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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十七章
128/154

128 最初の森へ

 アルタイル号は風を切って走っており、私はリアンに抱えられながら、馬の背の上でそれを楽しんでいた。


何も考えずに風を感じられるのは、気持ちがいい。


「家に居たくないなんて、珍しいですね」


リアンの言葉に私は頷いた。


「ええ、刺繍が終わったから。出かけたくて」

「もう少し行ったら、トーヴェの森です。そこでサンドイッチを食べましょう」

「そうね。ありがとう」


そうしてまた、リアンはアルタイル号を走らせた。


最初の頃は怖がっていた私も、ずいぶん慣れたものだ。そう思った時、馬は走りを止めた。


森の入り口は、初めて来た時と同じように、瑞々しく美しかった。アルタイル号を撫でながら、リアンは私に振り向いた。


「馬に乗るのは、だいぶ上手くなりましたね」

「そうね。あなたに乗せてもらうのは慣れたわ。でも、自分では乗れないし、他の人に乗せてもらうのは怖いし……馬でしか行けないところであなたに何かあったら、私、どうしたらいいのかしら? 行けると思う?」


そういう時は、火事場の馬鹿力みたいに、乗れちゃうものかしら? 練習はしてるし、筋は悪くないんだから、乗れはするのよ、乗りこなせないだけで。多分……


私が唸っていると、バスケットを手にしたリアンは、私の腰に腕を回し、柔らかく口づけをした。


「何?」


私が首をかしげると、リアンはにっこりと微笑んだだけで、私から離れると、先に森の方へ歩いて行ってしまった。


「リアン? どうしたの?」


リアンの背中が森の奥へ消えていく。先に行って準備をするつもりなのだろう。私も手伝おうと足を速めながら、ズキズキと胸が痛んだ。


鏡の中にいた百年はついてまわる。魔法に浸かっていた私は、きっと骨の髄まで魔法に浸かってる。


だってこんなにも、鏡の中が恋しい。


家から離れたいと言ったのも、そのせいだ。解放された今、魔力が戻ろうとしているのか、鏡に引っ張られる気がする。


「ソフィア、こちらですよ」


呼ばれて、ふと我に返った。考え事に気を取られて、リアンの背中をいつの間にか見失っていたらしい。


「あら。行き過ぎてしまったわ」


私の言葉に、迎えに来たリアンがおかしそうに笑った。そして、私の腕をとって、引っ張っていく。


何もかも打ち明けて、リアンに全てを委ねてしまえたら。


でもこの胸につかえている重みをリアンにも渡してしまうわけにいかない。これ以上リアンに甘えてしまったら、リアンに余計な負担が出てきてしまうわ。今はつながりが解けたとはいえ、願いをかけてからしばらく、鏡とつながっていたんだもの。また鏡に惹かれてしまうかもしれない。


「リアン……」

「どうしましたか? こちらは穴場なんですよ。小さい頃、アーロンと見つけたんです」


連れられて行った先は、小さなせせらぎの流れるぽっかりと空いた空間で、緑に囲まれた、隠れ家のような場所だった。


すでにマットの上にはピクニックセットが広げられていた。一番落ち着きのいい窪地に座ると、私たちはお茶を飲み、果物に手を伸ばした。


「本当に、とても素敵な場所ね」


私がいた頃にはなかったから、百年の間にじっくりとできたものなのだろう。隠れているのに、開放的で、清々しい気持ちになる。


「緑の天井があるみたいでしょう。座ってぼんやりしているだけでも、気持ちがいいんです。家族でここへ来ても、二人で抜け出してここに隠れて遊んでいました。一人で来られるようになってからは、気落ちした時も、嬉しい時も、よくここへ来ました。時々、ここで兄と鉢合わせをしたりして、それも面白くて……」


リアンが穏やかに、兄との思い出を語ってくれた。


「デボラにはまだ早いだろうか、もう教えてもいいだろうか、……そんな話をしていました。恋人を連れて行く時は、さすがに声をかけあおうと互いに笑って……旅から帰ってきたら、リズを……」


そこでリアンの言葉は止まった。泣いているかと思ったが、リアンは泣いてはいなかった。


「僕は……ずっと考えていました。僕がリズを拒まなかったら、アーロンが別の人と一緒になっていたら。僕のせいなんじゃないかと、自分を責めていました。父も母も、それぞれに悩んでいて悲しんでいたのに、そのことすら僕は考えられず、日々の処理と転がってきた跡取りの名の前に、ただそれをこなすだけになっていました……父も母も途方にくれたことでしょう。僕は手のつけられない子どもになっていたんです」


だからなの。リアンが私と結婚したいと言っても、何も反論せず、手放しで喜んでくれたのは。


「もちろん、僕に責任はないことはわかっています。頭ではね。でも……納得するまでには時間がかかりました。責めたほうが楽なんです。あなたがいなければ、できなかったかもしれません。ソフィア……本当に、ありがとうございます」


私なんて。ただ鏡から出てきただけなのに。リアンに大事なことも言ってないのに。


「私の方こそ……大事な場所を教えてくれてありがとう」


私はそれだけ言うと、リアンの肩にもたれかかった。





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