが感心したようにため息をついた。


「まぁ、まぁ。本当に可愛らしい方ですのね! リズによく似て・・・いえ、リズが似ているのかしら? ああ、でも、本当にソフィア様なんですのね。あなたがいてくださって助かりましたわ」

「いいえ、あの、そんな・・・私の方こそ、助かっておりますわ」

「でしたら嬉しいですわ」


コニーが優しい笑顔になり、リアンはホッとしたように少し笑った。


「お茶の用意をことづけてまいります」


言いながら、リアンは居間を出て行った。


ドアが閉まり、足音が去ってしまうと、コニーは目を潤ませて私を見た。


「あの子は本当によくやってくれて、感謝しておりますのよ。アーロンが、・・・リアンの兄が亡くなって悲しむ間もなくいろいろなことを負担させてしまって・・・あの子は、リアンはいい子なのですが、なにぶん人見知りで、無愛想なところがありませんでしたか? 不自由なさっておりません?」


私は慌てて首を振った。


「いえ、大丈夫ですわ。本当によくしてくださって」

「そう・・・」


コニーがホッとしたように息を吐き、少し俯いた。私は励ますようにコニーに声をかけた。


「こんな時でないと戻ってこられないなんて、残念でなりません。もしアーロン様もピアニー家の方々も、元気でいられるのなら、私、ずっと鏡の中にいても問題ありませんでした。自分のことをふがいなく思います」

「ソフィア様・・・」


ワイアットがコニーの言葉に被せるようにして言った。


「ソフィア様、温かいお言葉、感謝しております。ルイスもなかなか勇気が出なくて正しいとされる呼び戻しの呪いを唱えることができないと、申しておりました。血族でない私の愚息がこの偉業を成し遂げましたこと、寛大な気持ちで受け止めていただけましたこと、ありがたいとしか申すことができません」

「いえ、あの、」


愚息って、偉業って、そんな難しいことじゃないはず。私は出てきただけなのだ。


「私が戻ってこられるようにと、正しく唱えていただけて、こちらこそお礼を申し上げたいですわ」

「ですが、・・・非常に申し上げにくいことになりますが、まだ正式に認めることができないのです」

「と、申しますと?」


「偽物が出ないようにと、デイヴィッド卿が考えた質問がございまして。そちらに答えていただき、正しければ、ソフィア様として、正式に国王に進言することになっております」


「・・・そんな大きな出来事にしなくていいんですけれど?」

「こちらは決まりです。言い伝えをここで打ち切りにせねばならないのか、こちらも判断しないとなりませんので」

「あ、・・・そうか」


なるほど。出てきました、ソフィアでした、それじゃ鏡を撤去、というわけにはいかないらしい。何しろ私は伝説の中の何かになっているみたいだから。


私は頷いた。


「わかりました。正しく答えられるかわかりませんが、規定通り、進めていただいて結構です。その上で、ご判断くださいませ」


私が言った時、居間の扉が開き、リアンが入ってきた。


手にはティーセットが用意された盆を持ち、その後ろをブルータスが慌てて追いかけてきていた。


「お疲れでしょうから、紅茶でもお飲みください」

「リアン様、それは私が」

「だが、皆忙しかったろう」


言いながら、慣れた手つきでテーブルに紅茶を置く。


「王太子殿下に淹れているから、慣れているんですよ」

「そうなの。美味しそうね」


私はリアンが紅茶を注ぐのを見ながら、香りを楽しんだ。屋敷でブルータスが淹れていた茶葉とは違う。もっといい茶葉なのかも。上品で優しい香りだ。


「この後、どういたしますか。図書館に参りますか」

「ああ、ちょっと待って。これから、私が本物のソフィアかどうか、見極める質問をなさるんですって」


リアンはムッとした顔でワイアットを見た。


「・・・父上?」

「なんだ、リアン」

「何事ですか。ソフィアを疑うなどと・・・僕が保証しているのに?」

「疑っているわけじゃない。お前を信じているし、彼女の態度から、信じるに値すると思っている」

「なら、どうして」


「決まりなんだ。何も知らない人からすれば、突然湧いて出てきた、身元不明の女性だぞ、彼女は。ニコラス王のことがあってこそ、国でも認められるんだ。その証明が、どうしても必要なんだ」

「でも・・・!」


「リアン、ありがとう。私のために怒ってくれて。でも、本当に構わないのよ。私だって何だこいつって思うわ。身元を保証してくれる書類作成みたいなものでしょう? 違うと言われましたら、街に出てなんとか暮らしていきますわ。元々そのつもりだったんですもの。まぁ、少しはお心づもりをいただけたら嬉しいわね」

「そんな簡単に・・・!」


「でもねぇ、リアン、考えても見て? 私本人かなんて、私にだってわからないのよ。だって、リアンが私に似た何かを鏡に願ったかもしれないじゃない? 私は自分としか思えないけど、本当は違うかもしれない」

「僕は・・・あなたを願いましたよ、ニコラス王の伴侶になるはずだった、デイヴィット卿の姉上、と」


憮然とした態度で、リアンが言い、コニーが興味深そうに自分の息子を見ていた。


「なるほど。それなら、きっと、私は私ね? なら、問題ないじゃない? 私も答え合わせをしたいわ」

「答え合わせ?」


デイヴィッドに言われて、ニコラスにできなかった答え合わせ。それだけじゃない。私自身が突然生活を遮断されるまで、生きてきた証を。自分自身に思い出させたい。


「ええ。私が私であることを、私も確認したいの。リアン、あなたのお父上がなさることは、とても公平で、正しいことよ。私の尊厳は決して乱されることはない。だってリアン、あなたが私を保証してくれているんだもの。そうでしょ?」


「・・・あなたが・・・そう言うなら」

「ありがとう、リアン。ワイアット様、よろしくお願いいたしますわ」

「それでは、聞いてもよろしいですか」

「はい。何なりと」


私が頷くと、ワイアットも頷き、おもむろに手元の分厚い本を開いた。


「えー、質問、一。あなたは、誰ですか?」


え、そこから? もしかして、そのページ数の本の全部が質問なの?


リアンも同じ疑問を抱いたようで、少しだけ言いにくそうに声をかけた。


「父上、まさか、・・・その本すべて、」

「ああ、すべてが質問だ」

「何問あるんですか」

「さて、何問かな」


ワイアットは不敵に笑う。


「質問に答えていただきましょう」

「は、はい。私は、・・・ソフィア・アレクス・ピアニーでございます」

「では、質問二。何歳ですか」

「・・・これ、ずっと続くんですか」


リアンがまたぼやく。


「嫌なら退室しろ。大事な質問だ」


トゲのある言い方に、ワイアットも嫌なんだと思わせる含みがあった。私はこれ以上雰囲気を悪くしたくないと、急いで質問に答えた。


「十六歳ですわ」

「それでは、・・・」


質問は続く。


続き、続いて・・・長い。長かった。


ひとつひとつは簡単だけれど、それゆえ、細かいことばかり。私もだけれど、ワイアットも疲弊したし、リアンは途中でどこかへ行ってしまった。多分、急に、デイヴィッドからの質問ではなく、ニコラスからの質問になった時だ。


「質問八十五。ニコラス殿がお迎えに行くとおっしゃった日の天気は何でしたか」

「・・・えーと・・・、あれは午後が過ぎて・・・でも夕暮れには早い、でも、・・・空は青かったわ。晴れ、ね」

「それでは次の質問です」


サクサクと続けられる質問。


あの忌まわしきプロポーズらしきもの。私にとっては慰められる日常の一ページだったのだ。就職を手助けしてくれようと、王太子が手を差し伸べてくれて嬉しかったなぁ、とのんきに考えていた出来事だった。ある意味そうだが、そうでなかったと言う衝撃は忘れられないものだ。現実に戻ってきて一瞬忘れてしまったけれど、思い出せば細部まで思い出せる。


虚しさと衝撃。嬉しさと申し訳なさ。そして、大いなる苛立ち。


ああ、そうだ。私は鏡の中で、苛立っていたのだった。そしてまだ、私はそれを落ち着かせることができていない。


苛立った口調で、私はワイアットを見た。


「・・・ところで聞いてもよろしいかしら? それはなんでニコラスの質問なのでしょうか? わたくし、デイヴィッドの質問だけお受けしたいところです。確かにその日、ニコラスはわたくしに言ったのでしょう。でも、ニコラスの求婚なんて受けてないし、知らなかったし、正直、受けるつもりもなかったし、・・・でもデイヴィッドはそうだと思ってたのよね? ニコラスも? おかしくない? だって、わたくしのこと騙し討ちするつもりだったのよ?」


最初はそこそこ正しい主張だったはずなのに、最後の方はあまりに砕けた口調になってしまった。


私はたじろいだが、一瞬、ぽかんとしたワイアットは、すぐに笑顔になった。


「そうです。史実では、両思いで嫁ぐはずだったと言われていましたが、実際は、そんなことはなかった。この部分は、この書物にだけ書いてある、ニコラス様だけが答えを知っている、本当の話です」


そして、おもむろに本を閉じた。コニーが目を丸くしている。彼女は知らないことらしい。


「・・・え、あれ?」


「そして、代々、国王と、この書物を手にして質問する家の当主だけが知りえていることでもありました。あなたの答えが、真のソフィア様であると告げています。私の質問は以上です」


・・・どういうこと?


「え、でも、・・・質問の答えじゃないじゃない!」


混乱して声を荒げる私に、ワイアットは満面の笑みを浮かべた。


「途中で反論して、ぶつくさと文句を言うだろうと、こちらには記載されております。そして、それが彼女らしく、真実の姿だと」

「・・・ニコラスめ」


全然知らなかったのに、よく知ってるじゃないか。私は頭を抱えながら、ため息をついた。


「それでも・・・、わたくしはわたくしでしたのね。自分でも確認できました。ニコラスとデイヴィッドの沸いた頭もよくわかりました。ありがとう存じます、ワイアット様、コニー様。わたくしを認めていただいたばかりか、最初からずっと、ご丁寧に」

私は見守ってくれていた夫妻に深くお辞儀をした。


「こちらこそ、お付き合いいただき、感謝いたします」


ワイアットが静かに告げた。


「私は報告をまとめますので、席を外させていただきます。ソフィア様、きていただいて、・・・言葉になりませんほどに、感謝をしております。本当に、・・・ノアには救いとなるでしょう」


ワイアットが居間を辞した。肩に力が入っていたのに気付き、私が力を抜くと、コニーが礼をした。


「きて早々、長い間拘束してしまいまして、申し訳ありません。お疲れでしょう。お部屋をご案内いたしますわ」


私のことを疑うこともなく、ただ受け入れればいいことがわかったからだろう。


顔を上げたコニーは、不安そうだった質疑応答から一転、晴れやかな笑顔だった。




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