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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十七章
129/154

129 古い友人たちへの訪問

一週間後、私は迎えに来たキースに連れられ、王族の墓へ向かった。


「先にピアニー家の方に挨拶に行くつもりだったのに」


私がぼやくと、キースは申し訳なさそうに笑った。


「申し訳ありませんね。今日しか時間が取れないそうで。殿下は後から向かうそうです。とても嫌そうでしたが、逆に嬉しそうでもあって、複雑な心境でいらっしゃるようです。ですから、あまり無理をおっしゃらないようにしてくださいね」

「無理なんて言ったことはありませんわ。いつだって無理をおっしゃるのは、アンソニー様の方です」

「えっ、そうでしょうか? 私からすればどっこいな気もしますが」


キースがごく自然に驚いたので、私はため息をついた。


すっかり”殿下の側近補助”が板についちゃって。まるきりアンソニーの味方じゃないの。それに言葉遣いから物腰から、以前より洗練されて、本当にお似合いだこと。私はアンソニーにもっとお礼を言われてもいいんじゃないかしら?


そしてしばらくすると馬車が停まった。その先に、王族たちが眠る墓がある。


「お気をつけください」


キースが丁寧に手を差し出してくれ、私は馬車から降りた。


トーヴェの森によく似た、静かな土地だった。厳重に柵に囲まれてはいたが、中はいたって静かで綺麗だ。


「普通の公園みたいなのね」


私が言うと、キースは相槌を打った。


「生前、幸せな方ばかりではありませんでしたから、少しでも穏やかに過ごせるようにと、計画されたそうです」

「そうなの……」

「ソフィア様」


ふと、キースが足を止めた。そして、手にした鍵を持って、一番近くの柵状の扉に手をかけた。


「こちらがニコラス様とメアリ様の”部屋”になります。後ほどアンソニー殿下がいらっしゃいますので、それまでどうぞ三人でお話なさってください」

「ありがとうございます。……あなたはいらっしゃらないの?」


するとキースは微笑んだ。


「リアンだったらご一緒したかもしれません。でも私は……俺は、したいとは思っておりません。ソフィア様の昔のことを知りたいわけではありませんので。俺はリアンと幸せになっていただきたい。これからのことをお考えください」

「私が墓で自決するとでも? それなら監視したほうがいいのでは?」

「違います。あなただけで解決しようとなさらないでほしい、ということです。俺や殿下が協力しても構わないはずですよ?」

「……困るわ」

「ニコラス様だって、おっしゃると思うんですがねぇ。『ソフィアだけに負担を強いない、僕はその場に一緒にいるんだ!』とかなんとか」


私は想像して、思わず笑ってしまった。少年みたいな青年みたいな、最後に出会ったあのニコラスだったら言うかしら? 慎重なのに、どこか盲目で。


「言いそうね」


私は頷いて肩をすくめた。


「それでも、ニコラスは願い下げよ。私が鏡をどうにかしたいのは、私のためだもの。アンソニー様に言った理由ももちろんあるけれど、でも結局、自分のためなの」

「リアンなら、呪いを解く時に同席しても?」

「ダメよ。巻き込まれたら悲しいでしょ」

「あなたが巻き込まれること自体、俺たちにしてみたら、充分悲しいことで、つらいことなんですけどね」


キースは諦めたように扉を開けた。


「行ってらっしゃいませ」


柵の中に足を踏み入れると、ハーブの香りが鼻をくすぐった。


これはメアリが好きだった花の香り。こっちはニコラスが好きだった花の。


「遠くになっちゃったわね」


少し歩いた先はちょっと開けていて、ニコラスとメアリ、二人の墓石が静かに立っていた。


私はしゃがんで、二人に挨拶をした。


「久しぶりね。まさかこんな風に対面するとは思わなかったわ。せめて馬を乗りこなせるようになってから、くればよかった。こんなに急ぎでなかったら、リアンを連れて来ればよかったわ。結婚するんですって紹介できたのに」


私は言いながら、それぞれとの懐かしい記憶を思い出していた。


もう百年も前で、それでいて、ついこないだのことなのだ。


「ごめんなさいね、ニコラス」


ふと、口から言葉が溢れた。


「気持ちに気づかなくて。あなたの手紙、嬉しかったわ。悲しい思いをさせてしまって、本当に申し訳なく思ってる。私の態度が悪かったんだもの、あなたが気に病む必要なんてなかったの。あのまま生きていたとしても、きっと私はあなたじゃなかった。あなたも私じゃなかった。きっと気づいたはずよ。私がいてもいなくても、二人は出会って幸せになったと思うわ。本当よ。改めて思ったけど、二人ともお似合いだと思う。私はあなたたち二人とも、大事で大切な、大好きな友達だったの。メアリも……ずっと気にかけてくれてありがとう。あなたと逢えて幸せだった。あのね、それで……」


言いながら、私は自分で気がついた。二人に伝えるのが恥ずかしいなんて。


「……結婚、していいわよね?」


私は考えていた以上に、リアンのことが好きらしい。


「リアンのことは知ってる……でしょう。どうもあなたたちと血が繋がっているらしいし、複雑かもしれないけど、その、……私、なんていうか……なんて言えばいいの? 多分……リアンを愛してるんだと思うわ。この気持ちを言葉で表すなら」


墓前でこれか。私は自分にがっかりしながら、今後のことを思って奮起した。


「だからというわけじゃないけれど、もしものことがあったら……私に何かあっても……リアンをよろしくね」


私の声は小さくて、風に乗って消えていった。言う勇気を奮い起こし、私は顔を上げた。


「でも私、この時代で生きていきたいと思ってるのよ。まだ十八年しか生きてないんだもの。二人に会わせる顔がないでしょ。なんとかして残りたいと思ってるから……それでも無理かもしれないから、保険ね」


そして、綺麗な墓石に微笑んだ。


「今度、デイヴィッドに報告しに行くわ。そっちの方が緊張するかも」


そして私は、何の気なしに二人の墓石に触れた。両手で片方ずつ。


「鏡の……」


言いかけてハッと気がついた。この墓石には魔法がかかってる。おそらく、敵から守るために。


私は驚いて手を引こうとしたが、できなかった。かけられた魔法から離れられない。


この魔力が欲しい。鏡からはもうもらえないんだもの。


違う。もらえない。私はその方法を知らないから、手に入れられない。なのに、欲しがっているなんて。


私の手が震えた。墓石から手を離せない。


怖い。


誰か助けて。


「……ソフィア様?」


草を踏みしめる足音と、誰かの声が聞こえた。誰だろう?


「遅れて申し訳ありません。ですが、ゆっくり思い出話ができたのはでありませんか……ソフィア様?!」


足音が止まり、駆け寄る人の気配がした。


「ソフィア様! どうなさって……キース! キース!!」

「殿下! どう……ソフィア様!」

「何があった?」

「わかりません。何も……申し訳ありません!」

「いや、お前は悪くない。きっと……墓石か? 墓石の魔法か……」


誰かが呟いているのが遠くで聞きながら、私は記憶の底に引きずり込まれていった。


鏡には戻りたくないの。でも鏡の魔力に引っ張られてしまうの。戻らなきゃならないって気がしてくるの。


長いことずっといたけれど、あそこは私の場所じゃない。私の場所はリアンの隣よ。リアンの隣にいたいのよ………



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