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鏡の中  作者: 霞合 りの
第十六章
123/154

123 いなくなった後のことでも

「あんまりリアンをいじめないでください」


私が言うと、なぜかアンソニーは嬉しそうに笑った。


「なんです?」

「いえ、私もそう思っていたところなので、奇遇だなと」


私は満面の笑みで受け答えた。


「気があってよかったです、と私が言うと思いますか?」

「いいえ。それで今日の話は、これで終わりでよろしいですか? 実際のところ、考えることが増えたので、これで終わりにしたいんですが……」


アンソニーが珍しく疲れた声で言った。キースが少し心配そうに顔を上げ、ちらりと私を見た。そうですね。私のせいですね。


私は申し訳なく思いながら頭を下げた。


「えぇ、もちろんですわ。突然お邪魔してしまい、申し訳ありません。お時間頂いてありがとうございます……、あ」

「何かございますか?」


一言言っておきたいことがあったんだった。私はアンソニーに笑顔を向けた。


「リアンのお見合いのお相手のエリナ・ローゼン様は、私とお会いしたかったとのことですが……」

「そうでしたね」

「そういうことは、先にお伝えください。ウルソン王子のことだってそうです。どうして教えていただけなかったのです?」

「サプライズ……と言いたいところなんですけどね、保険ですよ。味方ばかりじゃありませんのでね。本気に見せる必要があったのですよ」


私は首を傾げた。


「どうしてなのでしょうか?」

「それはもちろん、あなたを私たちが独占して、国としてあなたのことを売り込んで行くかもしれないからです」


アンソニーはさらりと言ったが、それは私にとっては、最悪のシナリオだ。


「私たちにはそのつもりもないし、あなたには最大限、自由に生きて欲しいと思っています。でも、それをわかっていただけないこともありますし、あなたを引き込みたいと思う方々もいるので。あなたはなんといっても、生きた伝説で、賢くて政治も正しく導く、本当に素晴らしい淑女だそうですから」

「私の肩書きって……」


頭を抱えそうになった私に、アンソニーは気の毒そうに微笑んだ。


「それはさておいても、まぁ、あなたは不思議と魅力的な方ですからね。見目も美しく、人柄もまともだ。それに、どんな肩書きにしろ、百年も異空間にいて戻ってきた人は、あなた以外にいません。それだけでも興味を惹かれる人は多いでしょう」

「……でしょうね」


本人の適正や意図にかかわらず。


「ですから、私たちには、あなたがた、つまりリアンとあなたを無理にくっつける意図はない、と示す必要がありました」

「つまり、私たちが勝手に惹かれあって勝手に結婚する、ということを示したわけなのですか」

「そうですね。さすがに本人同士が惹かれあうのなら、それは反対できませんし、する必要もありません」


アンソニーはにっこりと笑顔を作った。心底安堵したような、嬉しそうな顔だ。いつもこんな顔をしていればいいのに。


私は様々な不満に口を尖らせながら、アンソニーをジロリと見た。そもそも、私はリアンが鏡に願いをかけたからここにいるのに。


「リアンが私を引き戻したのは、みんな知っているのに」


すると、アンソニーは肩をすくめた。


「リアンが勝手に”やってみた”だけだとは、信じてないんですよ。むしろ、私にやらされたと考えている貴族は多いです。それなのにリアンに何もかも責任を取らせるなんて、とお怒りにをいただいたこともありますので」

「……そんなことを? リアンが気の毒だわ」

「それが最近は、リアンがその恩恵を全て受けるのはおかしいと、不満を漏らす方がいらしてですね、そちらの方がどちらかというと厄介ですね」

「まぁ……リアンは私と結婚したくて引き戻したと言っていたと、伝えたのですか?」


言いながら私は少し恥ずかしかったが、誇張したわけでもない事実なので、そのまま言うしかない。アンソニーは笑うことなく、気難しそうに眉をひそめた。


「うーん……結果的に、あなたの評判がよろしいので……政治になんの関係もないのに関係あるように見えていますしね、地位も財産も安定しているリアンが、さらにあなたを得るなんてずるい、と思ってしまうわけです。そういう嫉妬は、正直、仕方ありません。ですが、そのために兄を殺めたなどと、根も葉もない噂が流れるのは阻止しなければなりませんでしょう。できるだけ早い段階で認めてもらいたいですし、その必要があります。『リアンとソフィアには愛がある』と伝えるのは大事なことです」


なるほど。よくわかった。私は納得したが、それでも不思議に思ったことはあった。


「リアンは、私が変な人だったらどうするつもりだったのかしら?」

「私たちはニコラス賢王の研究家ですよ。あなたがどのような方だったのか、よく知っているんです」


アンソニーが不思議そうに返事をする。


そうなのか。リアンは私の性格をよく知っていたのか。


つまり、リアンは研究し尽くして、私が自分を好きになるとわかっていて、結婚したいなんて思ったのかもしれない。私がリアンを知れば知るほど、リアンがいないとさみしくなるって、わかっていたんじゃないかしら。


……なんだか、もう、リアンの手の上で転がされている気分だわ。


私はどうにもリアンに敵わない気がしてきて、怖くなって話を変えることにした。


「そうそう、アンソニー様。バレリーニ子爵を知っておられますか? 使用人を教育するのが趣味だそうなんですが」

「はい、知っておりますよ」

「ノアの従者を手配いただいて、とても感謝しておりますの」


私が笑顔を向けると、アンソニーはすぐに仕事の顔になって頷いた。


「あぁ、えぇ……あの方は優秀な方ですよ。時折、相談に行くこともあります」


これは願ったり!


私は笑顔のままで、なるべく謙虚に見えるように話を持ちかけた。


「夏離宮の運営スタッフの、一部をお任せできないかと思っているんですけど……」

「何かお考えがおありなんですか」

「えぇ、……私の家の教育は特殊でしたが、今後はそんな必要もないので、オープンに募集できると思うんです。ピアニー家で教育するのもできないわけではありませんが、他にいらっしゃるなら、そちらに譲ったほうがいいでしょう。定期的にお願いするとも言えませんが、例えば……バレリーニ子爵の教育を受けてから、ピアニー家で教育するとか、そういったことです」


アンソニーの眉がピクリと動いた。


「一から仕込むのは面倒だと?」

「そこまで責務を放棄したいわけではありませんわ。ただ、今までは、屋敷の業務でしたが、今度は夏離宮に移動してしまうわけですから、対応が違って当たり前です。外部委託するとあれこれ言われるでしょうし、”伝説の令嬢”の名前の響きにも関わってくるのでしょうから、一度はピアニー家で預かります。それで許してくださいませんか」


アンソニーは、ふむ、と頷いた。


「……なるほどね。悪い案ではありませんね」

「バレリーニ子爵が受けてくれるといいのですが」

「受けるでしょう。あの家は、あなたの弟君の伝説を必読書としてますからね」

「なにそれ……」

「おや、知りませんか? 伝説の……」

「知ってますよ」


知ってますがね? それを承認したいとも思わないし、推奨もしたくないということです。





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