130 長い眠りが明けて
目を開けると、心配そうなデイジーの目が見えた。
「……デイジー?」
「あぁ! お嬢様! 気がつかれましたか」
言いながら、デイジーがほろほろと涙を流した。
「何かあった?」
「もう三日も寝ていたんですよ」
デイジーの言葉を聞いて、私は思わず目を瞬かせた。
「三日?」
「王族の墓石前でお倒れになったそうです。王太子殿下が直々に抱えてくださって……」
ついさっきのことのようなのに……三日? アンソニーが抱えてきた? 覚えていなくて良かったのか悪かったのかさっぱりわからないわ。
「まぁ……迷惑をかけてしまったわね」
「ご心配なさっていました。今から使者が向かいますので、ご安心なさるでしょう」
デイジーがにっこりとし、私は少し安堵した。滞りなく毎日は進んでいるのだろう。デイジーやヘンリーや、そしてブルータスたちが支えていてくれているおかげで。
「リアンは?」
「リアン様は……」
デイジーは言葉を濁し、うつむいた。私のことが嫌になってしまったとか? 胃が重くなるのを感じながら、私は無理に笑顔を作った。
「どうしたの?」
「殿下が禁止なさりました」
「どうして?」
「うわ言で鏡のことをおっしゃるので、リアン様が不安になるのではないかと」
別の意味で胃が重くなった。
「……なんてこと。私、何を言ってた?」
「結果的に、そんなに驚くようなことはおっしゃいませんでした。鏡に引っ張られるとか、鏡の魔力を消すのだとか、リアン様が大好きだとか、そういう話です」
そして新たな意味で胃が重くなってきた。
「そ……そんなこと言ってた?」
「えぇ。その部分はリアン様にお聞かせしたので、リアン様も渋々ご自分の仕事をなさってます」
「そう……怒ったり……嫌になったりしてない?」
「まさか。とっても心配しておいでですよ」
「そう」
私はため息をついた。
「本当に……勝手なことをして倒れてしまうなんて、申し訳なかったわ」
「勝手なこと?」
「魔法をかけられた墓石に触れてしまったの。敵意がなければなんともないはずなんだけど、私、呪いの鏡の魔力に侵されていたでしょう。それで、反応してしまったみたい」
「そうだったんですか……だからご自分を責めるようなことを仰っていたのですね」
「そうなの?」
「はい。先に注意してしかるべきだったのに、と何度も仰っていて、ひどく塞いでおられましたが、それ以上は何もおっしゃいませんでした」
「殿下のせいではないわ。でも、……リアンには言えなかったのね。私が魔力の影響を受けてるなんて、知らないんだから」
もっと注意するべきなのは私だった。そして早くしなければならなかったのに。
アンソニーには、あれだけきっぱりと言ったのに、私ったら。
私は自分の不甲斐なさを呪いたくなった。
「これから先も、こんなことが起きてしまうかもしれないのよね……鏡の魔力を消さない限り」
「ソフィア様……」
「よし、決めた。ノアを呼んできて。元気になったら、すぐに鏡と向き合うわ。もう引き伸ばししないし、迷わない。どっちにしろ、ウルソン王子はもうすぐきちゃうんだもの。私の体質はきっと異常よ。もしかしたら、研究対象になって閉じ込められて、リアンとも結婚できないかもしれない。それは避けたい」
私が言うと、急にデイジーは顔をパッと明るくした。
「わかりました。リアン様との未来のためですね」
「えぇ」
「世の中のためでも、過去のためでもなく、ソフィア様とリアン様のため」
「そうよ」
デイジーは私の言葉に何度も頷き、腕を組んだ。
「それなら、仕方ありません。お手伝いするしかありませんわ」
私は思わず吹き出して、しばらく笑いが止まらなかった。
「変な子ね。普通なら、世の中の大義名分の方が、立派で協力したいって思うんじゃないの?」
「何を仰ってるんですか。私は世の中よりソフィア様ですよ。これ以上、ソフィア様が苦しむのは見たくありませんもの」
私の侍女はなんていい子なんだろう。いろんな負担をかけたのに、いつだって私のことを大切に思ってくれる。私も彼女の気持ちに見合うくらい、立派な主人になれるかしら?
「それなら、ブルータスに伝えておいてね。その日は、リアンをどうにかして外に連れ出すように。そして、ノアには屋敷から人払いをしてもらわなきゃ……何が起こるかわからないもの」
私が言うと、デイジーは改めて決意したように頷いた。
第十七章、終わりです。
次の章はようやく鏡とお話します。