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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十八章
131/154

131 今日という日

第十八章です。

よろしくお願いします。


「よし」


とうとうこの日がやってきた。


今日はこれから、鏡と最後のお別れをする。


でも、特に準備することはない。そう思うと、なんだか気合いにも欠ける。


「何を着たらいいと思う?」


私が尋ねると、デイジーは首を傾げた。


「いつものドレスではお気に召しませんか?」

「そうじゃないけど……パターンはいくつかあるじゃない? そのまま残るなら何を着ていても大丈夫そうだけど、もしかしたら身ぐるみ剥がされるかもしれないし……もしかしたら、意識だけ抜かれてしまうかも? 骸骨になるかもしれないわ。もしくは、霧散するなら、ドレスも消えてしまうか、ドレスは残るかも……」

「ソフィア様! 残る前提でお願いします」


デイジーに注意され、私は一瞬口をつぐんだ。だが、胸にしまっておくには、私の心は狭すぎる。


「だから保険よ」

「残るつもりがあるとおっしゃったから協力するんですよ!」

「でもひょっとすると、あなたとも最後かもしれないし」

「やめてください。その時は私もご一緒させていただきます」

「どうやって?」

「わかりませんけど……今から、鏡にお願いしておきます」


わかった、もう蒸し返すのはやめよう。どうやったって、この話題は私の分が悪い。


「やめてデイジー」

「だって気持ちの問題もありますから! 強い気持ちがあるだけでも違いますでしょう!」

「そのつもりはもちろんあるわ。でも何かあったら困るでしょ? ノアには人払いをしてもらってるし、リアンを止めてもらえるように言ったし、あなたには私を隣の部屋で見届けるというか、聞き届けるというか……」

「ノア様は泣いてらしたんですよ」

「……あら」

「話し合いの余地があるなら、ちゃんとここにいたいと言ってくださいね! そして、最後にリアン様と幸せになる呪いをかけてもらうんです」


最後まで、ノアは賛成してはくれなかった。当たり前なのだろうけど、やっぱり少し寂しい。けれどそれが、私の心残りにもなる。


ノアったら、よくわかってるわ。


「そうね、それがいいわ。そうなるように頑張るわね。でも……少し話させて。私の決意を鈍らせないために」

「はい」


私はデイジーに向き合うと、両肩を掴んだ。


「最初にね、私を迎えてくれた時、本当にいたんだって言ってくれたわね。嘘つきなんて、一言も言わなかった。すごく嬉しかったのよ。リアンを騙す悪い女だったかもしれないのに」

「そうは思えませんでしたわ。私、これでも人を見る目はあるんですよ。何しろ、あの部屋の管理をしていたんですもの」

「そうね、目は肥えたでしょうね。心配になってきたわ。結婚出来る?」

「その時は目を瞑るのが正しいんですよ、お嬢様。自分だって完璧ではないのに、相手に求めてはならないと学びましたから」

「あなたは賢いわね。私はダメだわ」

「ど……どこがでしょうか?!」

「目を瞑ってもらってばかりで、開けさせてないからよ」

「あら。それを言うなら、恋は盲目というものですわ」


からかうように言ったデイジーに、私は笑いながら抱きついた。


「そう言ってくれるあなたがいてくれて、本当に良かったわ。大好きよ。私は自分のために、リアンのために、ノアのためにも、ここにいたいと思うけれど、でも、それはあなたが支えてくれてるからよ。とってもお世話になったもの。これからも、私を支えてくれる?」

「もちろんですわ、ソフィア様」

「それなら私、なんとしてもここにいるわ」

「リアン様に嫉妬されてしまいますわね」


そう言うと、デイジーが微笑んだ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 デイジーが隣の部屋へ向かい、私は一人になると、鏡に向かった。


そして、教えられた通りの方法で、鏡を丁寧に撫でた。すると、だんだんと鏡がクリアになっていき、最後には、鏡は遠くまで見通せるかのように、きらめき始めた。


だが、そこに私の顔は映らない。何も映すことのない、空虚な空間が広がっている。魔力が充満した、鏡の広い世界だ。


「今度こそ、本当にさようならよ」


私が言うと、鏡は私を懐柔するように、優しい声色を出した。


”本当に未練はないのか?”


「まだわからないでしょ。気持ちだけはここにいたいと強く願ってるわ。でも、誰も知らない魔法なのだから、憂いていても仕方ないと思ってるの。最悪と最良を思い描いて、どちらも充分に満喫したわ」


”想い合う相手を置いていけるほど、お前の気持ちは軽いものか?”


急に言われ、私は戸惑った。


「一体……何を言うの?」


先日まで素直に応じてくれたのに。


”お前は共に生きたい相手がいるだろう。その相手が、別の相手と生きても構わないのか? このまま消えても未練はないのか? それを”愛”というのだろう”


「でも……それとこれは関係ないわ」


”そうだろうか? だが、<それ>があるから、お前はここにいたいと強く望むのではないか? 逃げずに、向き合うんだ。そうでないと、失敗するかもしれないぞ”


私はムッとした。


なぜそんなことを、鏡に言われなければならないの?


私はいつだって向き合ってきたはずだ。気づかないこともあっただろうけど、それでも、私はわかろうとしてきた。私のしたいようにしたくて、でも相手の望みに添えたらとも思ってきた。


以前の生活でも。今でも。


そこで私はふと思い出した。


あの時、鏡に言われたのだ。


『必ずお前を誘惑する言葉が発せられるだろう。それに惑わされるな。ほとんどが戯言だ。お前の心の影を映し出しているだけだ』


あの時は大丈夫だと思ってた。だってわかってたから。


でも、こうして言われてしまうと急に不安になる。


”ほとんどが戯言”。……”ほとんど”って! もしかしたら、何かが正しいのかもしれないじゃないの。


”どうした?”


心配するような、あざ笑うような、不思議な声だった。心底、ここにデイジーがいて欲しい。そして私の気持ちを軌道修正して欲しい。私は鏡の魔力がなくならない限り、魔力に囚われてしまうのだ。いつか能力は破綻して、鏡だけが残ってしまう。そもそも、私にだって寿命はあるだろう。今やらずして、いつできるというのだ?


今……


「ソフィア!」


鋭い声がして、ドアが開いた。声の主は振り向かなくてもわかる。心臓が止まるほど驚いたことが顔に出てないことを祈りながら、ゆっくりと振り向いた。


「まぁ、リアン……何しに来たの?」





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