137 部屋の後片付けには
十九章です。
私は薄暗い自分の部屋の中で、長らく考え込んでいた。そして顔を上げて、ふと声をかけた。
「ねぇ、鏡。私、合っていたのかしら?」
反応はなく、ただ沈黙だけが訪れる。私はため息をついた。
ここ一週間、試してみたが、鏡そのものは、もう何の反応もない。触っても何しても、キラリとも靄りともしない。デイジーが喜んだ通り、本当に魔力が消えてしまったならいいのだけど……
それにしては、この部屋は”変”だ。
誰も入りたいとも思わない、カーテンを開いても閉じても暗い、バルコニーは世界が違う。ずっと重い、薄暗い空気が充満しているようで、非常に過ごしづらいのだ。おかげで、私はずっと客室で過ごしているし、着替えも一度に自分で持って行って、ここで着替えることもしていない。
むしろ、私以外が入れない空間になっている気がする。
完璧ではなかったのかもしれないわ。私はあの時を思い起こした。間違ったことは何一つしていなかった。だが、リアンが来て言い合いになり、解除に時間がかかってしまった。そうやって魔力そのものに干渉してしまった可能性もある。
そのせいで、魔力が変な風に残ってしまい、空間へ作用してしまっているのなら。今後、悪影響が出てしまうかもしれない。私の部屋そのものが、”願いを叶える部屋”になってしまう可能性も。魔力の鑑定に来た時まで残っていたら、意味がない。
それは避けなきゃ。
私は考えたが、これ以上、未熟な私ができることはなさそうな気がする。専門家に委ねるのがいいのでしょうけれど……どうやって伝えたらいいのか。
部屋を出ると、デイジーが待機していてくれた。
「お体に異常はございませんか? 具合の悪いところは?」
「ないわ。どうして?」
「先日、お掃除にと入ったメイドが、具合を悪くしたものですから」
「まぁ……しなくていいと言ってあったのに」
「それでも義務と思えば、居心地が悪くて掃除したくなってしまいますわ」
「そう。ごめんなさい。私から言った方が良かったかもしれないわね」
「滅相もございません。お手を煩わせるわけにはまいりません……ご無理なさらないでください。部屋のご様子は?」
私は頭を振った。
「変わらないわ。これはいよいよ、アンソニー様に相談しないとならないわね」
私が自分自身に憤然としながら言うと、デイジーは客のもてなしのことを考えているのか、少し考えながら相槌を打った。
「そうでしたか……魔力がなくなったわけではありませんのね?」
「前のような力はないと思うわ。でも、あの部屋には少し残っている気がするの。時間が経てば、前の強さが戻ってしまうかもしれない。でもきっと、鏡に閉じ込めていないから、悪影響しかないと思うわ。どうにかして、消さないとならないわね」
「伝令の準備をいたしますわ」
「お願いね」
いろいろと頭の中でまとまったらしいデイジーが頷き、私は全面的にお願いすることにした。なんといっても、優秀な私の侍女なんだもの。コトを大きくしないでアンソニーを呼び出すくらい、訳もないに違いない。
☆ ☆ ☆
そして二日後、アンソニーは嬉々としてやってきた。魔法関連の関係者をずらりと引き連れて。
十数人が目の前に並ぶと、それだけでちょっとした威圧感があった。その上、私の身上を理解していて、魔法に興味がある人ばかりだなんて、余計に身がすくむ。
それでも笑顔でお辞儀をすると、中央に立っていた年配の女性が一歩前に出た。
「あなたがソフィア様! 私はオゼイユ・バーグと申します。王宮で魔法研究室の責任者をしております! あなた様のお話や魔法の出来事は、殿下から伺っております。誠心誠意、ご協力させていただきたいと思っております!」
「魔法研究室……?」
私がアンソニーをちらりと見ると、アンソニーの視線がさまよった。私は目を細めて彼をじっと見た。
「そんなことをしてらしたんですか? 私、今の今まで聞いたことがございませんけど? 陛下は知っておいでなんですか?」
「さ……さぁ、どうでしょうねぇ」
「好きなようになさってくれて構いませんけど、将来の国政に影響が出るような単独行動はなさらないでくださいませね」
「ひどいですね。リアンだって知ってますよ。その上で黙認してくれているんだから、問題ないでしょう?」
私は眉を上げた。
「”黙認”……? そうおっしゃるってことは、内緒でなさるのがいいことではないと、わかっておられるのでしょうね?」
「秘密にしているわけじゃありませんよ。研究室があるのは知ってるし、誰でも見学ができます」
「でも説明はなさってらっしゃらない」
「知りたければ、聞いてくるでしょう」
「さて、恐れ多くも”王太子殿下”に、軽々しく聞けるでしょうか? 『どんなうろんな研究をしておいでなんですか?』なんて」
そこまで言って、はたと気づいた。見回すと、”王宮の魔法研究室”の研究員達がぽかんとしていた。しまったわ。王族以外でこんな風に、王太子であるアンソニーに言い募る人なんて、ほとんどいないに等しいだろう。さっきまでは協力してくれると張り切ってくれていたけれど、不敬だと嫌がられるかもしれないわ。
「えぇと……何かおかしいでしょうか?」
すると、オゼイユが目を輝かせて私にずいと近寄った。
「いいえ! その逆ですわ。お肌はみずみずしくてお顔もお美しく、振る舞いもとても自然で、お綺麗です」
「それは……ありがとうございます?」
んん? 私のアンソニーに対する態度は問題ないの? 私は見回したが、研究室の誰もが納得したように頷き、誰も気にしていないようだ。
もしかしたら、私の態度すら、アンソニーは彼らに報告していたのかも。ええ、きっとそうよ。『”伝説の令嬢”は私の祖先の友人だから云々』って。生意気でしょうがないって言ったんでしょう。
「本当に……ありえないことです。百年も前の方だなんて。”伝説の令嬢”は本物だったんですわ! 感動いたしました。今の時代に生きられてあなたにお会いできて、光栄です!」
このニュアンスの違い、初めて言われた気がする。