122 不本意な許可
私はなるべく私情を抑え、淡々と話すことを心がけた。
「そして、リアンは鏡の呪いの全てを知って、私たちの元を去って、どこかへ放浪してしまうかもしれません」
「なんでそんな……願いは叶ったのだから、あなたと共にいるはずでは」
「リアンは私を伴侶として選んだのかもしれません。でも、肩書きだけでも、それは守られます。その後の生活など、願いは保証してはくれません」
「つまり……”両思いにしてください”と願ったとして、その後、別れても不思議はないと」
「そういうことです。持続の強制力はありません」
「リアンのやつ……どうせなら末長く幸せに暮らしたい、まで願っとけというに」
アンソニーが悩ましげに眉間を押さえた。精悍な横顔に憂いがさして、随分と大人っぽく見えた。そこで私は、これが本来の姿なんだと思い出した。賢くて先回り出来て、未来を嘱望される輝かしい王太子殿下。でも私はついつい、彼がそんな人だということを忘れてしまう。ニコラスに似ているんだもの、仕方がない。
「一応、生涯、支えになって欲しいと願ってはいたようですけど。でも、共に生活するかどうかは、願われておりませんので」
アンソニーが頭を抱えた。
「あー! リアンめー! なぜそれを願わなかったんだ! あいつは大事な友人だ。いなくなってしまうのは避けたい。それに……仕事に支障が出たら困る! すでにリアンでなければ回らない仕事も多いんだ。どうしても必要だ」
「キース様に肩代わりしてもらえば」
「キースはキースだ! 彼には彼にしかできないことがある! あなたにしかできないことがあるように……」
思いがけず、キースが嬉しそうな顔をしていた。いいわね、信頼されてて。
私が思っていると、アンソニーは肩を落とした。
「……そうですね。呪いの鏡を解くのは、あなたしかできない。おそらく、そういうことでしょう。悪用される前に、あなた方が巻き込まれる前に。あなたを……失うかもしれないとわかりながらですか?」
私は確信を持って頷いた。
他の誰にも危険を冒して欲しくない。鏡のせいで迷惑を被るのは、私で最後にしたい。
「必要なんです。リアンには、私が鏡の魔力をなくすことだけ伝えます。簡単にできると、アンソニー様からもお話しください。お願いいたします」
「難しいことではない、簡単にできる。それは確かなことですよね。そして、失う可能性は……そうかもしれないだけですよね?」
「そうです。鏡の魔力がなくなっても、私はここにいられるかもしれません。鏡は言いました。”願いが正しく叶うなら、……残る道も増えるだろう”。そして今、願いは叶いました。だからきっと、残る道は増えたんです」
アンソニーはしばらく考え込んだ後、深くため息をついた。
「キース。そしてデイジーといったかな。君たちが証人だ。私はこんなことを承諾したくはないが、せざるをえない。他言するなよ」
二人は無言で頷いた。そして、心配そうに私に目を向けた。アンソニーも私に近づき、そして丁寧に手を取った。
「ソフィア様、無事を願います。これは誰のためでもない、あなたのためです。まだたった二年です。あなたにはもっと、生きて欲しい。リアンと幸せになってほしいんです」
「……”将来の国王としての願い”ですか?」
「えぇ、そして、あなたを知る一個人として、です。私は言いましたよね? あなたの好きなように生きていいんだと。その気持ちは、変わっておりません」
「アンソニー様……ありがとうございます」
よかった。これできっと、私に何があっても、フォローしてもらえるだろう。
私が心底安堵して感謝すると、アンソニーはどっと疲れたように椅子に腰掛けた。ふかふかだがしっかりしていて、座り心地は良さそうだ。
「考えることが沢山できましたね。この件については、情報をなるべく最小限にして国王陛下にも進言せねばなりませんし……」
「えぇ、鏡そのものが砕けてしまうとも思いませんが、どうなるかわかりません。でも、今後、呪いをかけなくていいのなら、ただの鏡として大切に保管してもよろしいですか?」
そう言うと、アンソニーは気を使うように私の顔を見た。
「形が残るなら、宮殿で引き取りたいですね……できれば。ですが、ピアニー家のものですし、それはあなた方に任せるしかないのでしょう」
国の威光のためにも、強引に取り上げることもできるのに。そしておそらく、嫌がることなんてないだろう。家として信頼し、守っている相手なんだもの。
「本当は、鏡の呪いの力を解きたかったんですよ。あなた自身がまた舞い戻るような、心配をしたくないですからね。それが怖いんです」
「アンソニー様が……怖がるのですか?」
「ええ、とても怖いですよ。あなたはあらゆる可能性を私に示してくれました。政治に参加するのも怖かった私がその気にならざるをえなかったのも、リアンの心が壊れなかったのも、ノアが助かったのも、この国として、あらゆる外交を別のアプローチでもできるようになって、幅が広がったのも。あなたのおかげです。ニコラス様や、伝説や、魔法の知識だけではどうにもならなかった。感謝しています」
アンソニーは深々と頭を下げた。王太子にこんなに深く頭を下げられるなんて……どうしたらいいの……私が怯えている間に、アンソニーはパッと頭を上げて微笑んだ。
「それにしても、安心しました」
アンソニーの言葉に、私は首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「リアンがあなたを失ったら、私は部下を一人失いかねなかったので」
「大げさな」
「最初の頃はね、大丈夫かなと思っていましたけど。最近は、あなたにフラれたら困るなと」
「そんなことおっしゃらなかったじゃないですか」
「言ったって、あなたが困るだけですから。あなたには負担をおかけしているので……あなたの望むように生活して欲しいと言いましたでしょう? リアンと結婚しろなんて……言えるはずもありませんよ」
国の駒の気持ちをいちいち慮るなんて、王になる者らしくない気もする。でも、それでこそ王にふさわしいとも思える。だからと言って限度はある。私も人のことは言えないけど、でも、リアンは振り回されすぎたのでは?